修行3
ベルクさんからの術式修行を受け始めて1ヶ月ほどが経った
地獄のような修行になると思ったスペルを覚える工程だが、いざ始めてみれば意外にも苦ではなくむしろ組み合わせ例を見ながら、組めるようになる術式が増えていくのが楽しくてベルクさんの予想した3ヶ月という期間を大いに短縮し次の段階へ進めていた
「まさかクロがここまで優秀だとはのう…弟子はとってみるもんじゃわい」
しみじみとベルクさんが呟く
「そういえば、ベルクさんは他にも弟子がいるんですか?」
「弟子」と言う響きに少し気恥ずかしさを感じながらも、ふと浮かんだ疑問を投げかけてみる
「おらんよ。わしは弟子は絶対にとらん主義じゃったんじゃが、歳のせいかつい流れでこうなった。ありがたく思うんじゃぞ」
何やら恥ずかしさを隠すためにあえて自慢げに言うようなベルクさんにこちらも恥ずかしくなる
「さて、そんなことより魔力操作を覚えて実際にスペルを組み上げる修行を続けるぞ」
そう、僕は今必死に覚えたスペルを実際に魔力を使って形にし、術式として組み上げる修行をしている
魔力操作に関しては、この1ヶ月のスペルを暗記している最中にも体に行き渡らせる訓練と、部位ごとに魔力量を集中させたり減らしたりなどの訓練を片手間にやっていたおかげである程度は出来るようになっていた
ただ、それをスペルに変換、維持しながら術式を組み上げるとなると繊細さが段違いとなりかなり苦戦していた
ベルクさんはとんでもない習得スピードだと褒めてくれるけど、比較対象がベルクさんしかいない僕からしてみれば焦りを感じずにはいられなかった
ーさらに1ヶ月程が経った
最初はうまく出来なかった魔力コントロールも、慣れてしまえばどうということはなく、次の課題であるスペルを正しく配置して術式を構築するという壁にぶつかっていた
「こことここのスペルが逆じゃな」
ベルクさんに指摘された箇所を確認して修正する
『×××!』
最後の仕上げを詠唱にて唱えると予め術式に充填しておいた魔力が炎のような性質に変化する
これでようやく魔法で言うところの「フレイム」が完成した
「すみません…たったこれだけの術式にこんなに時間をかけるなんて…」
「何を言うておる。基礎術式とはいえここまで上達するのに1年は要する想定じゃったんじゃぞ。素質で言えばわしより遥かに上じゃて。」
「…ベルクさんは甘いです」
褒められているんだから素直に受け取るべきなのだろうが、たった今僕が苦労して汲み上げた術式に使用したスペルは50文字程度。
本来であれば、炎のように変換した魔力に「形状」「威力」「方向」などの指向性を持たせるための術式を追加するのに100~200文字以上のスペルを使用してようやく「ファイヤボール」などの初級攻撃魔法が発動することになるのだ
ベルクさんがいとも簡単に発動していたように見えた「空間転移」なんかは5,000文字を越えるスペルを使う
これが憤りを感じずにいられるようならば術式の習得など諦めて魔法に頼ってしまう方がいいのだ
「今日はこれくらいにして、そろそろ食事にせんか?」
僕の疲労を見越してか、ベルクさんが食事の提案をしてくれた
「すみません、せめて基礎である魔力の変換術式まではなんとかマスターしたいのでもう少しやらせてください…」
「そうか。ではもう少し頑張るんじゃな。」
ベルクさんは、僕のわがままに微笑みながらそう言ってくれた
———「このわしが、まさか弟子を取ることになるとはの…」
そう呟きつつ、手に持ったコーヒーを啜る
ベルクは名高い術師ながら、これまで一人として弟子を取らず自由に生きてきた
本来であれば、このように何ヶ月も同じ場所に留まるようなこともなく、様々な場所を転々とし、その知見を広めるのが彼本来の生き方である
だがなぜ今、10代半ば程の少年を弟子にとり、自身の行動を制限されることをよしとしているのか
もちろん、加齢によるものも少なからずあるだろう
しかし、彼には少年の背負う業を見届けたい、力になってやりたい という想いがあった
弟子として申し分ない才能を見せる少年を、1から育て上げる事への楽しみも覚えた
実際、少年の成長速度は異常なものであり、魔力の認知から制御、更には術式まで習得しようと言うのだ
数ヶ月前まで|物質世界で暮らしていたとは誰も思うまい
「例のあれが今後どうなるかじゃな…」
少年を詳しく調べた際に発見したもの。
それを心配し、取り急ぎ魔力制御を覚えさせ、戦う術を身に付けさせようと動いたが…果たして正解なのだろうか
窓の外で、必死に術式の習得に励む少年を横目に、ベルクは柄にもなく不安に駆られていた——