巣立ち
「クロ、少しはこっちの文化にも慣れてきたか?」
ベルクさんからの問いかけに大きく頷きながら返答する
「はい!普通に言葉は通じるし、食事もすごく美味しいですし楽しいです!」
そう、この第二階層では、食事が提供されるのだ
「でもどうして必要がないのに食事を取るのでしょうか?」
大気中の魔素を取り込めば食事を取らなくともエネルギーが得られる
これは僕が真っ先にベルクさんから教わったことだ
「下では物資がないから自己補完しておったが、本来娯楽の意味も兼ねて普通に食事は摂るぞ。まして、ここの住民も皆が一様に魔力を扱える訳でもなく、自己補完としてエネルギーを補い生きられるのも一部の者のみじゃからの」
なるほど。と思ったところで食事の話をしていたせいか、お腹が鳴る
「ほっほ。少し早いが食事にするか。街に行こうかの」
少し恥ずかしさと街での食事にありつける嬉しさから、僕は黙って頷く
最近はベルクさんとの修行で山岳地帯に籠っていたため、自己補完で済ますか食事と言っても近くで取った魚や小動物で腹を満たすことが多かったのだ
ちなみに、この世界にはネインのような化け物も多く生息しているが、元の世界にいたような動物たちも比較的安全な地域には普通に生息していた
ベルクさんの指示に従い僕の空間転移術式で街の近くに転移し、早速酒場に入る
注文した食事を待っている間、ベルクさんは何やら考え事をしていた
「ふう。美味しかったですね!!お腹いっぱいです」
「そうじゃな。」
返答はしているものの、心ここに在らずといった様子のベルクさんと共に、街のハズレから転移し家に帰る
僕はお風呂に入り終え、ベルクさんから譲り受けた術式に関する書物を自室にて読んでいた
「クロ、少しいいか?」
ベルクさんが遠慮がちに扉の向こうから話しかけてきた
いつもなら無遠慮に扉を開け中に入って来るのに…
何やら嫌な予感がしつつ中に招き入れる
「実はな、お前にもそろそろ本格的に学術を学ばせようと思っての。隣町にハンターや王国騎士を目指す若者を育成する”エペソルーラ”という学校がある。そこに通ってみる気はないか?」
唐突な提案に思わず固まってしまう
「えっと…学校、ですか?」
この世界の職業は、一般的な商売を営む職業の他に、”ギルド””からの依頼を受けネインなどの化け物を狩る討伐者としてフリーで活躍する者や、この世界に4つほど存在する国の間で起こる争いや、街の治安を維持するために働く”王国騎士”など、元の世界で言う傭兵や兵士といった戦闘を生業とする職業が多く存在する
「そうじゃ。この世界で生きていくのなら、生きる術は学ぶ必要がある。わしが教えてやれるのは術式に関することだけじゃからな。この世界のことをもっと学ぶにはいい場所だと思っての。もちろん、他の職業を目指したいというのならー」
「僕、行きたいです!」
ついベルクさんの言葉を遮ってしまった
ただ、僕にとって学校に通うというのはずっと憧れだったということもあるが、何より師であり育ての親のような存在のベルクさんのように強く聡明になりたい。という強い思いもあるのでこの提案はすごく嬉しいものなのだ
「ここは完全寮生になっておる。3年は帰れんくなってしまうんじゃぞ。」
確かに、それはかなり不安ではある…でもそれ以上に学校に通えるというワクワクの方が勝ってしまう
「それでも、行ってみたいです!」
「っ…まあ、そう言うなら大丈夫じゃろう」
僕の言葉に、ベルクさんはなにか言いかけた言葉を飲み込んだような仕草を見せる
(聞かない方がいいのだろうな。というより、聞いたところで答えてはくれないだろうな)
「そうと決まれば早速準備をするとしよう」
言いながら部屋を後にする
二日後、ベルクさんが入学の手続きを終えて戻ってきた
「ちょうど1週間後に試験を通過した者たちの入学式があるそうじゃから、クロもそこに合わせて入学できるよう手配しておいた。」
「ありがとうございます!あの、僕は試験を受けなくてもよかったのですか?」
僕の問いかけにニヤリと笑う
「お前のレベルで試験なんぞ受ければ確実に成績優秀者として扱われるじゃろうからな。不用意に目立つのは避けたかろう。」
僕が成績優秀者に?それに、試験をパスして入学するのも目立ちそうな気もするけどな
などと思ったが、せっかくの行為を無駄にしまいと心にしまいこむ
「お気遣いありがとうございます!」
「なに、このくらい苦労のうちにも入らんわい。それより、入学までの1週間はみっちり鍛えてやるから覚悟しておくんじゃぞ」
またしてもベルクさんはニヤリと笑う
クロが寝静まったのを確認すると、ベルクはひとり物思いに耽っていた
「正直、最初はただの好奇心のつもりじゃったがここまで情が移るとは…わしも老いた、ということなんじゃろうな」
クロの背負っている業を考えると、自分のこれまでの判断が正しかったのかと不安に駆られる
しかし、少なくとも今だけは心から楽しんでくれているのだ
それでよしとしよう