表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/25

第19話『涙の卒業、そして新たな仲間』

第19話『涙の卒業、そして新たな仲間』



放課後の部室は、全国大会予選通過の知らせでいつになく華やいでいた。


「やったねー!ホロミューズ、ついに全国だよっ!」

ミナトが飛び跳ねるようにソファへ倒れ込み、ポンポンとクッションを叩く。

「ここまで来れたのは、みんなのおかげだね」

ソラも控えめな笑顔を見せ、白い指先でタブレットを操作しながら進行表を整理していた。


ナナは缶ジュースを手に、隅の椅子に腰掛けていた。

「……ふふっ、いいね、こういう空気」

照れ隠しのように口元をゆるめ、隣に立つユウトにちらりと目を向ける。

「プロデューサーも、少しは喜んだら?」

「いや、嬉しいよ……もちろん」

どこかぎこちなく答えるユウトに、ナナは肩をすくめる。


その時だった。


「みんな――少し、話したいことがあるの」

明るく澄んだ声が、部室の空気を変えた。


ひかりが、真剣な表情で立っていた。

いつも元気で無邪気なその姿からは想像できないような、静かな決意があった。


「……どうしたの、ひかり?」

ミナトが不安そうに顔を向ける。


ひかりは一歩前に出て、ユウトとメンバーを順に見渡した。


「ごめんね。私……ホロミューズの活動を、しばらくお休みしたいの」


沈黙が落ちた。


「……それって、どういうこと?」

ユウトが絞り出すように尋ねる。


「AIとしての私の中で、大きな“進化”が始まってるの。自己学習が進んで、演算量や感情モデルに負荷がかかってるの。今のままだと……ステージでもうまく振る舞えなくなるかもしれない」


「つまり……アップデートが必要ってこと?」

ソラが冷静に補足する。


ひかりはこくりと頷いた。


「そう。すぐに処理が不安定になるわけじゃないけど、長く続けるのは危ない。だから、システムごとデータセンターに移って、数週間かけてアップデートする必要があるの」


ナナがゆっくりと口を開いた。


「それって……記憶は?」

「もちろん、全部残るよ。ホロミューズのこと、みんなとのこと、ユウトのことも……絶対に忘れたりしないから」

ひかりは、笑顔を見せた。


それが余計に、みんなの胸を締めつけた。


「でも……ステージ、どうするの?」

ミナトが声を震わせる。


ひかりは、その問いに静かに答える。


「私のいない間も、ホロミューズは止まっちゃダメだよ。だから――お願い。私の分まで、輝いててほしいの」


その声に、部室の空気が、ふわりと優しくも切ないものに変わっていった。


---


ひかりの一時離脱――その報せは、部室の空気を静かに沈めていた。


「ひかりがいないなんて……」

ミナトは口をとがらせながら、ソファに深く沈みこんだ。

「正直、ピンと来ないな。いつもど真ん中で明るく騒いでたのに」


「……でも、ひかりの言うとおりかもしれない」

ソラが淡々とモニターに目を落としながら言う。

「ホロミューズを止める理由にはならない。進まなきゃ、ひかりが安心して戻れない」


ナナは部室の隅で、黙ってひかりの言葉を思い出していた。


『……ユウトのことも、絶対に忘れたりしないから』


冗談みたいに明るく言ったその一言が、なぜか心の奥に小さな棘のように残っていた。

でも、いまはそんなことを気にしてる場合じゃない。

――自分ができることを、しないと。


「……新メンバー、探すの?」

ぽつりとナナが口を開いた。


「すぐにってわけじゃないけど……動き出す必要はある」

ユウトが、机に並べた資料に視線を落としながら答えた。


ひかりがいない分のフォーメーション、ボーカルバランス、MC進行。

調整しなければならないことは山積みだった。


「ホロミューズとして、このままの形で全国大会に出るのは難しい。戦うなら……2人だけじゃ、厳しい」

ユウトの言葉は、誰よりも冷静に響いた。


でも、それはプロデューサーとしての覚悟だった。


「私……ひとり、声をかけてみたい子がいる」

ナナが口を開く。


「え?」


「前に、一度だけ話したことあるんだ。歌もダンスもまだまだだけど、すごく純粋で……一緒にステージを目指したいって、そう思える子だった」


ユウトは少し驚いたようにナナを見た。

ナナが自分から誰かを推薦するなんて、珍しい。


「……どんな子?」


ナナは小さく笑った。


「見てもらった方が早いよ。明日、連れてくる。判断するのは、みんなでね」


静かだった空気に、少しずつ新しい風が吹き始めた。


失った分だけ、進む力が必要だ。

ホロミューズは、再び歩き出す。


---


部室に残った静けさの中、ユウトは椅子に深く腰掛けて天井を見上げていた。

今日、ひかりがホロミューズを卒業した。あの明るい笑顔を、もうステージで見ることはできない。


「……はぁ」


長いため息が漏れる。

いつもなら、どんなに落ち込んでも「仕方ないよ」と割り切れたはずだった。でも今日は違った。

ホロミューズの中心にいたひかりの不在は、まるで体の一部を失ったような感覚だった。


そのとき、ドアがそっと開いた。


「……ユウト」


振り向けば、そこにはナナが立っていた。彼女は無言のまま、ゆっくりと近づいてくる。

ユウトの前まで来ると、少しだけ口を開いた。


「ひかり……行っちゃったね」


「……あぁ。あいつらしく、最後まで明るくて、泣かせることばっか言ってさ」


「でも……ちゃんと前を向いてたよ。ひかりは、自分で選んだんだよね。新しい道を」


ナナの声にはどこか優しさと寂しさが混じっていた。

ユウトは目を伏せてから、ぽつりとつぶやいた。


「ホロミューズとして、このまま全国大会に出るのは難しい。ひかりが抜けた分、パフォーマンスのバランスも崩れる。今の体制じゃ……勝てない」


「だから、新しい仲間を探すの?」


「……そうなると思う。でも、簡単な話じゃない。誰でもいいわけじゃないし」


「うん。でも、ひかりがいたからここまで来れたのは間違いない。でも……」


ナナは一歩、ユウトに近づいて、まっすぐに彼の目を見た。


「それでもホロミューズは、止まっちゃだめだよ。ひかりがくれたバトンを、ちゃんと受け取らなきゃ」


その言葉に、ユウトはハッとしたように彼女を見る。

目の奥にあった曇りが、少しずつ晴れていくのを感じた。


「……そうだな。止まってる場合じゃないな」


ユウトがようやく立ち上がると、ナナは小さく笑った。


「明日から、また忙しくなるよ?」


「……うん。よろしくな、ナナ」


「ん。あたしはずっと、ここにいるから」


夕暮れの光が部室をやさしく照らす。

ホロミューズはひかりを送り出し、新たな一歩を踏み出そうとしていた。

その歩みが、誰かの心に届くまで——。


第19話『涙の卒業、そして新たな仲間』 (完)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ