第10話『コメント欄の「推し」ができるまで』
第10話『コメント欄の「推し」ができるまで』
「ホロミューズに、心を持たせる……?」
ナナが少し驚いたように俺を見つめる。
学園祭のライブから数日後、俺はナナを呼び出し、今のホロミューズの課題について相談していた。
「うん。やっぱり今のままじゃ、ファンの心をつかめない気がするんだ」
「……確かに、パフォーマンスは完璧だけど、それだけじゃ物足りないってこと?」
俺は頷く。
「ライブの視聴者は増えた。でも、すぐに離れちゃうんだ」
「それって、ホロミューズの何かが足りないってことよね」
ナナは腕を組んで考え込む。
俺もまた、スマホを見つめながら思考を巡らせていた。
──ファンがアイドルを推したくなる理由は何か?
歌やダンスが上手いだけじゃダメだ。
“心”があるアイドルとは、ただのパフォーマーじゃない。
ファンが「この子を応援したい」と思えるような、何かが必要なんだ。
「……ナナは、アイドルを推したことってある?」
ふと、俺はナナに聞いてみた。
「えっ?」
「ナナが好きなアイドルってさ、どんなところが魅力的だった?」
ナナは少し戸惑った後、考え込むように目を伏せた。
「うーん……私が好きだった子はね、歌も上手かったけど、それ以上に……その、ちょっとドジだったり、不器用だったり……でも、頑張ってる姿が好きだったかな」
「頑張ってる姿……」
ナナは少し恥ずかしそうに笑う。
「なんていうか、“完璧じゃない”ところが逆に良かったのかも」
「完璧じゃない……」
俺はホロミューズのメンバーを思い浮かべる。
彼女たちはAIだから、何をやらせても完璧だ。
でも、それって逆に“人間らしさ”を感じにくいのかもしれない。
──ホロミューズのメンバーに、もっと個性を持たせるべきなのか?
「やっぱり、ファンがアイドルを“推したい”って思うには、その子の魅力を感じられるエピソードが必要なんだと思う」
ナナが続ける。
「特に、“この子だけの特別な部分”とかね」
「特別な部分……」
俺はポケットからスマホを取り出し、ホロミューズの動画についたコメントをスクロールした。
すると、ナナが画面を覗き込んでくる。
「ねぇ、ファンの声をもっとちゃんと聞いてみない?」
「ファンの声?」
「ほら、みんなのコメントを分析すれば、ヒントがあるかもしれないよ」
ナナの言葉に、俺はハッとした。
──ファンが感じていることを知る。
それが、ホロミューズを成長させる鍵になるかもしれない。
「……やってみる価値はありそうだな」
俺たちは早速、ホロミューズの動画についたコメントを洗い出してみることにした。
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俺はスマホを手に取り、ホロミューズの動画についたコメントをひとつひとつ読み返していった。
再生回数は徐々に伸びているものの、視聴者の反応はまだ薄い気がする。
「ナナ、どう思う?」
「うーん……“可愛い”とか“歌が上手い”とか、どれも当たり前の感想ばかりだね」
確かに、その通りだった。
「すごい!」「神パフォーマンス!」という褒め言葉は多い。
でも、それ以上に踏み込んだコメントは少ない。
これじゃあ、ただの“すごいアイドルグループ”で終わってしまう。
──ファンが「この子を応援したい」と思うには、もっと何かが必要なんだ。
「……あれ?」
スクロールしているうちに、俺は気になるコメントを見つけた。
『○○(メンバー名)って、もしかして○○な性格?』
「ナナ、これ……」
ナナも画面を覗き込み、興味深そうに頷く。
「他にもあるね。『○○ちゃんって、なんか天然っぽい?』とか、『意外と負けず嫌いなのかも』とか」
俺は少し考え込む。
ホロミューズのメンバーはAIで、感情も性格も基本的にはプログラムで決められている。
だけど、ファンはそれを“個性”として受け取っているらしい。
「ってことは……」
「うん。ファンは、ホロミューズのキャラクターを求めてるんだと思う」
ナナの言葉に、俺はハッとする。
ホロミューズはこれまで“完璧なアイドル”を目指してきた。
でも、それだけじゃダメだ。
ファンは「推し」を作るとき、そのアイドルの個性やストーリーを求める。
「つまり、もっとメンバーそれぞれの“らしさ”を出せばいいってことか……」
「うん。例えば、『この子は努力家で真面目』とか、『おっとりしてるけど芯が強い』とか。そういうエピソードを見せていけば、ファンが自然と“推したい”って思うようになるんじゃない?」
なるほど……。
でも、どうやって?
「キャラ付けって言っても、わざとらしく作り込むのも違うし……」
「だったら、ホロミューズの日常をもっと見せるのはどう?」
ナナが提案する。
「配信で『ホロミューズの裏話』みたいな企画をやってみるとか!」
「裏話?」
「うん。例えば、レッスン中のエピソードを話したり、普段どんな風に考えてるかを見せたり……。そうすれば、ファンはメンバーのことをもっと知れるし、自然と“推し”ができるかも!」
俺は少し考え込む。
確かに、ただのパフォーマンスだけじゃ、アイドルとしての魅力は伝わりにくい。
ファンがメンバーのことを深く知れる機会を作れば、より愛着を持ってもらえるかもしれない。
「……よし、試しにやってみるか」
俺はスマホを握りしめ、ホロミューズの次の配信企画を考え始めた。
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翌日、俺はすぐにホロミューズのメンバーを集めた。
「みんな、今日は新しい配信企画を試したい」
俺の言葉に、スクリーンの向こうのメンバーたちは興味深そうに首を傾げる。
「新しい企画?」ソラが尋ねる。
「どんなことをするんですか?」ひかりも続く。
俺は頷き、昨日ナナと話し合ったアイデアを説明する。
「ファンのみんなが、ホロミューズの“キャラ”をもっと知りたがってる。だから、今日はレッスンの裏話や、みんなの普段のことを話す配信をやってみようと思う」
「へぇ、そういうのもアリなんだね!」ひかりが明るく笑う。
「でも、どんな話をすればいいの?」ミナトが少し不安そうに尋ねる。
「難しく考えなくていい。例えば、レッスン中にあった面白い出来事とか、最近気になってることとか、好きな食べ物の話でもいい」
「なるほど……それなら私も話せそう」ソラが落ち着いた声で頷いた。
準備を終え、配信をスタートさせる。
いつもはパフォーマンスがメインのホロミューズのチャンネル。だが、今回はリラックスしたトーク形式だ。
『今日はちょっと特別企画!ホロミューズの裏話トーク!』
俺がそうタイトルをつけて配信を始めると、コメント欄はすぐに反応し始めた。
「裏話!?めっちゃ気になる!」
「こういう配信待ってた!」
「ホロミューズのみんなのこともっと知りたい!」
最初は緊張していたメンバーも、話しているうちにどんどん盛り上がっていく。
「この前のダンスレッスンで、ミナトが思いっきりターンしたら、そのまま壁にぶつかっちゃって──」
「ちょ、ひかり!それ言わないで!」ミナトが慌てる。
「ふふっ、でも本当にすごい勢いでしたよね」ソラが冷静にコメントする。
画面のコメント欄も大盛り上がりだ。
「ミナト、お茶目すぎるw」
「ソラ、やっぱりクールでいいな」
「ひかりはムードメーカーって感じ!」
俺は画面を見ながら、確かな手応えを感じていた。
ファンはただの完璧なアイドルじゃなく、ホロミューズの個性を求めている。
そして──それが、「推し」を作るために必要なものだった。
「この企画……成功したな」俺は小さくつぶやいた。
ホロミューズの魅力を、もっと深く知ってもらうために。
これからも、こうした配信を続けていこう──そう決意しながら、俺は次の企画を考え始めるのだった。
第10話『コメント欄の「推し」ができるまで』