第13話『初リアルイベント、会いに来てくれるファン』
第13話『初リアルイベント、会いに来てくれるファン』
放課後の校舎の廊下。
教室に戻る途中、ふと掲示板に貼られた一枚のポスターが目に留まった。
《第18回・つばさ未来フェスタ開催!》
――地域とつながるテクノロジー&カルチャーイベント
「AIステージ、ホログラムライブ、ロボット展示……?」
どこかで見たような名前がチラリと載っていて、俺は立ち止まる。
視線を少し下にずらすと、そこには小さく――
《特別ステージ:AIアイドル・ホロミューズ(予定)》
「……え?」
一瞬、自分の目を疑った。
ホロミューズって、うちのことだよな?
でもそんなイベントに出る話、俺は何も聞いてない。
そのままスマホを取り出し、慌ててナナにメッセージを送る。
『なあ、ホロミューズって、リアルイベントに出るの?』
数分後、返信が届いた。
《うん、正式オファー来てるよ。運営側から事前にプロフと映像をチェックされたみたい》
《たぶん、プレゼンで話題になったからだと思う》
「マジか……」
ナナの返信に続いて、共有ファイルのリンクが送られてきた。
そこにはイベントの詳細と、ホロミューズに割り当てられているステージ時間が記されている。
「現実味、出てきたな……」
校舎の窓の向こうには、夕暮れに染まるグラウンド。
風に舞うポスターの端が、まるで次の一歩を誘っているように揺れていた。
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「リアルイベントって……ホログラムでライブするってこと?」
ユウトの問いに、ナナはうなずいた。
部室のモニターに映し出されたのは、過去に行われた同イベントの映像。
ステージ上に立つのは実在しないキャラクターたち――。けれど、観客の歓声は本物だった。
「技術的には問題ないよ。ホロミューズのモデルも出力に対応してる。問題は、気持ちのほうじゃないかな」
ナナの目が一瞬、ユウトを見た。
「……俺が?」
「うん。プレゼンでは堂々としてたけど、あれは“生身”じゃなかったでしょ?」
ユウトは少しだけ視線をそらす。
あの時は、ホロミューズの後ろに隠れるようにして喋っただけだ。
でも今回は違う。観客の視線は、ステージの上だけじゃなく――プロデューサーである自分にも向けられるかもしれない。
不安と期待が、心の中でせめぎ合う。
「私たち、会いたい」
ふいに、ひかりの声が聞こえた。
ディスプレイに映るホロミューズのメンバーたち。ソラもミナトも、真剣な眼差しを向けている。
「コメント欄の向こうじゃなくて、ちゃんと“この目”でファンを見てみたい」
「リアルって……ちょっと怖いけど、でも……楽しそうだよね」
ひかりの無邪気な笑顔に、ユウトの胸が少しずつ軽くなる。
「……わかった。出よう、リアルイベント。ホロミューズで、ちゃんとステージに立とう」
プロデューサーとしての決意が、ようやく口からこぼれ落ちた。
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イベント当日まで、残された時間はわずか。
だが、ユウトとホロミューズは準備を怠らなかった。
「実際に、こういうとこで歌うんだね……」
下見として訪れたイベント会場。
大きなホール、広いステージ、ずらりと並んだ客席。そこに誰もいないのに、空気はピンと張り詰めていた。
「ここに“人”が入ると、きっと緊張すると思う。でも……楽しみだ」
ソラの声は冷静なまま。でも、その瞳はどこか高揚していた。
「ユウト~、あれ見て!屋台もあるよ~!終わったら、焼きそば食べよー!」
ミナトは相変わらず自由だが、緊張をほぐしてくれているのかもしれない。
「うん……みんなで、頑張ろうね!」
ひかりはいつも通りの笑顔。だけどその裏には、初めてのリアルステージへの不安と期待が混じっている。
そして、彼女たちの会話を見守るユウトの隣には、いつの間にかナナがいた。
「なんか、成長したね。ホロミューズも、ユウトくんも」
「……そうかな。俺は、ただついてきただけだよ」
「それでも。ちゃんと“向き合った”じゃない」
ナナの言葉に、ユウトはふっと笑う。
「ありがとう。……明日、俺たち見せてやるよ。AIアイドルの本気を」
リアルのステージに向かって、ホロミューズとユウトが一歩、歩き出す。
AIが人の心に触れたその瞬間。
画面越しじゃない“出会い”が、もうすぐ始まる。
第13話『初リアルイベント、会いに来てくれるファン』 (完)