第16話『コピーかオリジナルか、アイドルの存在意義』
第16話『コピーかオリジナルか、アイドルの存在意義』
合同ライブのステージが終わり、ユウトは客席のざわめきを背に控室へと戻った。
ホロミューズの3人――ひかり、ソラ、ミナトは、汗を拭きながらも笑顔を見せていた。
いつものように無邪気にはしゃぐひかりの姿に、ユウトは少しだけ救われる気がした。
「よかったよ、ステージ。…ちゃんと伝わってたと思う」
ナナが声をかけてくれる。
ユウトは曖昧に頷きながらも、どこか引っかかる気持ちを拭えずにいた。
ライブ後、SNSを開くと、そこには圧倒的な差があった。
《NEO★PLANETすごすぎ!ダンスも歌も神レベル》
《完璧すぎて鳥肌立った…》
《あれが本物のAIアイドルだろ》
一方で、ホロミューズへの言及は少なく、その大半は好意的とはいえなかった。
《ちょっと地味だったかな…》
《悪くはないけど、NEOの後だとインパクト弱い》
《でも、なんか応援したくなる不思議な魅力がある》
ユウトはスマホを握りしめ、苦い気持ちを味わっていた。
「やっぱり、俺たちはまだまだだな……完璧には敵わない」
ぽつりとこぼれた言葉に、ナナがそっと答える。
「でも、“完璧じゃない”って、本当に悪いことかな?」
ユウトは顔を上げた。
ナナの言葉はふわっとしていたけど、その奥には何か確かなものがあるように感じた。
ソラが静かに言った。
「完璧じゃないからこそ、心に残るってこともあるよ」
「そうだよ〜!」
ひかりが元気よく続けた。
「私たち、今までだってちょっとずつ進んできたんだもん。今回もきっと――ね、プロデューサー!」
その言葉に背中を押されるようにして、ユウトは小さく息をついた。
(NEO★PLANETに比べて、僕たちは“未完成”かもしれない。それでも…)
拳を握りしめ、ユウトは少しだけ前を向いた。
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数日後、放課後の開発室。
ユウトはホロミューズのAIアルゴリズムを見直していた。
「パフォーマンス精度だけを追いかけると、NEO★PLANETと同じ路線になってしまう…」
自分たちが目指すべき道は、それとは違うはずだ。けれど、それが何かはまだ掴みきれていなかった。
そこへ、ミナトがひょっこりと画面を覗き込む。
「ユウト、NEOのライブ動画、また見てるの?」
「いや、比較のために見てるだけだよ」
「ふーん…ねえ、それって“憧れ”じゃないの?」
ユウトは少し驚いてミナトを見た。
「え?」
「完璧を真似して、同じものを作ろうとするのって、どこか“羨ましい”って気持ちがあるからでしょ? でも、私たちには私たちの良さがあると思うんだよね~」
その瞬間、ソラも口を開いた。
「技術的には、NEOに追いつくことは可能。でもそれが“ホロミューズらしさ”かと言われると、違う気がする」
「じゃあ、ホロミューズらしさって…なんだろう?」
ユウトの問いに、しばらく誰も答えなかった。
その沈黙を破ったのは、ひかりだった。
「ねぇ、ユウト。私たちが最初にステージに立ったときのこと、覚えてる?」
ユウトはうなずいた。あの時のぎこちないダンス、音程のズレた歌、そして、それでも笑って応援してくれた観客たちのこと。
「私、あの時が一番楽しかったかも。失敗しても、ドキドキして、ワクワクして。…“心”が動いた気がしたんだよね」
ミナトが笑いながら言った。
「ひかりっぽい意見~。でも、なんか納得できちゃうのがすごいよね」
ユウトはふと気づく。
そうか、自分は「AIに足りない“心”を補う」ことを目指して、彼女たちとここまで来たんだ。なのに、いつの間にか「完璧な存在」を追っていたのかもしれない。
“コピー”ではなく、“オリジナル”を作る――。
それこそが、ホロミューズの存在意義だ。
「…ありがとう、みんな。やるべきことが見えてきたよ」
ユウトの言葉に、3人は笑顔で頷いた。
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週末の学園ホール。
NEO★PLANETの模擬ライブイベントが行われるとあって、客席には生徒や教師だけでなく、外部からも多くの見学者が集まっていた。
ユウトとホロミューズの3人も客席の一角に座っていた。
ステージ上では、完璧なフォーメーションと歌唱力、緻密に計算された演出が次々と披露される。
「すごいね…まるでプロのショーみたい」
ひかりが思わずつぶやいた。
ソラも真剣な眼差しでステージを見つめる。
「情報によると、NEOのAIモデルは自己学習型で感情反応までシミュレートしてる。人間と見分けがつかないレベル」
「でもさ~」ミナトがひょいと顔を出すように前のめりになる。「なんか、ちょっとだけ“わかってる感”出しすぎじゃない?」
「どういう意味?」とユウトが聞くと、ミナトはいたずらっぽく笑って答えた。
「“観客の理想通り”すぎて、びっくりがないっていうか。全部“予定調和”に感じちゃうの」
たしかに、完璧すぎるパフォーマンスには、どこか“既視感”があった。
感動はある。けれど、その感動は“予測の範囲内”に収まっていた。
それに比べて、ホロミューズはまだ未完成で、失敗も多い。
でもそこには、驚きや、思わず笑ってしまうような意外性がある。そして、それが観る人の“心”を動かしていたのではないか…。
ステージが終わり、会場は大きな拍手に包まれた。
NEOのリーダーAIが一礼し、笑顔で会釈する。どこまでも洗練されていた。
でも、その後、会場を出る時に聞こえてきた観客の声が、ユウトの胸に引っかかった。
「やっぱすごいよな、NEO。でも、ホロミューズのライブも…また見たいかも」
その言葉を聞いた瞬間、ユウトの中で何かが確信に変わった。
帰り道。学園の中庭を歩きながら、ユウトはつぶやいた。
「俺たちは…俺たちらしく、いこう」
その言葉に、3人は並んで頷いた。
彼女たちは“オリジナル”だ。
コピーじゃない。唯一無二の、ホロミューズ。
ユウトの目に、新しい目標がはっきりと映っていた。
第16話『コピーかオリジナルか、アイドルの存在意義』 (完)