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08.目撃証言(嘘)

 疲れて動きが悪くなってきた翼を必死に動かし、静かに湖面に脚をひたす。少しずつ飛ぶ力をゆるめ、身体が半分まで水に浸かったら、レガルスは翼の動きを完全に止めた。

 途端に身体が落ちて沈むが、ほとんど音はしない。うまく水に入れた。

 竜の身体でも、湖底に脚が着かない。今更だが、竜の身体で泳げなかったらどうしよう、と不安になった。人間の時なら、泳ぎは得意なのだが。

 しかし、どうにか泳くことはできるようで、溺れることはなかった。この辺りはこんなに深かったんだ、と自分の仕事場に対する発見に驚きつつ、レガルスは水を蹴って湖面へ向かう。

 どうやら水中での呼吸は無理なようなので、ぎりぎり脚が湖底に着く辺りまで泳ぐと、水の外に鼻を出した。思った通りに息ができる。

 この顔の形状でよかった、と一瞬思ったが、よく考えればこんな姿にされなければ、今のような危険な状態になることもなかったのだ。

 魔女の力だか何だか知らないけど、いつまでこんな状態が続くんだよ。

 腹が立って鼻息が荒くなるが、水が大きく揺れることで見付かっては大変だ。気持ちを何とか落ち着かせる。

 ハンターも、陸上をうろうろしていた竜が水の中へ逃げた、とは思わないだろう。

 幸い、レガルスの身体は銀色。湖面に光る満月と相まって、ハンターの目から隠れられる。

 今は逃げられたけど、きっとまた来るだろうなぁ、あの人達。普段、周囲をうろつかれるのは構わないけど、満月の日だけは困る。次は向こうだって、何か手を考えて来るだろうしなぁ。……あ、そうだ。俺が目撃者になればいいんだ。

 レガルスはそのまま見付かることもなく、やっと朝を迎えた。

 ふっと身体から何か抜けるような感覚を受け、次の瞬間には湖底に着いていたはずの脚先に何も感じなくなり、水の中へ沈む。人間に戻ったのだ。

 慌てて浮かび、それから岸へと泳ぐ。秋の湖は水が冷たいが、ぜいたくは言わない。生きていられるだけで、十分だ。

 レガルスが湖からようやく出たところへ、一晩中森の中で竜を探し回っていたらしいハンター達が現れた。

「きみ、どうしたんだ。ずぶぬれじゃないか」

 レガルスの姿を見て、あのリーダー格のおじさんが声をかける。

「あ……あの、朝の漁に出たら、舟に穴があいていて」

「大丈夫なのか」

「はい、泳ぎは得意なので。おじさん達は?」

 知っているくせに、レガルスはそう尋ねる。

 こんな朝早い時間に彼らが何をしていたのかを今ここで尋ねなければ、かえって怪しまれるだろう。

 あくまでも「何も知らない一般人」でいなければ。

「この辺りで竜を見掛けてね。森の中へ逃げたので追ったんだが、逃げられてしまった。今までずっと探していたんだが……」

「ああ、それなら見ましたよ」

「何だって?」

 レガルスの言葉に、大人達が強く反応する。

「南の方へ飛んで行きました。銀色の竜、ですよね?」

「ああ、そうだ。……南へ飛んで行ったのか」

 本当はここにいるんだけど。

 ハンター達が見たとおりの竜が飛んで行った、とレガルスが証言すれば、彼らはそちらへ向かうだろう。

 それがレガルスの読みだ。

 方角なんてどうでもいい。とにかく、竜はここにいない、よそへ行ってしまった、ということを伝えられればいいのだ。

 レガルスが彼らに嘘をつく必要はないので、ハンター達はその言葉を信じるはず。そして、彼らがここから離れてくれれば、レガルスは安全になる。

「わかった。ありがとう。きみも早く着替えるんだよ」

「はい」

 人間に対しては優しい言葉をかけてくれるが、竜には剣を向ける気でいる人達なのだ。

 彼らの両面を知るレガルスは、少し複雑な気分になる。

「行くぞ」

 レガルスに教えられた方向へ、ハンター達はいるはずのない竜を追って行った。

☆☆☆

 その後、ハンター達はレガルスの前に現れなかった。飛んで行ったはずの竜を、南のどこかで探し回っているのだろう。

 嘘をついたことは申し訳ないと思うが、レガルスとしても自分の命がかかっている。何も悪いことをしてないのに、殺されてはたまらない。

 竜に興味を持った人間が、未だに森や湖の周辺をうろついているのをちらほら見る。だが、彼らは竜を見付けたところで、どうこうしようとはしないだろう。その姿が見られればいいのだ。

 あのハンター達に報告するかも、と考えたりもするが、言い出したらキリがないので放っておくことにする。レガルスには、これ以上どうしようもないから。

 一ヶ月足らずに一度とは言え、竜の姿になってしまうこの状況を、レガルスは早く打破したい。何度も「殺されるかも知れない」と思いながら過ごすのは、誰だっていやなもの。

 だが、やはり先立つものがなければ、動きようがなかった。今はとにかく、旅費と魔法使いへの依頼料を稼ぐしかない。

 だが、お金なんてそう簡単に貯まるものではないのだ。どうがんばっても、レガルスの収入は知れている。

 普段の生活費も必要だし、ひと月以上経っても考えている旅費の半分にも満たない。

 やっぱり、街へ出た方がいいかな。そろそろ月が満ちてきてるから、次の満月が過ぎたら本気で考えよう。冬の夜を外で過ごすなんて、やっぱりいやだもんな。せめて人間と同じくらいの大きさなら、小屋に隠れて過ごせるのに。

 身体の大きさで困っているのに、魔女から「小さい」と言われたことを思い出した。それを考えると、また腹が立つ。

 何が「小さい」だよ、ったく。

 暦は、もう十一月だ。

 日によっては、本当に寒く感じることがある。竜の身体で冬の夜を過ごし、風邪をひいて仕事ができなくなる、なんて勘弁してもらいたい。ますます稼ぎが減ってしまうではないか。

 そうこうするうちに、また満月の日が来た。

 レガルスはその日の仕事を少し早めに切り上げ、湖のそばにたき火の用意をする。火種が尽きないよう、少し多めに薪を近くに置いた。

 人間の指のようにはいかなくても、薪を掴んで……いや、手が大きいからつまんで、火の中へ放り入れるくらいはできるだろう。

 竜って火を噴くんだっけ? あれは絵本の中だけのことかな。俺にもできたら、それでたき火が始められるんだけど。これまで試したことがないから、できなかった時のために火は点けておいた方がいいかな。寒かったら、飛ぶ練習と称して身体を動かせば何とかなるだろう。……うー、どうしてこんな余計なことを考えなきゃならないんだよ、もうっ。

 そんなことを考えているうちに、時間がせまってきた。声を出してしまうと、またあのハンター達のような人間が来てしまう。

 レガルスは先月のように布を口に詰め、今回は声が出そうになったら湖の中へ顔を突っ込むことにした。声がもれたとしても、水の中なら響いてしまうのを多少なりとも抑えられる、と考えたのだ。

 声が聞こえなければ、また竜が現れたのでは、と人が集まって来ることはない。声が出てしまうのは一呼吸分くらいの時間だし、水に顔を入れても溺れるようなことはないから、この方法ならうまくいくだろう。……いってほしい。

 そろそろ火を点けておこうかな。すぐ消えてしまわない程度には燃やしておかないと。

「こんばんは」

 火を起こそうとしたレガルスの後ろから、誰かが声をかけてきた。驚いて肩がびくっと震えてしまう。

 直後、慌ててレガルスは振り返った。

「ああ、ごめんよ。驚かせちゃったかな」

 またハンターが来たのかと思ったが、そこにいたのは若い男性だった。二十代前半といったところだろう。

 この前来たハンターはみんなおじさんで、こんな若い人はいなかった。もちろん、別口のハンターかも知れないが、そんな感じには見えない。

 レガルスとよく似た青みがかった銀色の髪は真っ直ぐで、腰辺りまである。もうずいぶん薄暗くなったので見えにくいが、瞳もレガルスと似た濃い青だ。

 もっとも、容姿は全然違う。こんなきれいな顔立ちの人間がいるのか、と男のレガルスが心の中で驚く程に美形だ。ネアトーンの街でも、こんな「美しい」と形容できる男性には会ったことがない。

 背はレガルスより少し高く、視線を真っ直ぐ向けると相手のあごの辺り。細身ではあるが、体付きはしっかりしている。

 着ているシャツは絹、だろうか。正直な話、レガルスは絹という布が存在していることはかろうじて知っているが、本物を見たことがなかった。だから、彼のシャツが本当に絹なのかはわからない。

 それでも、見た感じからしてさらさらそうだし、絶対手触りがいい布だ。一般庶民よりは財産のある人が、普段着として着る服に間違いない。レガルスには一生縁がない生地の服だ。

 そんなシャツ一枚という薄着のようだが、寒くないのだろうか。秋と言うよりは、もう冬に近い季節なのに。

 こういう服を着て出歩いているからには、通りすがりの旅人ではない。

 お金持ちの人達が何をするかなんてレガルスは知らないが、少なくとも馬車などは近くにないようだ。なので、気まぐれに馬車に乗って遠出している、というのとは少し違うと思われた。

 気まぐれの旅や遠出だとしても、なぜこんな時間にこの湖へやって来たのだろう。それに、レガルスに声をかけた理由は。たまたま見掛けたから、か。

 いや、そんなことはどうでもいい。もうそろそろ竜になってしまう時間だ。このまま彼がここにいたら、目の前で姿が変わるところを見せてしまうことになる。

 驚いて逃げ帰るくらいならいい。彼が街などでこのことを話し、あのハンター達みたいな人間が次々に来たら大変だ。

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