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05.稼がなくては

 内容も腹が立つが、とにかくバレモザの言葉遣いが悪い。

 それに、レガルスは呪いなんて一言も口にしていないのに。魔女が人間に対してすることは、呪いだけなのか。

 粒を飲まされてこうなったのだから、少なくともレガルスのケースは呪いではない。

「だいたい、お前から魔法の気配のかけらもねぇわ。夢でも見たんだろ」

「夢なんかじゃないっ」

 そこまで言われてがまんできず、レガルスは言い返した。

「魔女が現れたのが、六月。今は八月。この間に、三回も竜の身体になったんだ。夢で済ませられる話じゃない」

「世の中には、同じ夢を何度も見る奴がいるそうだ」

 レガルスが訴えても、バレモザは取り付く島もない。

「一ヶ月に一度竜になるってんなら、九月に入って竜になったらまた来い。そうしたら、ちゃんと話を聞いてやるよ。まぁ、今日はいい退屈しのぎになった」

 それはつまり、帰れ、と言っているのだろうか。

「竜になったらって、あの姿で街へ来られるはずないだろ。大騒ぎになるじゃないか」

「朝になって戻るってんなら、騒ぎもすぐにおさまるさ」

 あ、ダメだ、このおっさん。魔女はこうするもの、それに当てはまらないものは魔女の仕業じゃない。そう決めつけてるんだ。

 レガルスはバレモザと話していて、ひどく落胆した。

 魔法使いとして、何がどういう状況にあるのか、ということを調べようともしない。そもそも、レガルスの話を全然信じていないのだ。

 おばさんがレガルスに話していた「大した腕じゃない」というのも、こういう点にあるのだろう。

 自分の知らないこと、できそうにないことは対処する気がない。もしくは、信じない。

 三回も竜になった、と言っているのに夢で済ませようとする辺り、面倒なことはやろうとしないタイプだ。

 もう少し真剣に話を聞いてもらいたかったが……このまま現状を訴えたところで、この魔法使いが動いてくれることはないだろう。

「わかった。また夢を見たら、報告に来るよっ」

 レガルスはそう言って、足早に魔法使いの家を出た。

「おい、相談料は」

 後ろから、バレモザの声が追って来る。

 振り返ったが、その姿はない。自分の足を使って追って来る気は、バレモザにはないようだ。どこまで横着者なのだろう。

「いい退屈しのぎになったんだろ。そんな楽しい話を聞かせてもらっておいて、金を要求するなんて強欲すぎだ」

 おばさんの「逃げた方がいいわよ」という言葉を思い出す。

 バレモザが家の中から現れて本当に相談料を請求してこないうちに、レガルスはその場から逃げた。

☆☆☆

 他の魔法使いを紹介してもらえばよかった。

 帰り道、レガルスはそんなことを思ったが、すぐに首を振る。

 今更あんな魔法使いの所へ戻り「別の魔法使いを紹介してくれ」なんて頼みたくない。あんなあからさまに話を否定するような魔法使いに、助けてやった、と思わせたくなかった。

 それに、あれではきっと紹介できる魔法使いの知り合いなどいないだろう。仮にいたとしても、似たようなタイプだ。きっと紹介料をふんだくられるだけ。

 ネアトーンの街には、他に魔法使いはいないんだろうなぁ。

 もしいるのなら、魔法使いの存在を尋ねた時に「こことここにいる」という情報が得られるはず。そういった話は全く出なかったから、ネアトーンの街にいるのはバレモザだけなのだ。

 夢、か。本当に夢だったら、どんなにいいか。

 レガルスは深いため息をつき、今日の収穫のなさに落ち込んだ。

 後日、魚を売りに街へ行った時、どこへ行けば魔法使いに会えるかを街の人達に聞いてみた。

「ここはどちらかと言えば、辺境の街だからねえ。国の中央付近の街へ行けば、数人はいると思うけど」

 湖から東へ歩いて半時間の村か、西へ一時間のこの街しか知らないレガルス。今回のことで、自分の住む場所が国の端にあたる、ということを知った。

 田舎だとは思ってたけど、本当にド田舎だったんだな、この辺りって。

 魔法使いがいるであろう街へは、徒歩なら十日前後はかかるらしい。馬を買うか借りるかして向かうにしても、やはり数日はかかる。

 その道中、当然食料が必要だ。しかも、往復分。馬を使うとすれば、移動日数は減っても代わりに馬のエサ代がいる。

 夜は野宿するにしても、どうしたってそれなりのお金が必要になるのだ。

 レガルスは、自分が食べて行く分だけで精一杯の収入しかない。馬なんてとても手に入れられないし、歩くにしても半月以上の食料もしくは食費を持って出掛けなければならないのだ。

 そして、バレモザの所へ行く前にも悩んでいた、魔法使いへの謝礼と言おうか、依頼料。

 バレモザには結局何もしてもらってないので払っていないが「竜にならないようにしてほしい」と言えば、料金を請求されるだろう。

 魔法使いだって自分の技術を提供することで生活しているのだ、無償ではしてくれない。しかも、それがどれくらいの金額になるのか、レガルスには予想もできなかった。

 話をする前にバレモザから料金がどれくらいのものになるのか、ある程度聞いておけばよかった、と反省。

 彼の場合は、ちょうどいい金づるが来た、とばかりにぼったくるかも知れないが。

 あれこれ考えて、レガルスはがっくりと肩を落とした。

 ……ダメだ。ある程度のお金が貯まるまで、どうがんばっても軽く数ヶ月はかかる。魔法使いに払う分は待ってもらうように頼めたとしても、旅費はそうもいかないし。

 その間にあの粒の効果がなくなってくれればいいが……こういう期待をする時に限って裏切られるもの。旅費が貯まるまで、当分はこのままでいるしかない。

 ここで細々と魚を捕っているより、やはり街へ出て働き口を探した方が稼げるのでは。

 そんな考えもよぎったが、少し怖い気もする。

 街へ出るのが怖いのではなく、ずっと今と同じ状態でいられる保証がない、という点が怖いのだ。

 今は、およそ一ヶ月に一度。レガルスの考察だと、満月の夜から次の朝まで竜になる。

 それが、環境を変えることで何かしらの問題が生じ、突然あんな状態になってしまう、ということも。そうなったら大騒ぎだ。

 バレモザが言ったように、朝になって人間に戻ったら騒ぎがおさまって……くれればいいが、竜から人間に戻る所を見られたら、それはそれで騒ぎになりそうな気がする。いや、絶対になる。

 とにかく、竜にならなくなる日が来るかどうか、それを待ちながらお金を貯めてゆく。

 今のレガルスには、それしかできない。やるしかないのだ。

 もし竜にならなくなれば、それまでに貯めたお金で少しは生活が楽になるだろう。まだ竜になってしまうようなら、その時はそのお金で別の街へ向かう。

 レガルスは覚悟を決め、今できることをひたすらやった。

 そうして九月になり……満月の夜に、レガルスはまた竜になってしまう。

 身体が熱くなりながらも、とっさに見た時計は六時。陽の長さが少しずつ違うが、空の色から推測するに、今までもきっとそうだったのだろう。

 やっぱり、満月の夜ってところは当たってたな。朝日に当たったら元に戻るけど、その前に月光に当たらなければ戻るってことは……。

 ふとそんなことを思い付き、レガルスは森の中へ姿を隠した。木々のおかげで月光が遮られる。だが、竜になった身体が元に戻ることはない。

 ちぇ、意味がなかったか。考えてみれば、最初に竜になった時、まだ満月は見えてなかったような気もするし。ってことは、月光のせいじゃないのか。朝になって戻るのも、太陽の光を浴びたからじゃなく、単に戻る時間になったからってことかな。

 四回目ともなると、先月以上にレガルスも落ち着いたもの。……いや、騒いでも仕方がない、とあきらめるしかないのだ。竜になることで、心の中はざわざわしている。

 先月気付いた背中の翼は、今夜もちゃんと現れていた。自分の意思でしっかり動く。

 いっそのこと、この状態を楽しんでやるか。

 どうにもならないなら、とレガルスは開き直ることにした。

 翼を動かせば、身体がわずかに浮く。がんばって動かせば、もっとしっかり浮いたり、自由に飛べるようになるかも知れない。

 そう思ったレガルスは、一生懸命に翼を動かした。先月の時よりも高く浮き、さらにがんばって動かしているうちに、身体全体が森の木の少し上まで浮くようになる。

 だが、浮くだけ。移動できないなら、これは滞空だ。飛ぶ、と言えるところまでにはならない。

 高さもこれでは大したものではないし、その場から別の場所へ向かえなければ、翼の意味がないというもの。

 あー、疲れた。普段動かさない部分……って言うか、本来の自分にない部分を動かすのって、結構きついものなんだな。湖で魚の入った網を引っ張り上げる時より、倍くらい疲れた気がする。

 ふらふらと浮いているうちに、少しずつ場所が動いたようだ。気が付けば、森の外にいる。先月と同じように、湖面に満月が映っているのが見えた。

 疲れたので地上へ下りると、レガルスは湖の方へと近付き、(みぎわ)から少し離れた所で足を投げ出すようにして座る。

 今夜はまたここで夜明かし、かぁ。

 気持ちとしてはベッドで眠りたいが、この姿では大きすぎて小屋の中へ入れない。旅費がたまるまで、竜になる日は外で休まなければならない、ということになる。

 今はまだ夏の暑さが残っているが、これからは気温が下がる一方の季節。風邪をひくことがないように考えなければ。

 言葉は出なくなるけど、それ以外のことは何とかできそうかな。いつものように、とはいかないけど、寒くなる季節にはたき火を用意しておくとかすれば。この身体に巻き付けられるだけの毛布なんてないから、火の暖かさだけが頼りだな。

 そんなことを考えながら、レガルスはうとうととなってきた。

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