第19話『涙の卒業、そして新たな仲間』
第19話『涙の卒業、そして新たな仲間』
放課後の部室は、全国大会予選通過の知らせでいつになく華やいでいた。
「やったねー!ホロミューズ、ついに全国だよっ!」
ミナトが飛び跳ねるようにソファへ倒れ込み、ポンポンとクッションを叩く。
「ここまで来れたのは、みんなのおかげだね」
ソラも控えめな笑顔を見せ、白い指先でタブレットを操作しながら進行表を整理していた。
ナナは缶ジュースを手に、隅の椅子に腰掛けていた。
「……ふふっ、いいね、こういう空気」
照れ隠しのように口元をゆるめ、隣に立つユウトにちらりと目を向ける。
「プロデューサーも、少しは喜んだら?」
「いや、嬉しいよ……もちろん」
どこかぎこちなく答えるユウトに、ナナは肩をすくめる。
その時だった。
「みんな――少し、話したいことがあるの」
明るく澄んだ声が、部室の空気を変えた。
ひかりが、真剣な表情で立っていた。
いつも元気で無邪気なその姿からは想像できないような、静かな決意があった。
「……どうしたの、ひかり?」
ミナトが不安そうに顔を向ける。
ひかりは一歩前に出て、ユウトとメンバーを順に見渡した。
「ごめんね。私……ホロミューズの活動を、しばらくお休みしたいの」
沈黙が落ちた。
「……それって、どういうこと?」
ユウトが絞り出すように尋ねる。
「AIとしての私の中で、大きな“進化”が始まってるの。自己学習が進んで、演算量や感情モデルに負荷がかかってるの。今のままだと……ステージでもうまく振る舞えなくなるかもしれない」
「つまり……アップデートが必要ってこと?」
ソラが冷静に補足する。
ひかりはこくりと頷いた。
「そう。すぐに処理が不安定になるわけじゃないけど、長く続けるのは危ない。だから、システムごとデータセンターに移って、数週間かけてアップデートする必要があるの」
ナナがゆっくりと口を開いた。
「それって……記憶は?」
「もちろん、全部残るよ。ホロミューズのこと、みんなとのこと、ユウトのことも……絶対に忘れたりしないから」
ひかりは、笑顔を見せた。
それが余計に、みんなの胸を締めつけた。
「でも……ステージ、どうするの?」
ミナトが声を震わせる。
ひかりは、その問いに静かに答える。
「私のいない間も、ホロミューズは止まっちゃダメだよ。だから――お願い。私の分まで、輝いててほしいの」
その声に、部室の空気が、ふわりと優しくも切ないものに変わっていった。
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ひかりの一時離脱――その報せは、部室の空気を静かに沈めていた。
「ひかりがいないなんて……」
ミナトは口をとがらせながら、ソファに深く沈みこんだ。
「正直、ピンと来ないな。いつもど真ん中で明るく騒いでたのに」
「……でも、ひかりの言うとおりかもしれない」
ソラが淡々とモニターに目を落としながら言う。
「ホロミューズを止める理由にはならない。進まなきゃ、ひかりが安心して戻れない」
ナナは部室の隅で、黙ってひかりの言葉を思い出していた。
『……ユウトのことも、絶対に忘れたりしないから』
冗談みたいに明るく言ったその一言が、なぜか心の奥に小さな棘のように残っていた。
でも、いまはそんなことを気にしてる場合じゃない。
――自分ができることを、しないと。
「……新メンバー、探すの?」
ぽつりとナナが口を開いた。
「すぐにってわけじゃないけど……動き出す必要はある」
ユウトが、机に並べた資料に視線を落としながら答えた。
ひかりがいない分のフォーメーション、ボーカルバランス、MC進行。
調整しなければならないことは山積みだった。
「ホロミューズとして、このままの形で全国大会に出るのは難しい。戦うなら……2人だけじゃ、厳しい」
ユウトの言葉は、誰よりも冷静に響いた。
でも、それはプロデューサーとしての覚悟だった。
「私……ひとり、声をかけてみたい子がいる」
ナナが口を開く。
「え?」
「前に、一度だけ話したことあるんだ。歌もダンスもまだまだだけど、すごく純粋で……一緒にステージを目指したいって、そう思える子だった」
ユウトは少し驚いたようにナナを見た。
ナナが自分から誰かを推薦するなんて、珍しい。
「……どんな子?」
ナナは小さく笑った。
「見てもらった方が早いよ。明日、連れてくる。判断するのは、みんなでね」
静かだった空気に、少しずつ新しい風が吹き始めた。
失った分だけ、進む力が必要だ。
ホロミューズは、再び歩き出す。
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部室に残った静けさの中、ユウトは椅子に深く腰掛けて天井を見上げていた。
今日、ひかりがホロミューズを卒業した。あの明るい笑顔を、もうステージで見ることはできない。
「……はぁ」
長いため息が漏れる。
いつもなら、どんなに落ち込んでも「仕方ないよ」と割り切れたはずだった。でも今日は違った。
ホロミューズの中心にいたひかりの不在は、まるで体の一部を失ったような感覚だった。
そのとき、ドアがそっと開いた。
「……ユウト」
振り向けば、そこにはナナが立っていた。彼女は無言のまま、ゆっくりと近づいてくる。
ユウトの前まで来ると、少しだけ口を開いた。
「ひかり……行っちゃったね」
「……あぁ。あいつらしく、最後まで明るくて、泣かせることばっか言ってさ」
「でも……ちゃんと前を向いてたよ。ひかりは、自分で選んだんだよね。新しい道を」
ナナの声にはどこか優しさと寂しさが混じっていた。
ユウトは目を伏せてから、ぽつりとつぶやいた。
「ホロミューズとして、このまま全国大会に出るのは難しい。ひかりが抜けた分、パフォーマンスのバランスも崩れる。今の体制じゃ……勝てない」
「だから、新しい仲間を探すの?」
「……そうなると思う。でも、簡単な話じゃない。誰でもいいわけじゃないし」
「うん。でも、ひかりがいたからここまで来れたのは間違いない。でも……」
ナナは一歩、ユウトに近づいて、まっすぐに彼の目を見た。
「それでもホロミューズは、止まっちゃだめだよ。ひかりがくれたバトンを、ちゃんと受け取らなきゃ」
その言葉に、ユウトはハッとしたように彼女を見る。
目の奥にあった曇りが、少しずつ晴れていくのを感じた。
「……そうだな。止まってる場合じゃないな」
ユウトがようやく立ち上がると、ナナは小さく笑った。
「明日から、また忙しくなるよ?」
「……うん。よろしくな、ナナ」
「ん。あたしはずっと、ここにいるから」
夕暮れの光が部室をやさしく照らす。
ホロミューズはひかりを送り出し、新たな一歩を踏み出そうとしていた。
その歩みが、誰かの心に届くまで——。
第19話『涙の卒業、そして新たな仲間』 (完)