「打ち首は一度は見たほうがいいですよ。――
「打ち首は一度は見たほうがいいですよ。それも朱央の手下ならなおさらです」
自動車に揺られながら、楊が熱を込めて言った。
「朱央の手下は嘘や冗談で賊になるような連中とは違います。筋金入りの悪党ですよ。なんでも仲間になるには最低五人は殺していないといけません。やつらのなかでは、丸腰の男を背中から撃ち殺せば、卑怯とは思われず、情け容赦なく引き金を引ける男として称えられます。軍服を着ないと悪さができないような意気地なしとは大違いです。朱央の手下は首を切られる前に髪をつるつるにして剃ります。何でかというと、首切り役人の助手たちが罪人の髪をつかんで押さえるんですが、そうしないと震えて、切りにくいんですよ。でも、朱央の手下たちは違います。そんな必要はありません。震えたりしませんからね。髪なんてつかまなくても、チョン!と一撃です」
「きみの話をきいていると、人間は打ち首にされるのが最も素晴らしい死に方のように思えてきますね」
「もちろん善人は子どもたちと孫たちに見守られながら、お気に入りの香を焚いた部屋で羽毛にくるまれて死ぬのがいいと思いますよ。ですが、悪人はやはり打ち首に限ります。それに打ち首はバカバカしいくらい、わたしたち沙人の人格を言い当てる、魔法の言葉のようです」
車はボロボロの煉瓦壁につけられた門をくぐって、電信柱だらけの沙人街に入った。前線からさほど離れていないのに、沙人たちは避難もせず、飲み、食い、歌っていた。にぎやかに掻き鳴らされる琴。断ち切られたアヒルの首。夏の陽を跳ね返す錫製品。酸っぱい汗や道から立ち上がる埃のにおい。ニンニクと甘辛いタレで魚を焼くにおいが吹き散らされずにこもっていた。沙国のニンニクは古王国のニンニクとは比べ物にならないくらいほど強く、そのせいか食後間もない沙国の人びとは活力が有り余ってしょうがないという夢を見ながら、昼寝ができた。
木造の街並みは緑色に塗られていて、扉には大尉には読めない沙国語が綴られた札が何十枚と貼りつけてある。最初に貼りつけたらしい札は木でできた扉と溶け合いつつあった。それは考えうる災害が(天変地異であれ人為的なものであれ)家に入らないようにした結果、お守りの札があれだけ貼られていると楊は説明した。
「もちろん、そのなかには打ち首除けの札もあります」
銅鑼を打ち鳴らすのが大きくきこえ始め、人でできた垣根で自動車は止まった。焼いた脂肪とニラのにおいがする群衆をかき分け、町役場前の広場に出た。太陽の光で赤く灼け上がった雑草が点々と生えた、広場には銃を持った兵隊が押し返さなければいけないほど人が集まっていた。人の波をせき止めて作った空き地には罪人が三人いて、三人とも上着を取られていて、背骨が見えるほどガリガリに痩せていた。楊が予言した通り、髪を剃って、珠のようにつやつやした頭には汗粒が浮かんでいた。足枷をつけられた膝で立ち、後ろ手に縛られて、そのうち、左右のふたりはうなだれていた。中央のひとりはピンと背を伸ばして、顔をしっかり上げて、前を見据えていた。その視線の先には煙草会社の看板があった。
「言うまでもないですが、一番えらいのはあのふたり目です。捕まる前は強面の部下が百人くらいついてましたね、あいつは。見てください。まっすぐ立って、正面をきっと見据えています。まったく大したやつです」
肩章の星を見て、規制線の兵士が大尉と楊を通した。
首切り役人は三人いた。左の男はアッリーゴ中尉の家に許可を取りに来た軍曹で、処刑に使う青龍刀を水を含んだ海綿で念入りに磨いていた。真ん中の男はひどく太っていて、罪人同様、上着を脱いでいた。この男は青龍刀を自在に振り回して、場を沸かせていた。少し手違いがあれば、脇腹の肉を十ポンドばかし切り落としてしまいそうだったが、刃物は体に触れるか触れないかのところをうなるような音を立てて、振り回されていた。腰には銅メダルの勲章が十個以上取りつけてあった。楊が言うにはあれは処刑人にしか与えられない勲章であり、ひとつにつき十人の首を切り落としているらしい。
だが、カラヴァッジョ大尉は説明をきいていなかった。三人目の首切り人に見覚えがあり、そして、彼が聖フランツィウス教会にいた小使いの青年だと思い出した。確か名前はピエトロ。あれから二年経っていたが、あの事件のころと変わらず、今にも消えてしまいそうな、線の細い、切なげな相貌をしていた。着ているものはカーキ色の軍服だったが、肩章と徽章がちぎられていて、軍人ではないようだった。詰襟の一番上のボタンがなく、安全ピンで襟を止めていたが、それがときどきまばゆく光り、大尉の目を射た。
おそらく司祭が死んだのだろう。ここまで流れ着いた経緯は分からないが、自殺は教義で禁じてられているので、死に場所を求めてのことではないかと思われた。
ピエトロは大尉に気づくと、にこりと笑いかけた。どういう顔をすればいいのか分からず、困ったような顔をして、耳の後ろをかいた。
斬首刑に対する民衆の欲望は少しでも近くで、もし可能なら血しぶきがかかるほど近くで見ることにあらわれていた。そして、銃剣をつけた兵士たちがその民衆を銃の台尻で押し返していた。唯一の例外は芥子色の幌なし自動車で、これだけが兵士たちのつくる規制線の内側に入り、三人の罪人と左斜めから向かい合う位置に車を停めていた。制服を着た運転手がいて、助手席には大きな自動拳銃ケースを肩から下げた男、そして、後部座席にはカンカン帽をかぶった小太りな老人がひとり、白い襟付きの夏衣のなかで縮むようにして座っていた。
「あの外国人の首切り人は今日が初めてみたいです」楊は古王国語が分かるものがいない群衆を警戒して、ささやいた。「前評判はよくありません。打ち首は仕損じると大変なことになります」
ピエトロの青龍刀は先のふたりと同じ、分厚く重い刃をつけていた。ピエトロの細い肩が刀を背負えるとは思えず、まさかわざと処刑を仕損じて、民衆の悪感情を引き起こさせ、自ら八つ裂きになろうとしているのではないかとさえ、考えてしまう。
打ち首を取り仕切る、白髪頭のたくましい肩をした沙人少尉が裸足に白服の従卒に銅鑼を打たせた(銅鑼は近所の高級アヒル料理屋から借りたものだった)。その音を合図に広場の中心から縦横に静寂が覆いかぶさった。銅貨のように焼けた顔をした観衆たちは最初の首切り人――カーキ色の軍曹の一挙手一投足を瞬きするのも忘れて見つめていた。軍曹は念入りに磨いた青龍刀を肩で担ぎ、右足を少し引いて、姿勢を固めると、甲高い叫び声をあげた。斧より重い刃が禿げ頭を肩から叩き落すと、広場は、その見事な打ち首を称える大声で沸いた。首は銅鑼係が拾い上げて、竹籠に放り込んだ。
「いやあ、見事な打ち首でしたね!」
楊も惚れ惚れして、アッリーゴ中尉はこの軍曹を少佐に昇進させるべきだと熱っぽく言った。
「彼は中尉だよ」
「じゃあ、名誉少佐で。惜しいですね。もっと大きな都市なら、ひと晩で百万長者になれますよ」
カラヴァッジョ大尉は斬首刑は沙国人にとって映画を見るようなものなのかと思っていたが、ふたり目の首切り人のしくじりを見て、斬首刑はサーカスであり、しくじれば、空中ブランコから落ちたり、火吹き男が頬のなかから爆発したり、猛獣使いがライオンに頭を食いちぎられたりするようなペナルティがあるのだと知った。
ふたり目の首切り人は観衆の期待を一身に集めていた。あれだけ見事な打ち首のさらに上を行く打ち首を見せてくれることはあの刀さばきと腰のメダルの数が約束してくれている。首を打たれる盗賊のほうもすっかり余裕を見せて、まるで髭剃りを頼むように気軽に「おう、やってくんな。大将」と声をかけ、豪快に笑った。
だが、ふたり目は仕損じた。刃は首ではなく、肩にぶつかり、罪人の口から野太い絶叫が響き渡った。慌てた首切り人は刀を振り上げ、また振り下ろしたが、その刃は左耳と頭蓋を少しそぎ落としただけで首は落ちなかった。また、刀を振り上げ、振り下ろすと、刀は首にあたったが、切り込みが斜めなので、首は半分しか切れなかった。豪快だった罪人の顔は悪くなり、つるつるした頭は発酵した卵みたいな色に変わっていった。
四度目をしくじったところで、白髪の少佐がやってきて、首切り人を手で押してどけ、半殺しにされた罪人の頭に二発撃ち込んだ。
その後が大変だった。民衆はしくじった男に石を投げつけ、罵声を浴びせ、その首を落とせとわめき散らした。人を殺し、物を奪い、死刑となる男たちよりも、打ち首をしくじることのほうが重罪なのだ。白髪の少尉が空に銃を撃って、群衆に道を開けさせ、首切り人を広場から追い出した。
あからさまに失望した様子の楊が言った。「興覚めですね。きっとあいつはメダルをどこかのヤミ市で買ったんでしょう。運が良ければ、生きたまま、町から逃げられるかもしれません」
打ち首が芝居なら興行は失敗と言われそうだった。誰も痩せた外国人の打ち首に期待はしていなかった。投げつけるための石をいまから集め始める気の早いものも何人かいた。もっと血を求めるものは空き瓶を持ち込んだ。暴動が起こるかもしれないと思った白髪の少尉は打ち首を中止することを考えたが、すぐにかぶりをふった。そんなことをすれば、集められた石とガラス瓶は彼に投げつけられるのだ。
ピエトロは体を全体を使って、青龍刀を背負った。後ろに倒れかけたが、何とか耐えた。からかう声が湧いた。だが、その斬り下ろしがまるで稲妻のような音を立てると、場が黙った。賊の首はついたままだった。確かに刀が首にあたったはずだったが、死刑囚はわけが分からない様子で左右を見回し、「おれは死なないで済むのか?」と誰にきくともなくきいたりした。
あの鬼佬外しやがった、と誰かがいい、石を投げつける肩が後ろへ引かれたところで、ピエトロが安心させるように微笑んで、死刑囚の額に指をあて、ゆっくり押した。頭はそのまま後ろに下がり続け、肩から落ちた。
観衆たちは静まり返った。若い女が泣き始めた。白髪の少尉は見たものを信じられず、カラヴァッジョ大尉の胸のなかは途方もない哀しさで満ちていた。教会でブドウの面倒を見ていた青年が遠い異国で化け物じみた斬首人になる理屈が分からず、そこに古王国の狂気を感じた。狂っているのは古王国の土地だと思っていたが、実際狂っているのは古王国の人間であり、自分たちが旅をすることは世界に狂気をばらまいているようなものなのだ。
静寂のなかでピエトロは静かに待ち、観衆はどうすればいいのか分からず、石を持ったまま、唖然としていた。収拾をつけたのは車に乗っている老人だった。パン、と手を打つと、助手席の男に象牙でできた薄い小箱を渡した。男は車を降りると、象牙の箱を開いた。そこには絹のハンカチがあり、男はピエトロが落とした首の血だまりにハンカチを浸した。それを箱に入れ、恭しく老人に差し出すと、まるで声を上げることが許されたように人びとが歓声を上げた。