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02.竜の身体

 竜の顔は全体的に面長で、鼻面が少し前へ伸びていた。それにともなって、口も同じように前へ突き出ている。その口からは、閉じていても上下に数本の牙が覗いていた。

 目の色は変わらず青いが、本来の自分の目より妙につり上がっているように思える。うろこに覆われているので、眉毛はない。この顔に眉毛があったら、むしろ滑稽に見えるだろうが……。

 音はちゃんと聞こえるが、耳そのものは見えない。頭か顔のどこかに、それ相応の穴があるのだろうか。

 こめかみより少し上の辺りから、いくつか枝分かれした太い角が左右に生えていた。ずいぶん太くて、立派な角だ。

 もちろん、竜になったのは顔だけではない。

 腕を前に伸ばせば、筋骨隆々なのがうろこの上からでも見て取れる。元々、魚の入った網を引き上げるという力仕事をしているので筋肉はついているが、今の腕とは比較にならない太さだ。

 指は短く太くなり、爪は凶器になりそうなくらいに鋭く尖っている。厚くて、見ただけでも「すっごく固いんだろうな」と思われた。やや湾曲していて、肉食獣の爪っぽい。

 足は、真っ直ぐに伸びないようだ。骨格的に、人間のように根元からつま先までピンと一直線にならない。太ももがとても太いのでわかりにくいが、どうしても膝から下がわずかに曲がってしまっているようだ。

 心なしか、身体に対して少し短くなったような。曲がっているから、そう思うのだろうか。その足の指にも、鋭い爪が伸びている。

 人間で言えばしゃがんでいる時のような体勢が、この身体の基本形らしい。歩こうとすると、手は地面に付かないものの、少し前のめりな体勢になる。

 振り返れば、太いしっぽまであった。

 先へ向かうにしたがって細くなる、かなり大雑把に言えばとても細長い三角形のしっぽは、やはり銀のうろこに覆われている。

 今は後ろにだらりと伸びているが、意識すると動かせた。自分の身体の一部に間違いない。そのまま持ち上げると、先端は首の辺りまでくる長さだ。

 竜って、二足歩行なのか。でも、人間みたいに背筋がしっかり伸びないんだな。このしっぽでバランスを取るのか? 座ってる時の足って、線だけで見るなら犬やねこみたいな脚の形になってる。

 あんまりな状況に、理性が吹っ飛んだのか。レガルスは自分の身体を観察して、そんなことをぼんやりと考えた。

 いや、そんなこと考えてる場合じゃないだろっ。どういうことだよ、これっ。

 再び我に返ったものの、何も解決しない。

 やっぱり、あの女の子は魔女だったってことなのか? あの子にされたんだよな、これ? うん、それ以外にない。人間にこんなこと、できるはずないんだから。

 あ、魔法使いならできるかも知れないけど……あの目は人間離れしてたし。

 ってか、何が目的でこんなことしたんだよ。俺、あの子からこんな目に遭わされるようなひどいこと、何かした? 絶対、今日が初対面のはずなんだけど。

 これ、どう見たって竜、だよな? 人間を竜にして、そのまま放っておくって何なんだ。それに……あの時、何て言った? 俺の姿を見て「小さい」って言ったよな。小さいって何だよっ、小さいってっ。

 明確に大きさを比較できるものが近くにはなく、せいぜい湖の周囲に立ち並ぶ木くらいだ。

 今のレガルスが普通に立っている状態で見えている木の高さから推測するに、自分が住む小さな小屋を二つ縦に積んでも頭が少し出るくらい……だろうか。

 人間がいきなり二階建ての家より大きくなったのに「小さい」なんて、どういった感覚なのだ。

 間違いなく、牛や馬より大きい。身体全体も太い。熊なんて、今のレガルスから見ればほとんど子犬レベルだ。

 それを、よりによって「小さい」なんて言われた。あの時の少女の顔は、不満と言おうか期待外れと言おうか。

 よくわからない粒を飲ませ、レガルスの身体をこんなにしたのは間違いなく彼女だ。もっと大きい身体がよければ、そうなるようにすればいいのに。……いや、本当にされたくはないが。

 とにかく。この身体のサイズを、まるで「レガルスの責任」みたいな顔をされた。

 こんな身体にされたことにも腹が立つし、その理由もわからない。さらには、その結果に不満そうな顔をされた。

 文句を言いたいのは、こちらだ。自分の思うような結果ではないのなら、元に戻してから立ち去れ、と言いたい。

 走り去ったのならともかく、いきなり消えてしまったので追いかけることもできなかった。

 ……走り去ったとしても、レガルスに追いかけられたかどうかは微妙なところではあるが。

 こういうことをする悪い魔法使いだとか魔女なら、こういう時は「お前がこういうことをしたから、こうしてやる」とか「元に戻りたければ、こうしろ」なんてことを言うものじゃないのか? それがこちらにとってどんな理不尽な理由であっても「相手がこういう考えだから、こんなことをされた」ってわかるのに。何も言わずに放っておかれて、俺はどうしたらいいんだよ。

 レガルスはしばらくあの少女に対しての怒りに震えていたが、ふと別の震えがくる。

 もし、このまま元に戻れなかったら。

 少女の様子から考えても、たぶん彼女がここへ戻って来ることはない、と思われる。あんな顔をして、やっぱりこの大きさでもいい、なんて言わないだろう。

 レガルスはこれまで、魔法なんてものには一切関わったことがない。当然、自力では戻れないが……このままでいて、自然に戻るものなのだろうか。

 竜って、何を食べるんだ? いや……今重要なのは、そこじゃない。このままだと、他の人がここへ来た時に、どうしたらいいんだ。

 逃げる? たぶん、この姿を見たら、相手の方が先に逃げそうだな。でも、俺自身も人間の生活はできなくなる訳で、ここにいたらまずいかも。

 あ、魔女( たぶん )にこんな姿にされたって説明したら、誰かわかる人が元に戻して……竜の話なんて聞いてもらえるかな。場合によっては、竜って退治されたりするって聞いたことがあるし。

 え、そうなったら、俺も殺されるかも知れないってこと?

 姿だけでなく、生死にまで問題が及んできた。

 どうしてこんなことになったんだよぉっ。

 レガルスは泣きわめいた……つもりだったが、口から出たのは獣の咆吼だけだった。

 うそだろ。俺、人間の姿だけでなく、言葉まで失ったのかよ。

☆☆☆

 泣き疲れて眠る……なんて、何年ぶりだろう。

 朝日に照らされ、レガルスはゆっくり目を開けた。

 昨夜はなぜこんなことになったのか、これからどうしたらいいのか、あれこれ悩み、感情的になって叫び、頭が混乱して泣き……疲れていつの間にか眠ったらしい。

 レガルスは幼い時から両親はすでになく、祖父と暮らしていた。祖父がこの湖で漁をしていたから、レガルスも当たり前のようにやるようになったのだ。

 その祖父も二ヶ月前に他界し、一人になった時はさすがに淋しくて泣いた。

 あの時とは状況が全く違うが、感情が高ぶって涙が止まらず、止める気にもなれず。

 そうしているうち、疲れて眠ってしまったようだ。

 カロ湖はミーデュの森に囲まれてるし……これからは森で隠れ暮らすしかないのかな。今まで森全体をじっくり歩き回った訳じゃないけど、たぶん広いはず。竜の一頭くらい、隠れ棲むのは何とかなる、よな。木の高さとあまり変わらない身長になってるけど、少しかがんで移動すれば。

 こんな姿になり、戻る方法もわからない。あがこうにもあがけず。この姿を人に見られたら大騒ぎになるのは間違いないし、人目をさけるしかない。

「……ん?」

 何気なく目をこすり、レガルスの動きが止まった。

 こすっていた目をゆっくりと開き、目をこすっていた手を見る。

 そこにあるのは……人間の指。見慣れた自分の手だ。

「え? え? 戻ってる? 俺、人間に戻った? あ、言葉が出てる」

 大きな独り言を口にしつつ、自分の身体を確かめる。

 長くもないが短くもない指には、普通の爪。少し灼けた肌で、銀のうろこはない。頭を触れば髪があり、竜の時にはなくなっていた服もちゃんと着ている。

 昨夜は身体のあまりな変化に気を取られていたが、服は昨日着ていたもの。竜になった時に破れた訳ではないようだ。

 足下を見れば、ちゃんと靴を履いているし、その足を伸ばせば真っ直ぐ伸びる。

 レガルスは湖へ駆け寄り、水面に自分の姿を映してみた。

「戻ってる……」

 そこに映っているのは、十六年付き合ってきて見慣れた自分の顔だ。レガルスが頬に手を当てれば、水面の少年も頬に手を当てる。

 銀のうろこの竜は、どこにもいない。

「夢……だったのかな」

 とんでもない悪夢を見ていた気がする。

 だが、今目覚めた場所は、自分が寝起きしている小屋の中ではない。いくら疲れていたとしても、湖のそばで寝てしまうとは思えなかった。

「あ……やっぱり現実、だ」

 証拠を見付け、ぞっとする。

 レガルスが顔を水面に映した場所は、昨夜とほぼ同じ場所だった。湖の(みぎわ)の砂浜には自分の足跡があり……巨大な何かの足跡も一緒に残っている。記憶に残っている爪の形まで、くっきりと。

 竜にされたレガルスが自分の姿を見るため、移動した分だけ足跡がちゃんとあった。

 彼は間違いなく、竜にされていたのだ。

「でも、今は人間だよな。指……うん、動く。足……ちゃんと真っ直ぐに伸びる。しっぽはなし。腕にうろこもない」

 一つずつ確認し、レガルスは自分の身体がちゃんと人間に戻っているとわかると、力が抜ける。その場に座り込み、長いため息をついた。

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