修行2
ベルクさんとの修行を始めてから一週間ほどが経った。
あれから毎日魔力を全身に行き渡らせる修行をしているが、結局疲れるような気配も今のところなく、初日の暴走のようなイレギュラーも特に起きておらずー
ー要するに退屈な毎日を送っていた。
少し前の僕なら、惰性で日々を過ごし、何のために生きているのかさえ曖昧な状態だったため、「退屈だ」なんて考えたこともなかった。
ベルクさんと出会ってからの毎日は、毎日食事と温かい寝床、何より修行をするという目的があるためか充実している。
「ベルクさんには感謝しないとな…」
あくび混じりにそんなことを呟いていると、修行をしている庭にベルクさんがやってきた。
「クロ、どうじゃ修行の調子は」
ベルクさんが穏やかに僕に問いかける
「正直…退屈です…」
僕がそう言うと、ベルクさんは意外そうな顔をする
「そうか!退屈か!」
先程見せた意外そうな顔が見間違えかと思うほど、今度は嬉しそうな顔をする
「クロにはこんな基礎の修行なぞ不要じゃったかもしれんな。よし、そろそろ術式を教えようかの。」
その言葉に、僕は胸が高鳴る。
「はい!お願いします!」
僕の返事を聞き、更に嬉しそうな顔をするベルクさんを横目に、これから学べるであろう術式に想いを馳せていた。
「まずは、術式についての話からじゃの。」
「まずはわしが使っておる『術式』それから術式を簡略化し、より使いやすくする代わりに応用が難しくなる『魔術』、そして世界の力によって魔術を詠唱だけで発動できるようになったものが『魔法』と呼ばれておる。」
「魔法…」
聞き覚えのあるファンタジーな言葉に、思わずおうむ返しをしてしまう。
「魔法はマテリアルでも有名なようじゃの。実際、アストラルにおいてもほとんどの者がこの魔法を用いて術式を行使する。わしのような古い人間くらいしか術式を使うような物好きはおらんが、それでも魔法や魔術には出来ん複雑な術や幅広い応用を使えるようになるぞ。」
いつになく熱く語るベルクさんを見て、僕も思わず肩に力が入る。
ー要するに、スマホ等に入っているアプリなんかが『魔法』にあたり、アプリより少し不便だが、もう少し自由度の高い操作ができるブラウザ上で使う機能のようなものが『魔術』
そして、それらの大元となる機能を形にするプログラミングを組んで動作を直接実行させるのが『術式』
といったところだろうか
つまりベルクさんはプログラマーのようなものか…
そう思った途端、面白さが込み上げてきた
「ベルクさんがプログラマー…」
思わず声に出してくすくすと笑ってしまう
「本来であれば、魔法や魔術から教えるべきなんだろうが、わしは術式を覚えるのが手っ取り早いと思うタチでな。魔法や魔術はそのうち覚えてくれ。」
くすくす笑う僕に気づかずに話を進める
「僕もベルクさんみたいに術式を使えるようになりたいです!」
プログラミングができるようになればアプリなんかも簡単に使えるようになるはず。
そう思い僕もベルクさんに賛同する
「よし、では術式について詳しく説明する」
そう言うと、ベルクさんは本当に詳しく術式について語ってくれた
ー術式とは、魔力を『スペル』と呼ばれる特殊な言語に変換し、それを用いて世界の力に直接干渉し、特定の動作を行うことである。
スペルへの変換方法はいくつかあり
①詠唱:言霊と呼ばれる、言葉に魔力を乗せて直接スペルを唱えて変換する方法
②掌印:魔力を通した手の形を組み替えて特定の形で結ぶことで、スペルへと変換する方法
③式符:紙に予め術式を発動するためのスペルを書いておき、その文字に魔力を流し込むことで変換する方法
以上3つが術式を発動させるためのスペルに魔力を変換する方法らしい
これによって変換したスペルを組みあわせることによって任意の術式を発動させることができるようになるらしい
ちなみに、ベルクさんは詠唱と掌印を同時に使いながら術式を構築することもあるらしい…
最後の式符はその場に応じて変更を加えることが難しいので、特殊な事情がない限りはほとんど使わないそうだ
「術式を覚えるには、スペルを全て覚える必要がある。この本に全てのスペルの形と読みが載っておるから、全て覚えてどの方法でも術式を構築できるようになるのが第一歩じゃ。」
簡単そうに言うベルクさんの手には、辞書のような厚みの本が握られており、僕は見ただけで嫌悪感を隠しきれなかった
本を開くと、スペルなのであろう見たこともない文字と、その文字の読み方や組み合わせ例などが煩雑に書き記されていた
この世界では、言葉同様文字も僕が理解できる言語に置き換えられており、読み方や使い方例の部分はちゃんと読めるのに、肝心なスペルは全くその限りではなく、本当に見たこともない文字のまま見えるし、発音も僕がしっている言語とはかけ離れたものとなっていた
「覚えるまでに3ヶ月くらいはかかるじゃろうが、これも修行のうちと思って頑張るんじゃな」
心配する僕をよそになぜかずっと嬉しそうな表情のベルクさんが、ニヤニヤしながら僕にそう言い放った