第18話『選ばれしセンターは誰だ!?』
第18話『選ばれしセンターは誰だ!?』
放課後の部室は、いつもより少しだけ緊張した空気に包まれていた。
ホロミューズの次のライブに向けて、プロジェクトが本格的に動き出している。これまでの集大成とも言えるようなイベントで、学校関係者も、そして協力してくれている企業も注目しているらしい。
「ユウト、次のセンターって、もう決めたの?」
部室のソファに腰を下ろしていたソラが、タブレットを操作しながら口を開いた。いつも冷静な彼女も、ほんの少しだけ声に鋭さを含ませているように聞こえる。
「いや……まだ。みんなのパフォーマンスを見て、ちゃんと考えたい」
天城ユウトは、ノートPCの画面を見つめながら答える。その声には迷いがにじんでいた。
センター。それは、グループの象徴であり、もっとも注目される存在だ。
誰を選ぶかで、ユウト自身のプロデュース力が問われる。もちろん、ホロミューズの未来にも影響を与える決断になる。
「センターかぁ。ひかり、やってみたいな~!」
明るく笑うひかりの声が、場を柔らかくする。ムードメーカーらしい彼女の一言に、空気が少しだけ和らいだ。
「おもしろそうだけど、私も負ける気しないよ?」
お茶目に笑うミナトも負けじと手を挙げる。
候補は全員。どの子も魅力的で、それぞれに強みがある。だからこそ、簡単には決められない。
そんな中、扉が「コンコン」とノックされ、ナナが顔をのぞかせた。
「おじゃまします」
「ナナ、いいとこ来た。センター候補の話してたんだ」
「……へぇ。いよいよって感じだね」
ナナは一瞬だけ表情を固くするが、すぐにいつもの調子に戻る。
彼女は自分がAIではないことを理解しつつも、ずっと裏方として、ホロミューズとユウトを支えてきた。
――なのに、今はちょっとだけ、その距離が遠く感じた。
(ユウトのプロデューサーとしての目線……今、どこを見てるんだろ)
そんなことを考えながら、ナナは部室の隅に腰を下ろす。
彼女の視線の先には、画面の中でキラキラと光る3人のAIアイドルたちがいた。
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翌日の放課後、ユウトはプロジェクトルームにひとり残っていた。
モニターには、ホロミューズのこれまでのライブ映像が並べられている。再生と停止を繰り返しながら、ユウトはひとりメモを取り続けていた。
「……ひかりは、観客との距離が一番近い。でも、パフォーマンスの安定感はまだ波があるな」
彼女の天真爛漫な笑顔と、観客を巻き込む力は圧倒的だった。けれど、瞬間の勢いで引っ張るタイプなだけに、緻密な構成が求められるステージでは不安要素も残る。
「ソラは……全体を見渡せる冷静さがある。リズム感も抜群。でも、前に出ようとする強さには少し欠けてるかも」
彼女の表現は端正で正確。安心して任せられる。けれどセンターという強烈な“光”の位置に立ったとき、果たしてその存在感は届くだろうかと悩む。
「ミナトは……感情の表現が豊かで、見てるだけで引き込まれる。でも、自由すぎる部分もあるな」
楽曲の世界観に一瞬で溶け込む天才肌。だが、集団のリード役としては、もう少しバランスが欲しい。
どのメンバーも、センターを務められるだけの個性と成長があった。けれど、今のホロミューズに必要なのは――。
「誰が、“ホロミューズらしさ”を一番体現してるのか……」
そこに、そっとノックの音が響いた。
「入っていい?」
振り返ると、ナナが紙袋を片手に立っていた。
「あ、うん。どうぞ。……それ、なに?」
「差し入れ。甘いの食べた方が、脳が働くって言うし」
テーブルに置かれたのは、ユウトの好物――いちごのミルフィーユだった。
「ありがと」
ユウトは少し照れたように礼を言うと、スプーンでひと口すくった。甘さが脳にじんわり染みていく。
「……決めたくない、って顔してる」
ナナは静かに隣に腰を下ろす。
「そう見える?」
「うん。だって、ユウトって“全員が主役”って思ってる人でしょ? だから、誰か一人を選ぶって、すごく難しいよね」
ユウトは、図星を突かれたように肩をすくめた。
「でも、決めなきゃいけない。ホロミューズにとって、次のステージはそのくらい大事だから」
ナナは、しばらく何かを考えていたようだったが、やがてぽつりとつぶやいた。
「だったら、ユウトの“今のホロミューズのイメージ”に、一番近い子を選べばいいんじゃない?」
「……今のホロミューズのイメージ、か」
その言葉が、ユウトの中に小さなヒントとして残る。
AIでありながら、人のように成長し、悩み、支え合ってきた3人の少女たち。
彼女たちは、もはやただのプログラムではない。心がある――と、思えるほどに。
そして、そんな彼女たちの真ん中に立つべき存在は……
ユウトの脳裏に、あるひとりの姿が浮かび上がっていた。
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翌日の部室には、ホロミューズの3人とナナ、そしてユウトが集まっていた。
空気は、ほんの少し緊張している。
いつもはにぎやかなミナトも、今日はおとなしく椅子に座っていた。ソラは変わらぬ表情で手帳を閉じ、ひかりは不安げにユウトを見ている。
「――今日は、次のライブでセンターを誰にするか、発表する」
ユウトの言葉に、3人はごくりと喉を鳴らす。
「ホロミューズが、今一番伝えたいこと。それを考えて、何度も映像を見直した。みんな、それぞれすごく成長してる。誰がセンターでもおかしくないって思ったよ」
そこでユウトは、ひとつ深呼吸した。
「――でも俺は、“ひかり”をセンターにするって決めた」
静まりかえった室内に、ひかりの目が見開かれる。
「え、あ、わたし……?」
「ひかりの明るさや、周りを自然に巻き込む力は、今のホロミューズにとって一番必要なものだと思う。学園祭のステージでも、あのエネルギーがみんなを引っ張ってくれた。あれを見て、確信したんだ」
ソラとミナトがゆっくりとうなずく。
「ひかりなら、きっと“らしさ”を届けられる」
「うん、納得。私、サポート頑張るね!」
ひかりはまだ、少し戸惑ったままだったが、やがてゆっくりと立ち上がった。
「わ、わたし……まだ、完璧じゃないよ? 歌もダンスも、2人よりできないこといっぱいあるし……」
「ううん、それでもいいんだよ」
ナナが小さく微笑む。
「今のひかりだからこそ、届くものがある。完璧じゃないからこそ、みんな応援したくなるんだと思う」
ユウトも静かにうなずいた。
「ひかりの“心”は、ちゃんとステージに届いてるよ。だから――信じてほしい。自分を。そしてホロミューズを」
ひかりの目に、じんわりと涙が浮かぶ。
「うん……ありがとう、みんな! 全力でやってみる!」
部室には、少しずつ温かい空気が戻ってきた。
そして――。
ユウトはひそかに、自分の手帳に次のページを開く。
そこには、新たなセットリストとステージ構成の案。そして、センターを中心に据えた新しいフォーメーション。
未来のホロミューズが、また一歩進もうとしていた。
第18話『選ばれしセンターは誰だ!?』 (完)