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革命家たちは人間を馬車馬にする人力車は——

 革命家たちは人間を馬車馬にする人力車は真に自由な共和国にふさわしくないからと人力車禁止令を出した。

「大変な騒ぎになりましたよ」楊が言った。「革命党には車夫たちにタクシーを買ってやれる甲斐性がなく、結局、人力車は今後も乗られることになりました」

 楊が差した指先には黒々と日焼けした沙人の車夫が駅の前に並んでいる。前線から離れた都市では、物価の高騰に目をつむれば、生活は普段通りに送られているように見える。だが、実際は配給制度の目をかいくぐった闇物資の取引は盛んになる一方だった。

 カラヴァッジョ大尉は車で移動しながら、外を眺めていた。青と緑色の木造二階建ての料理屋から熱い油で青胡椒と千切りにした魚を炒める音がしていて、その豪快なジュウジュウという音は調理人がヤミで油を買っていることを大尉たちに教えていた。

 カラヴァッジョ大尉はしばらく沙国で暮らして分かったことだが、沙国人は徹底的に怠けるか、徹底的に働くかで、その中間がない。通訳の楊は後者のほうで大尉の目に入るもの全てを説明する義務があるんだとばかりにしゃべりまくった。

「あれのきれいな欄干を二階にまわした、蓄音機を置いているのが袁将軍の妾の家です。軍閥の長は特別扱いです。このままでは共和国の閣僚は軍閥の長ばかりになります。でも、仕方がありません。彼らの協力がないと革命が成り立ちません。でも、袁将軍は欲深い人です。以前、袁将軍が派遣した大佐が配給所で一番上等な貂の毛皮を切符も代金もなく、鷲づかみにして持って行ったのを見たことがあります。本当ですよ? 本当の貂です。真っ黒でつややかな貂ですよ。袁将軍の妾のコートに使うんです。この暑い夏からコートのことを気にするんです。でも、袁将軍は機関銃の扱いに長けた中隊を三つも持っています。邪険にはできません。貂の毛皮で革命が成就するなら安いものです」

「このままでは共和国も王国と変わらないのでは?」

「それはありませんね。あなたは外国の方だから分かりませんが、あの国王は愛妾の誕生日の宴のために国庫の七割を使ってしまったんですよ。史上最大の横領事件です。でも、誰も罰せられない横領です。王国とはそういうものです。それに比べれば、貂の毛皮なんて物の数ではないですよ。それにいつまでも軍閥の先生方に全部仕切らせるつもりはありません。共和国は人民のための共和国です。軍閥からは部隊を小さくひとつずつ奪って、最後はすっからかんにしてやるつもりです。ご心配なく。わたしたちはきっと本物の共和国になってみせますよ。ところで、あれを見てください。あの鴨料理店は招牌を金字に変えようとしているでしょう? 上物の鴨が入った知らせです。大臣が食べるような鴨です」

「大臣以外のものがその鴨を食べることは?」

「つまり、あの人力車夫みたいなプロレタリアートがってことですか? 無理ですよ。物凄く高価だし、お金を工面できたとしても、棒で百叩きにされて、追い出されるのが関の山です。あの店にとって、鴨は大臣しか食べられないというのが売りです。それが車夫が食べてしまったら、大臣しか食べられないの文句が嘘になります。分かりますよ、大尉。こんなことは革命にふさわしくありません。でも、すぐに変えるのは無理なのです。国王の首を刎ねた、さあ、共和制だというわけにはいかないんです」

 ふたりの神様の像が左右を守る通りへと曲がると、白い夏衣の沙人たちが何をするわけでもなく道を埋め尽くしていた。白い衣服を陽光にぎらつかせながら、彼らは運転手の警笛にもどこ吹く顔でふらふら歩いていた。

「彼ら全員を兵士にして、前線に送ったら、我々はすぐに負けるでしょうね」

「なぜ?」

「だって、彼らには規律ってもんがないんです。いくら棒でぶたれても、全然効かないんです。上役とか権威とか、そういったものはまるっきり無視です。ある意味、無政府主義者よりも無政府主義です。こんな連中を前線に送ったら、怠け癖がまともな兵士に伝染します」

 大尉は窓から顔を出して、白衣の男たちを見た。虚ろな顔で、口をポカンと開け、よだれを垂らしながら、へらへら笑っているものもいれば、不機嫌の極みに陥って、わめきながら自分の髪をむしるものもいた。ぶちぶちぶちと髪が抜けた後の皮膚には赤い血が点々と残り、じわりと荒い肌理を赤く侵している。運転席の沙人曹長が窓から拳をふりまわし、沙国語でわめいた。さらにアクセルペダルを踏んで、白衣の男たちを数人バンパーで引っかけた。

「とんだ連中ですよ」通りを抜けてから、楊が蔑むように言った。「みんな銃殺できればいいんですけどね。でも」

 そこから先はまるで言葉が飲み込まれたように消えてしまった。

 車が停まり、レバーブレーキがギチッと音を立てて、引かれた。そこは古い学校だった。

「つきましたよ、大尉」

「ありがとう、楊中尉」

 みんな銃殺できればいいんですけどね。でも――

 言葉はそこで終わった。だが、カラヴァッジョ大尉には非常に小さな声で〈トン〉という言葉がきこえた気がした。

 師団司令部のある建物は古い時代の学校で、赤く塗られた棟が大きな石床の中庭を囲んでいた。かつて、ここでは幾何や法律を教える代わりに詩作や礼儀作法――つまり、貴人の気に入られるコツを生徒たちに教えていた。国王や妃、大臣、大公の寵臣になれば、栄華は極まり、官位は思いのまま。自分より低いところにいる人間に「死ね!」と命じれば、その相手は本当に死なないといけない。

 最後の校長が分厚い刀で首を刎ねられて以来、ここは封建時代の因習の中心と見なされ、革命軍の司令部を置かれた。学校に革命軍の司令部を忌むべき王党派の過去を侮辱するという沙国人らしい発想で行われたものだった。

 ザクロの鉢のそばで通信機がピー、ピーと鳴き、ラジオが沙国語の軍歌を流している。真新しい軍服を着た沙人の少尉が書類の詰まったカバンをかかえて、部屋に入り、出て、また入るを慌ただしく繰り返していた。

 ルカヴェッタ憲兵隊司令官の部屋は二階にあった。道路側に窓が開いていて、薄いカーテンがひらひらと揺らめくなかにどこかの唄い女の影がちらりとよぎっている。司令官は決裁の済んでいない書類の塔に挟まれる形でデスクにつき、麺を箸でたぐっていた。どんぶりのなかのスープを沙人風にズズー、と音を立てて飲み干すと、早速、司令官は引き出しから、辞令を一枚取り出した。

「きみのお望み通り、野戦憲兵隊への転任だ」

「ありがとうございます、閣下」

「戦争が終わったら、この国のコックで一流なやつを十人か二十人、国に連れて帰りたいな。牛の骨のスープで煮たタケノコがなくなったら、おれはどうしたらいいか分からない」

「閣下はこの国で長いのですか?」

「戦争が始まる前からいるよ。共和国大使館の駐在武官ということになっていたが、実際は沙国の若手将校の確かなやつを集って、王制打倒の陰謀を練っていた。そして、彼らと過ごすうちに、その年の一番若いタケノコのうまさを覚えてしまった。きみが行くのは南部戦線の仙命という町だ。そのあたりの師団長は郭将軍って軍閥の親玉で、仙命の面倒を見ている中隊長が王党派の軍から降伏したアッリーゴという中尉だ」

「アッリーゴ?」

「知り合いかね?」

「父親の名前はニコロではないですか?」

「さあ。知らないな。でも、なかなか粘り強い戦いをする若者だよ。まだ二十四かそこらだが、信念がある。入りたくもない王党派義勇軍に入れられて、ここにやってきたが、着任するなり、同じように無理やり連れてこられた兵隊たちに一説ぶって、小隊丸ごと降伏してきた。よき革命家というのとは違うが、君主制を潰すためなら、遠い異国の地で朽ち果てても文句はないってやつだ。きみは彼とともに仕事をすることになる。というのも、前線ではどこでもそうだが、盗みだの脱走だのが尽きない。捜査経験のあるきみなら、前線の治安を維持できるんじゃないかな」

「全力で勤めます」

「沙人たちは革命のために外国の支援が必要だと思っている一方、わたしやアッリーゴみたいな外国人が指揮官の地位にいることが気に入らない沙人も多い。外国人将校がクソをしている最中、手榴弾を放り込まれた事件もひとつやふたつではない」

「なぜ、そんな話を?」

「クソをするときも引き金に指をかけておくことだ。ここには革命の理想はない」

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