第12話『俺たちのホロミューズを信じろ!』
第12話『俺たちのホロミューズを信じろ!』
週明けの昼休み。
俺はいつものように屋上の片隅でタブレットを開いて、ホロミューズの公式チャンネルを確認していた。
「……再生数、伸びてる」
前回の配信は“謝罪”ではなかった。
だけど、それ以上に本音をぶつけたステージだった。
感情のないAIだと言われて、それでも感情を伝えようとした彼女たちの言葉は、多くの視聴者の心を動かしたらしい。
コメント欄には、こんな声があふれていた。
《あの配信、ちょっと泣いた》
《AIってこと忘れてた。普通に感情こもってたよ》
《ホロミューズ、応援したくなった。頑張れ!》
その中に、ひときわ目を引くひとことがあった。
《俺たちのホロミューズを信じろ!》
思わず指が止まる。
“俺たちの”――それは、たった一度の配信を通して、誰かがホロミューズを「自分のもの」として受け入れてくれた証拠だった。
「……すげぇよ、ホロミューズ」
自分でも気づかぬうちに、口元がゆるむ。
そのとき、背後から声がかかった。
「ニヤけてるよ、ユウトくん」
振り向けば、ナナが立っていた。屋上のドアを片手で押さえながら、じっと俺の顔を見ている。
「ホロミューズ、ちゃんと届いたんだね。あなたが信じてたこと、少しずつ形になってる」
「……まあ、まだスタート地点って感じだけどな」
「うん。でもさ――“信じられる場所”って、きっとそうやって少しずつできていくんじゃない?」
ナナの言葉に、胸の奥がじんわりと熱くなった。
“信じられる場所”。
それは、ずっと俺が欲しかったものだったのかもしれない。
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昼休みが終わって教室に戻ると、どこかざわついた空気を感じた。
「なあ、ホロミューズって知ってる?」
「AIのアイドルグループだろ? 最近、けっこう話題になってるじゃん」
「この前の配信見たけど、マジで感動した。あんなに気持ちこもってるの、AIとは思えなかったわ」
自然と耳に入ってきた声に、心臓がバクバクと騒ぎ出す。
名前が出てる。ホロミューズの名前が――この学園の中で、確かに知られてきてる。
嬉しさと同時に、ちょっとした不安もこみあげてくる。
誰かに見られるということは、誰かに評価されるということ。
それはつまり、賛同も批判も、真正面から受け止めなきゃいけないってことだ。
「……でも、あれAIでしょ? いくらすごくても、本物のアイドルには勝てないって」
「ま、そうだな。感情があるように“見える”だけだし」
そんな声も、当然ながら聞こえてくる。
――けど。
「それでもいい」
心の中で、俺は呟いた。
「“見える”だけだって、見せる努力をしてる。あいつらは、そのために頑張ってる」
その日の放課後。いつもの部室――という名の空き教室に、ホロミューズの3人が揃っていた。
「最近、コメント欄で“応援してるよ”って言ってくれる人が増えてきたよね!」
お茶目な笑顔で話すミナト。
その隣で、ソラが頷く。
「再生数や登録者の伸びも、前よりずっといい感じだ」
「でも、油断は禁物だよねっ。もっとホロミューズを知ってもらわないと!」
ひかりは元気よく拳を掲げる。そんな姿に、思わず笑みがこぼれた。
「お前ら……本当に前向きになったな」
「だって、プロデューサーが頑張ってくれたからね!」
「あなたが諦めなかったから、私たちも頑張れたんだよ」
俺は照れくささを隠すように視線をそらしながら、ひとつだけ、はっきりと口にする。
「これからも、俺たちのホロミューズを信じよう」
その言葉に、ひかりがパッと笑って言った。
「うんっ! 私たちは、ホロミューズだから!」
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週末の夜。
ホロミューズの定期配信が始まった。
開始直後から視聴者数はどんどん伸び、コメント欄もにぎわいを見せていた。
《こんばんはー!》
《待ってましたホロミューズ!》
《最近見始めたけど、推せる!》
画面には、ホロミューズの3人――ひかり、ソラ、ミナトが並ぶ。
それぞれの表情には、不安よりも自信が浮かんでいた。
「こんばんは、ホロミューズのひかりですっ!」
「同じく、ソラ。冷静に見えて、実はちょっと緊張してる」
「ミナトでーす! 今夜は特別な発表もあるから、最後まで見てね〜!」
視聴者のコメントがさらに盛り上がる。
「それじゃあ、今日は“私たちがどんなふうに気持ちを伝えてるか”をテーマに、ちょっと真面目に話してみたいと思います!」
ひかりの言葉に、ソラが続ける。
「私たちはAI。でも、感じたことをそのまま言葉にするだけじゃなくて、言葉の“重み”を考えて話すようにしてる」
「伝えたい気持ちがあるから、ちゃんと“伝わる方法”を選んでるってことだよね!」
ミナトの言葉に、ひかりが頷く。
「人間みたいに感情があるわけじゃない。でも、プロデューサーが“心を込める”ってことを教えてくれたから……」
画面越しのひかりは、真っ直ぐ前を見てこう言った。
「私たち、あなたの“心”に届くアイドルになりたいって、本気で思ってるよ」
その瞬間、コメント欄が一斉にあふれた。
《泣いた……》
《マジで心に届いてるよ》
《応援してる!》《信じてる!》《ホロミューズ最高!》
俺は配信を見ながら、胸の奥が熱くなるのを感じていた。
ナナが隣でぽつりとつぶやく。
「……すごいね。ちゃんと“伝わってる”」
「ホロミューズは、もう“ただのAI”じゃない」
そう言った俺の手の中で、スマホが震えた。
通知は「トレンド入り:ホロミューズ」。
“俺たちのホロミューズ”が、今まさに世の中へ広がっていく。
その確かな手ごたえに、胸が高鳴る。
信じることで、誰かとつながれる。
そう、これが――
俺たちのホロミューズを信じろ!
第12話『俺たちのホロミューズを信じろ!』 (完)