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06.旅人とハンター

 朝日に顔を照らされ、レガルスは目を覚ます。

 時間が来たからか、太陽のおかげか。今回も無事に、人間の姿へ戻っていた。

 これまでがそうだったから、今回も大丈夫だろう。

 期待を込めてそう思うものの、もしかして……という不安も少し残るので、自分の手が人間に戻っているのを見ると、心底ほっとする。

 竜になって人間に戻っても、服は無事だな。服ごと変化してるってことか。竜になっている間、服はどの部分になってるんだろう。……考えてもわからないよな。

 とにかく、戻った時に裸にならないのは、不幸中の幸いってところだ。だとしたら、冬は少し着込んでおけば、竜になっても寒さがましになるかも。

 あれこれ考えながらレガルスは自分の小屋へ戻って朝ご飯を食べ、仕事をするべく湖へ舟を出す準備を始めた。

「あ、きみ」

 呼びかけられ、レガルスは振り返った。

 そこには、見掛けない数人の大人がいる。街の人、だろうか。しかし、長短の剣を腰に差していたり、一人は弓を持っている。

 え、何? 朝から盗賊が来た?

 とても普通の仕事に使うとは思えない刃物を持った大人達に、レガルスは血の気が引く。

 大人は五人いて、全員男性。三十代から五十代くらいのようで、みんな妙にいかつい。

「な、何ですか。俺、お金なんて持ってませんけど」

 レガルスの言葉に、大人達はきょとんとする。

「何か誤解をしているようだが、我々は盗賊や何かじゃない。安心してくれ」

「はぁ……」

 長身の男性がそう言った。見た感じでは最年長らしいので、彼がリーダーだろうか。

 白いものが混じった黒髪を後ろできつめに束ね、黒い瞳は鋭い。あごの右側には、何か獣と戦った時にできたのか、傷跡がある。その部分だけ、他の部分の肌と色が違った。

 そんな姿のせいか、高圧的な態度でもないのに、向かい合っていると少し怖い。他の四人も、歳や容姿は違えど、似たような鋭い目つきだ。

 盗賊ではない、と言うが、猟師とも思えなかった。

 そう言ってこちらを安心させて……ということもありえるが、わざわざ油断させなくても五対一なのだから、彼らが遠慮することはないだろう。

 とりあえず、いきなり剣を抜いて斬りかかる、ということはされない……はず。するつもりなら、とっくにされているだろうから。

「昨夜、この辺りを通りかかった旅人が竜を見た、と言って来てね」

「は?」

 相手の言葉に、レガルスは固まった。

「きみがここでこうして無事に生きているということは、その竜が襲って来たという訳ではなさそうだが。昨夜は何もなかったか?」

 レガルスは慌てて、何度も首を振った。

 襲う訳がない。その竜はレガルス自身なのだから。

 しかし、いつの間に見られていたのだろう。旅人? あんな時間に、こんな田舎を通りかからないでもらいたいものだ。

 まぁ、旅人にも都合はあるだろうが、よりによってレガルスが竜になってしまう日にこの近くを通るなんて、タイミングが悪すぎる。

 今までレガルスは、竜になるのはいつか、どうすればならなくなるか、魔法使いに頼むのならどうすればいいか、などといったことばかりを考えていた。

 だが、ここから少々離れているとは言っても村があり、街がある。そこへ行くための道も、雑な整備ではあるが、存在している。

 そこを通る人があるのは当然なのに、今までそういった人達の存在を全く考えもしなかった。

 竜の姿を見たという旅人が街へ行き、そこで役人だか魔物退治屋だかに話したのだろう。で、この大人達はここへ来た。

 剣や弓を持っているということは、竜を殺すつもりでいるのかも知れない。

 自分が殺されるかも知れない、と考えて青ざめたレガルスを、相手は「竜の存在を知らされて恐怖にかられた」と思ったようだ。

「竜はここで湖を見ていた、ということだったから、人間を喰うためにここへ来たのではないだろう。そうでなければ、人間の家を壊すくらいは簡単にできるし、いくらでも襲えるからね」

 安心させようとしているのか、怖がらせたいのかわからない。

「あ、あの……その旅人の見間違いとかじゃ。俺、この近くに住んでますけど、そういうのって見たことがないし。湖に月が映ると水面がとても明るくなるから、その光と森の木の影なんかで、そんな風に見えたのかも知れないです」

 レガルスは見間違い説を唱えてみる。

 実際、暗い中で見える光と影のコントラストは、幻想的で美しい。この説に、そう無理はないはずだ。

「確かに、我々もそういったことがありえる、とは考えている。ただ、ネアトーンの街に、この森の付近から大きな獣の吠える声を聞いたことがある、と言う者がいるんだ。山犬などではない、何かもっと大きな獣の声だと」

 うわぁ、どれだけの範囲で響いてるんだろう。街まではそれなりに離れているのに。

 人に声を聞かれるのでは、と思ったことはあるが、まさか街まで声が届いているとは思わなかった。自分が思う以上に大きい声なのか、竜の声はよく通るのか。

 竜になる時、身体がすっごく熱くなるからどうしても声が出るんだよなぁ。やっぱり、聞いている人がいたんだ。よく今まで誰も確認しようとしなかったな。夜だから、危ないと思って来なかった、とか。

 普段は顔を合わすこともほとんどないが、レガルス以外にも湖の対岸などで漁をする人はいる。村や街よりずっと近いから、絶対に聞こえているはずだ。

 ネアトーンの街にまで聞こえているくらいだから、もしかしなくても相当警戒しているだろう。

「俺はそういうのはよくわからないけど……」

 竜について見聞きした可能性が一番高いのは、普段いる場所から考えても湖で仕事をする人間だ。彼らも、レガルスからの情報を期待しているだろう。

 しかし、この人達に本当のことを言うのは、何となく危険な気がする。竜が人間に化けているのか、などと因縁(?)をつけられたりしそうだ。

 実際は人間が竜にされた状態なのだが、彼らはそんな話など信じないだろう。魔女の話をしたところで「どこの魔女だ」なんて聞かれても、答えられない。

 結局、自分の都合のいいように作り話をしている、と思われそうだ。

 なので、レガルスは何も知らない、ということを突き通すことにした。

「おじさん達は……何をする人ですか」

「我々はハンターだ。魔物退治屋とも呼ばれる」

 やっぱりそういう職業かーっ。

 間違って「実は……」なんて言わなくてよかった、とつくづく自分の警戒心をほめる。

「竜がいたら……殺すんですか」

「そうなるだろうな」

 あっさり言われた。

 最初に見た時よりも、彼らの持つ剣が大きく思えてくる。

 レガルスが最年長のおじさんと話をしている間も、他の大人達は周囲に鋭い視線を向けていた。何か手掛かりがないか、探しているのだろう。

「もっとも、竜なんてそうそう見掛けられるものではないんだ。なので、今回の話も半信半疑ではある。ただ、声を聞いた人は複数いるのでね。竜ではなくても、それに近い巨大な獣ということもある。しばらくはこの辺りを探すことになると思うから、きみも何か見掛けたら知らせてくれ」

「わかりました」

 絶対言わないけど。

 本当はお前じゃないのか、と言われなくてほっとする。竜が人間に化けている、という考えが彼らに浮かばなくて助かった。

 ハンター達は、ミーデュの森の中へと消える。絶対何も見付からない、とレガルスは知っているが、それを教える訳にはいかない。

 この話が広がったのか。

 今度はその日の昼過ぎくらいから、怖い物知らずの好奇心旺盛な人間の姿が、森や湖のそばでちらほら見掛けられるようになった。

 うー、頼むよ。早く帰ってくれ。

 竜になったばかりだから、今までのペースが乱れなければ当分は大丈夫だ。しかし、何かのきっかけでいきなりなったりするかも知れない。

 もしくは、次の満月まで竜を根気よく探し回る人間に見付かる、ということも。

 だが、湖も森もレガルスの所有物ではない。勝手に入らないでくれ、と追い返すことはできないのだ。

 レガルスにできるのは、早くみんなが飽きて帰ってくれるように祈ることだけ。

 レガルスが竜にならなければ、当然カロ湖周辺に竜は現れない。もちろん、叫び声も聞こえることはなく。

 しばらくは「竜を見てみたい」と思う人達が入れ替わり立ち替わりで周辺をうろついていたが、半月も過ぎる頃にはその姿を見ることもなくなった。

 あのハンター達も最初に現れて以来、一度も顔を見ていない。森の中を探し、いなかったので引き上げたのだろうか。そうであってほしい。

 レガルスはひたすら、そう祈るしかなかった。

☆☆☆

 レガルスはいつものように、ネアトーンの街へ魚を売りに行った。

 この周辺には海がない。手に入るのは、干した魚ばかり。なので、新鮮な魚がほしいとなれば、湖か川からだ。

 レガルス以外にも魚を売りに来る人間はいるが、そんなに多くはない。おかげで、街へ来れば完売するものの、一人で運ぶ量には限りがある。

 この辺りが、なかなか稼ぎが増えない要因だ。

「あんた、カロ湖の近くに住んでるんだろ?」

 この日も魚を売りさばき、帰る準備をしていたレガルスは、客の一人であるおばさんに声をかけられた。

「はい、そうですけど……何か?」

「最近、あの辺りで大きな獣の声がするそうじゃないか。大丈夫かい?」

「え、獣……ですか」

 相手の言葉に、レガルスはどきりとする。たぶん……いや、間違いなく竜の声のことだ。

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