修行4
少年がベルクの元で術式を学び始めて、2年程が経過した
当時13歳くらいだった(孤児のため正確な年齢はわからない)僕は17歳くらいになっていた
身長も伸び顔つきも少し大人びてきた
どこか怯えがちだった当初の彼からは、想像も出来ないほど明るく爽やかな青年へと成長していた
更に、当初からとてつもない成長を見せていた彼が、大術師と称されるベルクに師事を仰ぎ、2年もの月日が経てば立派な術師としても完成されのも、もはや必然と言えるだろう
「ベルクさん、おはようございます!今日も朝食の準備が出来てますよ。」
「おお、いつもすまんな。」
「いえいえ、これくらい弟子として当然です!」
「…それで…例の術式をそろそろ…」
「空間転移か。何度も言うがな、あれは失敗すると体がバラバラになったり、地面の中に埋もれたりする危険がある。まずは結界術を——」
—ベルクの言葉を遮るように、クロが術式を構築し始める
「キイイイン」
金属がぶつかるような高音と共に、クロの周りに半透明な正方形の結界が現れる
「言われたとおり、結界術は一通り出来るようになりましたよ!」
「そ……そうか。では空間転移術を教えざるを得んようだな。」
驚いたような、諦めたような表情のまま、ベルクはご所望の術式を指導することにした
「クロ、ちょっといいかの。」
先程教わった念願の空間転移の術式を会得しようと奮闘中のクロの元にやってきたベルクは、返事も待たず話し始める
「そろそろ、上に行こうかと思うんじゃが、どうだ。」
「上?ですか?」
首を傾げるクロの様子を見兼ねて、すかさず補足に入る
「前に非物質次元が塔のような構造で次元が広がっておると言った話は覚えておるか?」
ー確かに言っていた気もするが、それを聞いた時、僕は突然死んで幽霊になったばかりだったのだ。記憶が多少曖昧なのも許して欲しい
などと、心の中で勝手に言い訳をしている間にもベルクさんは淡々と話を進める
「本来、塔のそれぞれの階層は、異なる次元として隔絶されておるから移動など不可能じゃ。」
「じゃが、この第一階層と呼ばれる、クロのおった物質次元と重なった最下層と、1つ上の階層にあたる第二階層との行き来は別じゃ。」
「持論じゃが、この第一階層と第二階層の間は、他の階層のように完全に隔たれておらず、恐らく本来1つの階層だった場所のうち、物質次元と折り重なった部分のみが独立した結果、それぞれ別の階層のような構造になってしまった とわしは踏んでおる。」
「つまり、上に行くって言うのはそのツヴァイト?に行くということですね?」
「うむ。そういうことじゃ。」
「第二階層には他の生物、それこそ危険な生き物もおるが、人間もおるから街や国もある。物資も豊富にあるからそろそろ頃合いかと思っての。…どうじゃ?」
いつになく不安そうな表情を見せるベルクさんに、少し困惑するが理由は恐らく僕を気遣ってのことだろう
「ぜひ行きたいです!ベルクさんの生まれ育った場所も見たいですし!」
「本当に良いのか?ここならクロの故郷である物質次元と重なっておるから環境も大して変わらんように感じるが、上に行けば文化や環境、常識までもがまるで別じゃ。クロからすれば完全に現実から離れてしうまうようなもんになるぞ。」
やはりベルクさんは僕を気遣ってくれている
しかし、僕の答えは変わらない
「僕は、生まれた頃から孤児として生きてきて、無気力のまま過ごしてきました。でも、ベルクさんと出会ってから…それこそ、アストラルに転生してからは生まれ変わったような気持ちで2年間を過ごしてきました。」
「これまでに経験できなかった、”生きている”という実感を得られたのはこの体になってからです。だから、なんお後悔もありません!」
「…そうか。わかった。じゃが、上には本当に危険が溢れておるから、戦闘訓練もしておいた方がいいじゃろう。」
「明日から、実戦形式で戦闘手段も教えるから覚悟しておくんじゃな。」
(戦闘…正直、言葉だけでは実感が湧かないな。むしろ少しワクワクする)
などと呑気なことを考えているクロに、ベルクが第二階層の基礎知識を色々と話してくれた
曰く、ツヴァイトには”ネイン”と呼ばれるバケモノ、更には龍や悪魔など、僕でも知っているようなファンタジーな怪物も数多く生息しているらしい
ネインは、バケモノの中でも数がダントツに多く、その上生息域も全域となっているため、討伐ギルドという組織が、各国や市町村からの依頼を受け”討伐者”と呼ばれる職業の人たちを雇用し日々討伐をこなしているのだと言う
ちなみに僕の住んでいた世界での空想の生き物たちと共通しているのは、恐らく龍や悪魔なんかは畏怖の対象として人々が根源的に恐れており、そういった思念のみがマテリアルにまで流れてしまい、一部の敏感な人たちの意識化に刷り込まれるせいではないかとのことだった
ネインに関しては、多くの人にとってはハンターが討伐してくれる対象としての認識が強いため、他の生き物に比べて次元を超えるほどの強い恐怖の対象とはなっていないのではないかとベルクさんは語っていた
「実際、龍や悪魔なんかはとてつもなく強く、上位個体となるとわしでも足元にも及ばん…。じゃがほとんど現れることなどない。それにネインにも強力な個体がおるとはいえ、下限が一般人でも武器を持てば倒せるレベルじゃからの。根源的恐怖はどうしても薄れるんじゃろう」
(なるほど。僕が見たこともなかった幽霊をなんとなく恐れていたが、実際に自身が幽霊になってみるとなんともなくなったのと同じか)
「確かにベルクさんの持論の通りかもしれませんね!」
僕の肯定に少し満足げなベルクさんを横目に見ながら、早く空間転移術式を会得しようと修行を再開する
「さて、じゃあ本格的に実戦修行でも始めるかとするかの」
ベルクさんは徐にそう言うと、僕を連れてどこかに転移した
「ここは?」
そこは、昔孤児院で読んだバトル漫画に出てきた、ライバルとの決着をつけるために選ばれた”決戦の地”の場所のような所だった
「修行にぴったりの場所じゃろう?こういった便利な場所にはアンカーを打っておるのでな」
本来、空間転移は転移先の座標と現在の座標を術式に入れ、それぞれの空間を繋げるような形で行う。
その際、転移先にも出口としての術式を遠隔で構築しなければならないため、転移可能な範囲は術者にも寄るが基本的にはそこまで広大な距離を移動することは不可能なのだ。
ただし、ベルクさんの言う「アンカー」のように、術式で事前に出口としてのマーキングをしておけば、空間転移の難易度もグンと下がり、簡単に長距離間の転移が可能となる
「確かにぴったりな場所ではありますけど…ここでいったいどんな修行を?」
「さっきも言ったじゃろう。実戦修行じゃ」
突然実戦だ。などと言われても僕には一向にピンとこないのだが、ここは大人しく受け入れるほかなかった
こういう時のベルクさんは、言葉足らずを押し切って実行してしまうことを僕はしている。
「さて、準備はよいか?まずは準備運動からじゃ」
「防がんと火傷では済まんぞ? 【ファイヤーアロー】!!」
準備運動と言っておきながら、ベルクさんは突然攻撃魔法を放ってきた
慌てて詠唱と掌印を結び防御術式でそれを防ぐ
「いい調子じゃ。では続けるぞ。」
そう言うと、今度は術式にて先ほどよりも強大な炎の攻撃術式を展開する
「ベルクさん!ちょっと待ってください!僕まだ心の準備が…!!」
ベルクさんの放った巨大な炎の塊を、先ほど展開した防御術式を重ねて展開することでなんとか防ぎながら必死に叫ぶ
「実戦の修行じゃと言うておるじゃろう。敵は待ってはくれんぞ?」
いつになく厳しいベルクさんに、僕は説得を諦めさらに防御術式を強化していく
【××××!】
僕が必死に構築した防御術式を、ベルクさんは最も簡単に術式に干渉し、崩壊させる
「ほら、どうした。守っておるだけでは修行にならんじゃろう。」
確かにその通りなのだが、人に向かって攻撃術式を放てる程僕の倫理観はぶっ飛んでいないのだ
そんなことを考えている間にも、ベルクさんは詠唱と掌印、魔法などを駆使しながら絶え間なく攻撃を仕掛けてくる
「このままじゃ埒が開かない…」
僕は覚悟を決め、乱れた呼吸を整えつつ攻撃魔法の術式を展開する
「×××!!【フレイム】」
僕が放ったのは、術式によって志向性を付与した炎の塊。
術式の円環から、火炎放射器の様に炎が勢いよく噴射され、ベルクさんの元へ火力を保ったまま一直線に進む。
「ほう。フレイムをこの様に使ってくるとはの。発想力は褒めてやるが、威力もスピードも実戦向きではないのう」
僕の渾身の一撃を悠々と回避しながらベルクさんはさらに追撃してくる
距離をとりながら、迫り来る火の矢を防ごうと防御術式を展開する
しかし、焦りの中移動と並行して展開を試みた術式はスペルミスか魔力のコントロールミスか、とにかく上手く発動されることが出来ず、迫り来る火の矢が僕の肩を貫く。
「っ…!」
思わず声にならない声が口から漏れる
肩の痛みに疼くまる僕の元にいつの間にかベルクさんが駆けつけ、術式を展開していた
「大丈夫か?クロ。すまん。まだ実戦は早かった様じゃの…」
いつの間にか痛みも消え、肩の傷も何もなかったかのように塞がり、服の焼けこげた跡と血の汚れしか残っていなかった
「いえ、すみません僕の油断のせいです。治療、ありがとうございます。」
本来、魔素によって構成されたこの体は、知識と技術があれば魔力を使い回復することができる
僕には未だ知識も技術もどちらも足りておらず、こうして術式にて外部か治療してもらうしかないのだ
「実践形式は気が早かった様じゃ。今日はこのくらいにして戻るかの」
正直、疲労がかなりピークに達していたのでその提案は素直に嬉しかった
「ありがとうございます!ただ、僕も戦う力はつけておきたいのでまた修行をお願いします!」
うむ。などと言いながら、ベルクさんは帰還用の術式を展開してくれた