第14話『「AIだから」じゃなく「ホロミューズだから」』
第14話『「AIだから」じゃなく「ホロミューズだから」』
イベント当日、学園のホールは早朝から活気に満ちていた。
ステージの準備、音響チェック、スタッフの動き――その中心には、チェックリストを片手に動き回る天城ユウトの姿があった。
「次はステージ裏のモニター確認。通しリハまで、あと十五分……!」
声に焦りはなく、むしろ落ち着いた指示が飛ぶ。
数カ月前の自分からは、想像もできなかった姿だ。
控室では、ホロミューズの三人がそれぞれ本番前の準備をしていた。
ひかりは元気に発声練習、ソラは静かにストレッチ、ミナトは落ち着かない様子で周囲をキョロキョロしている。
「……本番、近づいてきたね」
「なんか、ドキドキしてきた〜」
「落ち着いて。リハーサル通りにやれば、大丈夫」
そんな三人を見守るナナは、そっと視線を移した。
廊下を駆けていくユウトの背中が一瞬だけ見えた。
(相変わらず忙しそう……でも、ちゃんと“プロデューサー”してる)
そう思うと、自然と口元がゆるんでいた。
誰にも気づかれないように、そっと視線を戻し、ナナは自分の膝の上で手を組む。
「よし、私も準備しなくちゃ……」
自分に言い聞かせるように呟いて立ち上がる。
控室にはひかりの明るい声が響き、ソラとミナトも続く。
「そろそろ出番かな?」
「プロデューサーの指示を待ちましょ」
そこへユウトが顔を出す。
「ひかり、ソラ、ミナト。そろそろ通しリハ、移動お願い」
「了解っ!」
軽やかな返事に、ユウトも小さくうなずく。
その横顔を、ナナはひと言もなく見つめていた。
まるで、何かを確かめるように。
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リハーサルを終えた控室で、ユウトはホロミューズの3人とナナの様子を確認していた。
ひかりは笑顔でジャンプしながら、声出しを続けている。
ソラは静かにステージの構成を見直して、ミナトはその隣でふざけ半分にポーズの練習。
そしてナナは、資料を持ってメンバーに細かい指示を出していた。
(……ちゃんと成長してる)
ユウトは心の中でそう思った。
はじめてこのプロジェクトを動かした時、AIに心を教えるなんて無理だと思ってた。
でも、今目の前にいるホロミューズは、ちゃんと“仲間”として、同じ方向を向いている。
「ユウト、これ確認しておいて」
ナナがスケジュール表を差し出してきた。
「ん、ありがとう。……ナナも、本当に頼りになるな」
「えっ……な、なに、急に」
「いや、純粋な感謝のつもりだけど」
ナナが少しだけ頬を赤らめたようにも見えたけど、ユウトは気にせず資料に目を通した。
(本番前に、余計なこと考えてる暇はない)
そう言い聞かせるように、呼吸を整える。
彼の頭の中には、ホロミューズの成功と、失敗できないプレッシャーだけが渦巻いていた。
「……時間、そろそろだ。行こう」
ユウトの声に、ひかりたちは顔を上げた。
「うん、準備は万端!」
「ステージ裏、行こっか!」
「いっくよ~!」
3人が立ち上がり、ナナもそれに続く。
ユウトは最後に一つ深呼吸して、ステージ裏へと向かうドアを開けた。
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ステージの幕が上がる直前、ユウトは袖からステージを見つめていた。
会場の照明が落ち、ざわめきが静まり、ライトが一点に集中する。
(いよいよ、始まる――)
AIアイドルだから注目された。
AIアイドルだから叩かれた。
けど、今日のステージで証明するのはただひとつ。
――ホロミューズは、誰よりも“アイドル”であるということ。
「いくよ、ソラ! ミナト!」
「うん。冷静に、でも全力で」
「テンションMAXでいっちゃおうー!」
ひかりの掛け声で、3人がステージに飛び出した。
その瞬間、照明が彼女たちを照らし、歓声が一斉に上がる。
ユウトはその背中を見守りながら、手に汗をにぎった。
緊張、期待、不安、誇らしさ――すべてが入り混じる。
隣でナナがそっと言った。
「……やっぱり、すごいね。ユウトが作ったホロミューズ」
「……俺は、作ったんじゃない。支えてるだけだよ。あいつら自身が、ここまで来たんだ」
「うん……。でも、ユウトがいたからだよ」
ナナの言葉に、ユウトは答えなかった。
気づかぬふりをして、視線をステージに戻す。
(まだ、俺のやるべきことは終わってない)
観客の笑顔、メンバーの輝き、それがユウトの原動力だった。
ひかりがセンターに立ち、マイクを握る。
「私たち、AIアイドル・ホロミューズです! 今日はみんなに――」
その声に、客席の視線が集中する。
「――“AIだから”じゃなく、“ホロミューズだから”って思ってもらえるように、全力でいくよっ!」
歓声が会場を包んだ。
まばゆいステージの光の中で、AIアイドルたちの本当の物語が、今始まろうとしていた。
第14話『「AIだから」じゃなく「ホロミューズだから」』 (完了)