第1話 『プロデューサーなんて無理だと思ってた』
第1話 『プロデューサーなんて無理だと思ってた』
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放課後の教室には、もう誰もいなかった。
窓際の席に座ったまま、俺はカタカタとキーボードを叩く。
青白いノートパソコンの画面には、AIモデルの設計画面が映し出されていた。
――はあ。
思わず、ため息が漏れる。
別に嫌なことがあったわけじゃない。ただ、なんとなく、だ。
俺の高校生活は、基本的にそんな感じでできている。
名前は天城ユウト。
高校二年生、趣味はアニメとアイドルのライブ配信鑑賞。それと、最近はAIプログラミング。
クラスでは、たぶん「いることは知ってるけど、話したことはない」というポジション。
それで困ったことは、特にない。……と思ってた。
だけど。
最近、ふとした瞬間に考えることがある。
――このまま、誰とも関わらずに高校生活が終わるのかな。
なんとなく寂しくて、でもどうすればいいのかわからなくて。
だから俺は、AIをいじっている。
「人間は無理でも、AIなら思い通りに動いてくれる」
そんなことを本気で思っている自分が、ちょっと嫌になる。
でも――。
「……それでも、理想のアイドルを作りたいんだよ」
口に出して、ひとりごとを言った。
その瞬間、なんだか虚しくなって、パソコンをパタンと閉じる。
教室の中は、しんと静まり返っている。
みんな部活に行ったり、友達とゲーセンに行ったりしている時間だ。
俺は、ひとり。
でも、慣れている。慣れているはずなのに。
「……なんだかなあ」
窓の外を見やると、茜色に染まる校舎の屋根が目に入った。
オレンジ色の空に、白い飛行機雲がスッと伸びている。
きっと、あの雲の向こうに行ける人間が“本当のアイドル”をプロデュースするんだろうな、なんてことを考えた。
その時だった。
後ろの席の机に、誰かがノートを忘れているのに気づいた。
パラリ、と風がページをめくる。
そこに描かれていたのは――
「……アイドル?」
ラフスケッチのような女の子が、ページいっぱいに描かれていた。
大きな目と、柔らかそうな髪。衣装は制服風で、どこか儚げな雰囲気。
でも、笑顔はとても楽しそうだった。
「……上手いな」
誰が描いたんだろう、と思って表紙を見た瞬間――。
「あ、それ私のだ!」
ビクッと肩を跳ねさせる。
振り返ると、そこにはスケッチブックを抱えた女の子が立っていた。
桜井ナナ。美術部で有名な、絵の上手い子だ。
だけど俺とは、ほとんど話したことがない。
たぶん、俺のことも「クラスにいる誰か」くらいにしか思っていないはずだ。
「……ご、ごめん」
慌ててノートを差し出す。
ナナはにっこりと笑って、それを受け取った。
「ありがとう。見てた?」
「……ちょっとだけ」
「そっか」
ナナは、またにこっと笑った。
その表情に、なんだか心臓がドクンと鳴る。
ああ、こういうのを“ドキドキ”って言うんだなって、今さらながら思った。
「可愛いでしょ? この子、私のオリジナルなんだ」
「……アイドル?」
「うん。アイドルが好きだから。ホロミューズみたいな、ね」
その名前に、思わず反応する。
ホロミューズ――俺が今、作ろうとしているAIアイドルグループの名前だ。
「……ホロミューズ、知ってるの?」
「え? 名前だけだけど。なんか響きがよくて、使ってみたくなっちゃった」
「……へえ」
「じゃあね、天城くん」
手を振って、ナナは教室を出て行く。
俺はその背中を、しばらく見送っていた。
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数日後の放課後。
情報処理室のパソコンには、ひとりの女の子が映し出されていた。
淡い桜色の髪と、透き通るような瞳。
制服はナナがデザインしてくれた、清楚な白を基調にした衣装だ。
俺が作ったAIモデルが、そのデザインに命を吹き込まれた。
「……どう? この子」
「……すごい、かわいい」
ナナは画面を覗き込み、目を輝かせている。
まるで自分のことのように嬉しそうで、俺も少しだけ誇らしい気持ちになった。
「名前、決めた?」
「……いや、まだ」
AIに“名前”をつける――その意味の重さに、俺はずっと悩んでいた。
けれど、ナナは迷いなく言った。
「この子、ホロミューズのセンターなんでしょ? 一番大事な子なんでしょ?」
「……ああ」
「だったらさ――“ヒカリ”って名前はどう?」
「ヒカリ……?」
「うん。人を照らすアイドルって、そんなイメージ。キラキラしてて、まっすぐで、でも優しくて」
ナナが言葉を重ねるたびに、俺の中で何かがはまっていく感覚があった。
「……ヒカリ、か」
口に出してみると、自然と笑みがこぼれた。
AIアイドルのセンター、天宮ヒカリ。
この名前なら、きっと多くの人を笑顔にできる気がする。
「じゃあ、ヒカリで決まりだな」
「うん!」
ナナは満足そうに頷いた。
その笑顔に、またドキリとする。
俺の心臓は落ち着きなく脈打っていたけれど、それでも目を逸らさなかった。
「ありがとう、桜井……ナナ」
「どういたしまして、ユウトくん」
名前で呼び合った瞬間、なんだか距離が近づいた気がした。
そして、気がつけばもう日が暮れている。
ナナとふたり、情報処理室の窓からオレンジ色に染まる空を眺めた。
「ここから始まるんだね、私たちのホロミューズ」
「……ああ。俺がプロデューサーだからな」
「うん、プロデューサーさん!」
ナナが冗談めかしてそう呼ぶ。
それがくすぐったくて、だけど悪くない気がした。
こんな俺でも、誰かと何かを作ることができるんだ。
そう思えた瞬間だった。
――プロデューサーなんて、無理だと思ってた。
でも、今はちょっとだけ、思ってる。
「できるかもしれない」って。
ヒカリの瞳が、画面の中でこちらを向いた気がした。
その光は、どこまでも眩しくて――。
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夜の帰り道、ナナと並んで歩きながら、ユウトがふとつぶやく。
「……プロデューサーって、けっこう大変そうだな」
ナナが笑って、「でも、楽しいでしょ?」
ユウトはちょっとだけ照れたように頷く。
第1話『プロデューサーなんて無理だと思ってた』(完)