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第2話 『理想のアイドルはAIで作る』

第2話『理想のアイドルはAIで作る』


 新学期が始まって、早くも数週間が過ぎた。

 春の陽気が残る校庭では、運動部が元気よく声を上げているけど――俺たちは、相変わらず情報処理室にこもっていた。


 「ふふふ、これなら絶対バズるよ!」

 「……いや、待て。それ、さすがに属性詰め込みすぎだろ」

 「いいじゃん、猫耳で金髪で関西弁で、さらにメイド服とか!」

 「お前、どこで止まるつもりなんだよ……」


 ナナは相変わらずノリノリだ。

 そして俺は、相変わらず苦笑いしながら彼女の暴走を止める役割に甘んじている。


 ――そう、今俺たちは、ホロミューズの“2人目のメンバー”を作っている最中だ。


 「でもさ、ユウトくん、これくらいキャッチーな方がウケるよ?」

 「ウケ狙いで行きすぎると、軽く見られるぞ。俺たちは本物を目指すんだろ?」

 「うーん……じゃあ、ちょっと抑えめで……」

 ナナは口を尖らせながら、タブレットにスケッチを描き込んでいく。

 それはそれで、かなり魅力的なキャラデザインになっていた。

 絵が上手い、っていうのはやっぱり武器だ。

 AIモデルに組み込むデザインは、結局のところ“元の素材”が良くないと成立しないから。


 「でもさ……」

 俺は画面を見つめながら、ぽつりとこぼした。

 「理想のアイドルって、なんだろうな」

 「え?」

 ナナが顔を上げる。


 「完璧にかわいくて、スタイルも良くて、歌もうまくて、ダンスもプロ級で……。それだけじゃ、なんか“違う”気がするんだ」

 自分でもよく分からない。

 だけど、ヒカリを作った時も、どこか“ピースが足りない”ような感覚があった。


 ナナはしばらく黙って俺の顔を見つめた後、にこっと笑った。

 「うん。ユウトくん、ちゃんと“プロデューサー”っぽくなってきたじゃん」

 「え、そうか?」

 「うん。ちゃんと“アイドルのこと”を考えて悩んでる。それって、すごいことだよ」

 なんだか、素直に嬉しかった。

 でも、それを表に出すのは恥ずかしいから、俺は小さく咳払いをした。


 「……ま、まだまだこれからだし」

 「そうだね。でも、理想を追いすぎても、迷子になっちゃうよ?」

 ナナはそう言いながら、スケッチに少しだけ“隙”を加えた。

 八重歯をちらっと見せた笑顔。

 少し崩したポーズ。

 それだけで、急に“生きたキャラ”になった気がした。


 「……これだ」

 俺は思わず、つぶやいていた。

 完璧すぎない“人間らしさ”。

 それが、アイドルに“心”を感じさせるんだ――たぶん。


 「ユウトくん、次は性格設定だね!」

 「お、おう……」


 ナナの勢いは止まらない。

 それを止めることができるのは、きっと誰にも無理なんだろうなと、俺は諦め半分に笑った。


---


 そして数日後。

 俺たちは、ついに“その瞬間”を迎えようとしていた。


 「じゃあ、いよいよテスト配信いってみようか!」

 ナナが緊張と興奮が混ざったような表情で、情報処理室のモニターを見つめる。

 室内はいつもよりも少し暗く、ただスクリーンに映し出されたホロミューズのセンター――天宮ヒカリの姿が淡く輝いている。


 「大丈夫かな……」

 俺は緊張で指先が汗ばんでいるのを感じながら、マイクとスピーカーのチェックを繰り返した。

 ヒカリのAIは、俺たちが何日もかけてデータを詰め込み、動作を調整してきたものだ。

 理論上は問題ない。でも――。


 「ユウトくん、信じようよ。私たちのヒカリちゃんを」

 ナナはそんな俺の不安を見透かしたように、優しく笑いかけてくる。

 その声に押されるように、俺は配信ボタンを押した。


 ――数秒後。

 スクリーンの中のヒカリが、まるで生きているかのようにこちらを見つめ、マイクの前に立った。


 『みなさん、はじめまして! ホロミューズの天宮ヒカリです!』

 その声は、どこまでもクリアで、機械らしさをまったく感じさせなかった。

 俺もナナも、しばし言葉を失う。


 ヒカリは、用意しておいた自己紹介のスクリプトを読み上げ、続けて歌い出す。

 歌声は、完璧だった。音程もリズムも、どこにも乱れがない。

 ダンスモーションも、まるで人間が踊っているかのように滑らかで、バランスも表情もパーフェクト。


 ――だけど。


 「……うーん……」

 隣でナナが、首をかしげた。

 俺も、なんとなくその理由がわかっていた。


 「すごいんだけど……なんか、違う」

 「……ああ」

 そう、俺たちが作ったヒカリは、たしかに“理想のアイドル”だった。

 でもそれは、ただプログラムどおりに動く「マネキン」のように見えた。

 完璧すぎて、機械的で、どこか“心”が感じられない。


 ナナは少し寂しそうな顔で、ヒカリのモーションを眺めている。

 「AIでも、もっと……生きてるみたいに、できると思ったんだけどな」

 俺は、ナナのその言葉が胸に刺さった。

 同時に、何かが欠けている理由がわかった気がした。


 「……たぶん、俺が“完璧”を目指しすぎたからだ」

 そう、ヒカリに欠点や揺らぎを入れることを怖がっていたのは、他でもない俺だ。

 ファンとして、理想を追い求めるあまり、“隙”や“弱さ”を許せなくなっていた。

 だけど、それこそがアイドルの“人間らしさ”を奪っていたんだ。


 「ユウトくん」

 ナナがタブレットを取り出し、そこに描かれたヒカリのイラストを見せる。

 少し眠そうな目、気の抜けた笑顔、小さな八重歯。

 それは、俺が知っているヒカリとは違ったけれど、不思議とあたたかさを感じさせる。


 「完璧じゃないヒカリちゃんも、かわいいよ」

 「……ああ、たしかにな」

 俺は笑って、ヒカリのAIパラメーターを調整するために、再びキーボードに手を伸ばした。



 その日の帰り道。

 ナナは、俺の隣で静かに歩いていた。

 夕焼けの光が差し込む校舎の影は長く伸びて、どこか幻想的だった。


 「ユウトくんって、ホントにアイドルが好きなんだね」

 「……ま、まぁな」

 「だから、きっと大丈夫だよ。絶対、みんなの心を動かせるアイドルを作れる」

 ナナの言葉は、不思議と心に染みた。

 俺は、少しだけ顔を赤くしながら、うつむいて歩き続けた。


---


 翌日。

 放課後の情報処理室には、いつも通りナナと俺、そして――スクリーンの中で微笑むヒカリがいた。


 「よし、じゃあ今日は“新しいヒカリ”で配信してみよう!」

 ナナが元気よく声をかける。

 俺は少し緊張しつつ、パラメーターを調整したヒカリを、再びオンラインに繋げた。


 画面の中のヒカリは、昨日とは違う。

 完璧なまでに整っていた動きに、ほんのわずかな“揺らぎ”がある。

 立ち位置を間違えたり、言葉に詰まったり、ふと照れ笑いを浮かべたり。

 そんな小さなミスや癖が、むしろ彼女を“生きている存在”に見せていた。


 『えっと、今日はちょっと緊張してますけど……! 天宮ヒカリ、がんばります!』

 スクリーンの中で、ヒカリがぺこりと頭を下げる。

 そのぎこちない仕草さえも、俺にはたまらなく愛おしく思えた。


 ナナが小声でつぶやく。

 「……これだよ、ユウトくん」

 俺は無言でうなずいた。

 「これが、俺たちのアイドルだ」




 テスト配信は、予想以上の反響を呼んだ。

 学園内のネットワークに限定した配信だったけど、徐々にチャットが盛り上がり始める。


 【え、なにこの子! 超かわいい!】

 【動きが人間っぽい……これAIだよね?】

 【今、噛んだのかわいすぎるんだが!?】


 コメント欄は賑やかに流れ続ける。

 ヒカリは、緊張しながらも懸命にファンサービスを返していく。

 その姿は、まるでデビューしたばかりの新人アイドルそのものだった。


 「ユウトくん、ほら!」

 ナナがタブレットを差し出してくる。

 そこには、“フォロワー数:100人突破”の表示。

 「やった……!」

 俺は拳をぎゅっと握りしめた。




 配信が終わった後、ナナと二人でスクリーンの前に立つ。

 画面の中のヒカリは、軽く手を振っている。

 『ユウトくん、ナナちゃん、ありがとう! わたし、とっても楽しかった!』

 その言葉が、AIの自動生成だと分かっていても、心にじんわりとしみ込んでいく。


 ナナが静かに言った。

 「ヒカリちゃん、きっとこれからもっと人気になるよ」

 「……ああ。でも、まだ始まったばかりだ」

 俺はヒカリの画面に向かって、心の中で誓う。

 “お前を、絶対トップアイドルにしてみせる”




 その日の帰り道。

 薄暗くなった校舎の前で、ナナがふと立ち止まった。

 「ユウトくん、さ」

 「ん?」

 「ホロミューズ、次のメンバーはどうする?」

 その一言に、俺は一瞬だけ固まる。

 そして、ゆっくりと頷いた。


 「作ろう。次のアイドルも――俺たちの手で」

 ナナの顔がぱっと明るくなる。

 「うん! 楽しみだね!」

 彼女のその笑顔に、少しだけドキっとする自分がいたけれど――

 それは今は、まだ言わないでおこうと思った。



 こうして、ホロミューズは少しずつ、その歩みを進めていく。

 AIアイドルがトップを目指す物語は、まだ始まったばかりだ。


第2話 『理想のアイドルはAIで作る』 (完)

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