始まり
これは───
何も持っていなかった1人の少年の物語
(外が明るい…)
「また…朝か…」
かろうじて建物の体裁を保っているだけの、屋根と瓦礫だらけの床の隙間に蹲る少年が気怠げな声を漏らすとゆっくりと身体を起こす。
ここはとある廃墟街
数年前に大きな災害があり住民のほとんどが退去し放棄された半壊の建物が連なる区域
虚ろな目でボロボロの衣服に身を包んだ少年が瓦礫を避けて座りため息を漏らす。
12月の半ばという事もあり吐いた息が白くなって風に流されていく。
ー数年前、この地を襲った過去最大の大災害
最大震度7を観測する程の大地震が広範囲で起こり、それに伴い津波や土砂崩れ、火災といった二次災害が発生したため各地でこういった荒廃した区画が見られるようになった。
生まれてすぐから孤児として施設を点々としており、その無気力な佇まいのせいか里親にも恵まれず、孤独な生活を送る日々。
そこに大災害が発生したため、ついに唯一の身を寄せる場所だった施設も失い、どこへ行けばいいのかも分からずこうして放棄された建物で雨風を凌ぎ生活していた。
「お腹…食べ物。」
少年の食糧は、かつてスーパーだったであろう建物内に陳列されていた缶詰めなどを拾い集め、それを少しづつ食べることで何とか繋いでいた。
水は近くに川があるためそこから汲んで満たす。
正直、なんのために食べ、なんのために朝目覚めるのか、理由も分からないままひたすらに時間が経つのを待ち、暗くなると共に寝るだけの日々。
「ふぅ…」
缶詰を1つ食べ終えたところで一息つく。
ふと、何か違和感に気づく。
なんとも形容し難い、ただただ不気味な違和感。
「これって…」
そう呟く少年の脳裏に、数年前の大災害が浮かぶ。
というのも、大災害が起こる数分前
当時施設で暮らしていた少年に同じ様な違和感が突如として起こったからだ。
───少年の身体が無意識に強張り得体の知れない恐怖が身を包む。
(ここから出ないと)
いつ崩れてもおかしくない建物に身を置いていることを思い出し立ち上がろうとする。
ゴゴゴゴゴ
地震だ。やはり。
大きい揺れではないが、古い建物のせいで瓦礫が崩れ砂埃が舞う。
強ばる身体で何とか立ち上がり、逃げようと出口の方へ足を向ける。
瞬間、目の前が真っ白になると共に激しい轟音の中の様にも全くの無音の様にも感じられ、立っているのか倒れているのかも分からないまま少年の意識はそこで途絶えた───
───初老の男性が半壊したビルの屋上に立ち、眼下に広がる同じく半壊した建物を見下ろし何かを探す。
ふと、ひとつの建物に目が止まる。
建物、というよりその中に居る何者かに意識が向く。
「なにやら妙な気配がするのう」
初老の男性は訝しげに建物を見つめ、自身が抱く違和感の正体を確認しようと建物内に強く意識を向ける。
次の瞬間、男性のはるか上空に見たこともない複雑な術式が現れ即座に発動される。
「しまった!」
男性は声を挙げると同時に発動された術式の組成を読み取り高度な空間転移の類であることを確信すると、転移してくるであろう何者かに備えるべく全身に魔力を巡らせる。
――ビキビキビキ
何かが割れるような音を認識するのと同時、押し潰さるような力の奔流が男性を包む。
(動けん……!|これ程までとは……)
男性は抵抗しようと術式の構築の準備をするも、あまりの圧に空間に自身の魔力を放出することも叶わず苦戦していた。
(このままでは数年前のような大災害に繋がる…)
現に、地上では震度5強もの地震が発生していた。
───そう、数年前の大災害を起こした原因そのもの、それがまたこの地で暴れようとしている。
「×××××……!!!」
男性が自身の体内で魔力を練り上げ口上により術式を構築、体内で圧縮し密度を上げた魔力がかろうじて術式への干渉に成功し術式が発動の準備を始める……!
「何とか…間におうてくれ……!」
キィィィィィィ
男性の意図に気づいた敵がその前に男性を消し去ろうと超高密度の魔力を練る。
(……!)
【術式反転!!】
敵の超高密度の魔力による攻撃が発動すると思われた瞬間、男性の術式の発動準備が整い何とか発動へと至る。
対象の術式の構築式を読み取り、土台を利用しながら効力が反転するよう書き換えた上で術式制御権を奪う高等技術。
空間を濃密な魔力で埋められ、不利な条件下でも発動させた男性の技量は賞賛に値する。
が、既に空間転移される前に放った超高密度の魔力の塊がこちら側に残り 爆ぜる。
【多重結界!】
男性は防御のための結界を幾重にも張りつつ空間転移の術式を同時に構築する。
バキバギバキ
自身の張った結界が破壊される直前、何とか転移の術式が間に合う。
【転移!!】
「適当な座標に設定したが何とか無事じゃったわい」
先程の地点から1,000km以上離れた地点のはるか上空に転移した男性が、慌てていたため転移先を雑に設定してしまった後悔を払拭しつつ先程の地点を探る。
「ただの魔力の塊であれほどとはのう…」
そうぼやくのも無理はなく、敵は何らかの技を発動しようとしていた途中で転移してしまったため未完成のただの力の塊となったものが爆ぜただけ 本来であればこれ程の爆発が起きるようなものでは無かったのだ。
ふと、敵が転移してくる前にあの場に居た気配のことを思い出す。
今度は転移先の座標をしっかりと確認しながら術式を構築していく。
【転移!】
指定した位置に正確に転移すると、今度は上空からではなく自ら気配のあった建物の中へと足を踏み入れる。
建物は地震の影響と見られる崩壊が多少見られるもののあれだけの爆発があったにも関わらずほとんど損壊は見られなかった。
爆発での直接の影響はない。
───そのはずだった。
そこには、肉体の原型を留めていない血溜まりと焼け焦げた肉塊があった。
───真っ暗な何も無い空間に水のようなものが満たされ、その中で沈むでも浮かぶでもなくただただ漂っているような感覚。
痛いのも苦しいのもいつも感じていた無気力感や、焦燥感すらない、心地よい感覚に包まれている。
ふと、遠くに何か温かさを感じる。
温かさを感じる方へ意識を向けるだけで安心するような、感じたことの無い不思議な感覚
(ここは…どこだろう)
少年が自らの置かれた状況を理解しようと思考を巡らせていると
「ーーーー!」
微かに、音が聞こえる気がする。
「おいーーー聞こーーー」
「おい小僧!目を覚ませ!!」
突然、大きな声で呼ばれ、目を開ける
「え……あの……ごめんなさい」
突然目を開けたせいか、差し込む光で目が眩み目の前で自身を呼ぶ声の主がよく見えず反射的に謝罪する
「おぉ…よかった」
眩しさに慣れた目でゆっくりと声の主を見ると見知らぬ初老の男性が安堵したような声で胸を撫で下ろすのが目に入る。
「何を謝っとる。どこか痛いところなどはないか?」
男性に聞かれ、改めて自身の状態を確認しようとして驚いた。
「痛いどころか…いつもより身体が軽いしすごく元気です…」
「そうかそうか…それはよかった…」
よかった、という男性はなにか含みのある顔をしどこか哀れむような表情にも見えた。
「あの…僕はどうなったんでしょうか?」
そう聞くと、男性はさらに困ったような表情を浮かべる。
「なんというか…簡単に言うと、お主は 死んだんじゃ」
死んだ 男性は確かにそう言った。
生まれてからこれまで、死にたくないと思ったことはなかったが、いざ死んだとなると焦りが込み上げてくる。
(ここは死後の世界ってこと?)
ふと、辺りを見渡そうと身体を起こそうとしてようやく気づく。
(!?)
自身が目の前の男性に抱き抱えられる形で空中に浮かんでいることに気がつく。
浮いている、というより男性が空中に立っている様に見える。
「あの…これ…どうして…」
立て続けに起こる理解できない事象に、上手く言語化が出来ずに曖昧な言葉が口をつく。
「おお、すまんすまん。今おろしてやる。」
そういうと、男性は立ったままゆっくりと下降して行き地上へと降りる。
「立てるか?」
そういうと男性はゆっくりと地面へおろしてくれた。
自らの足で立ってみて、改めて今までと感覚が違うことに気づく。
体は軽く立っているのに浮いているような感覚。
五感も鋭くなったようで遠くで鳴く鳥の声、風が耳元をすぎる音、近くにある川が流れる音、川辺の草木が風に揺れて擦れる音
どれも今までも感じていたものばかりだが、何故が今はどれも心地よくとてもいい音に感じられる。
「どうじゃ?生まれ変わった気分は?」
「生まれ変わった…?」
つい男性の言葉を繰り返す。
「ちゃんと全部説明してやる。場所を変えようかの。」
男性がそういう言いながら少年を引き寄せる。
すると、突然足元に発光する見たこともない模様の円形が現れる。
「陣から出る出ないぞ」
ふと、男性の手元から煙のような液体のような、目を凝らさないと見えない何かが足元へ流れて円の模様へと流れていく様に見えた。
「もう楽にしてええぞ」
そう言われて、ハッとする。
「あれ…森…??」
気がつくと、壊れた建物だらけだった風景が木に囲まれた風景へと変わり、先程まで聞こえていた川の音が消え、変わりに鳥の鳴き声が増え木々の揺れる音が大きくなった。
見ると、少し先に石で出来た不思議な形の家のようなものもある。
「これは空間転移の術式でわしの拠点に移動したんじゃよ」
「術式…?転移…?」
男性の言っていることが何ひとつ理解出来ずに混乱しかけたが、その混乱を遮るようにひとつの疑問が浮かぶ。
「僕にも出来るようになりますか?」
僕がそう言うと、男性は驚いたような顔をしたあと大きく口を開け笑う。
「はっはっはっは!!そうか!覚えたいか!!わしがじきじきに教えてやるからもっと色んなことが出来るようになるぞ!!」
自分でもどうしてそんなことを聞いたのかわからなかったが、自身に起こったことや目の前で体験したことが全て夢のようであり、ただただ時間が過ぎるのを待つだけの日々を送っていた少年にとってこれほどまでに心の動く出来事が無かったせいかもしれない。
男性は一頻り笑うと、真面目な面持ちで話し始める。
「小僧、お前に起こったことをこれから話す。冗談や夢物語ではないから心して聞け。」
ゴクリ。と思わず唾を飲み込む。
正直、先程の空中に浮いていたことや今しがた体験した空間転移?を目の当たりにしてはこの男性の話を全て鵜呑みにするしか術がないことはわかっていた。
「さっきも言ったがな、お前は死んでしまった。だがこうして今生きている。それを説明するにはまず、この世界の仕組みを話さねばならん。」
「世界の仕組み…ですか?」
「そうじゃ。この世界は、お前が今まで生まれ育ってきた物質世界と、今わしらが居る、魔力で満ちた非物質世界が重なっておる。」
よくわからないが、とにかく今は聞くことにした。
「本来、わしらの居るこの非物質世界が物質へ干渉を及ぼすことはない。現にあの爆発でも建物が壊れておらんのはそういうことじゃ。」
「あの爆発って…?」
ついさっき自身で定めた決意を簡単に破り、疑問がつい口をついた。
「お前、あの爆発に気づいておらんのか?」
「僕が覚えているのは、嫌な感じがしたと思ったら地震が起きて、逃げようとしたところまでしか…」
「そうじゃったか…よし、全て一気に話すからわからんことは後で聞け。」
そう言うと、男性は宣言通り淡々と話し始めた。
僕が理解出来た内容をまとめると
───この世界は理で守られ原子により構成された物質世界〈物質次元〉と、理から外れ、魔力(霊力や気力等とも呼ばれるそう)で満ちた世界〈非物質次元〉という別次元の世界が折り重なっているらしい。アストラルは、さらに塔の様な構造で次元が広がっており、その最下層が、今居るマテリアルと重なった次元とのこと。
つまり、マテリアルに居たはずの僕が死んでアストラルの体を獲得し生まれ変わった。
アストラルの身体は、魂魄(所謂魂と呼ばれるもの)からのエネルギーを直接利用することができ、世界を構築している魔素という原子の代わりのようなエネルギーにも干渉ができるのだという。
───つまり、平たく言うと幽霊になってしまったわけだ。
何故僕が幽霊になったかというと、先程の塔の様になっている上の次元から龍が召喚されその龍が放った魔力が爆発して、何故か本来干渉しないはずの僕のマテリアルでの肉体が死んでしまった。ということらしい
魂魄が強い人間は稀に死後、無意識下で時間をかけて魂魄からのエネルギーを使いアストラル体を生成し、この次元に移る場合があるらしい(これが心霊現象の正体?)が、そういった場合は本人の自我は失われ、長くても数年程で消滅してしまうのだそう。
僕のようにアストラルからの干渉を受け、更にはその後すぐにアストラル体を獲得して自我を保っている事など聞いたことが無いそうだ。
ちなみに、数年前の災害も今回の地震も同じように別次元から強力な存在が召喚されたせいでアストラルとマテリアルの境界が歪み地震のような現象が起こったらしいが、それと僕が直接死んでしまうのは全くの別問題らしい。
とにかく、男性は数年前にこの最下層へと召喚された龍とその召喚者を探しており、そこへまたしても最下層に召喚された龍と、何故かその影響を受けて幽霊になってしまったのが僕 ということらしい。
「ここまででなにか分からないことはあるか?」
わからない事だらけなのでひとつだけ。
「あなたのお名前をまだ聞いていません。」
僕がそう言うと、またしても男性は大きく口を開けて笑った
「はっはっは!そうじゃったな!わしはベルク・オーガストという。 ベルクと呼ぶがいい。小僧、お前の名は?」
「では、ベルクさんと。僕は…名前はないんです。施設を点々としていた時に付けられていた名前はあったけど、あまり好きじゃなくて…」
そういうとベルクさんはまた笑った。
「そうか!それならわしが名付け親になってやろうかの!」
そういうと、ベルクさんはしばらく考えるから中で待て と石造りの不思議な形の建物の中へと僕を案内し、どこかへ行ってしまった。
この不思議な建物、見た目は変だが中は質素ながら家の内装になっておりベッドやイスまである。
ただし、全て石が素材で形…というか構造が変だ。
まるで石を削って作ったかのような継ぎ目のないかたちをしていた。
「これも術式で作ったのかな…」
呟いてみたが確認できるただ1人の相手がどこかへ行ってしまっているので返答はない。
1時間程待ったが戻ってくる気配もなく、色んなことが起きたせいで疲れていたのかベッドで眠ってしまった。
気づくと、また真っ暗な液体のようなものの中を漂っていた。
はっきりと夢だとわかるのに何故かリアルな感覚を伴う。
「まただ。これ…なんなんだろう」
言って気づく。
水中のような感覚なのに、普通に声が出る。呼吸も出来ている。
本当に不思議な場所だと思いつつ、心地良さに体を預ける。
ふと、先程も感じた不思議な温かさを感じる。
その温かさを感じる方へ進もうと体を捻る。
すると、泳ぐわけでも歩くわけでもなく体がそちらへと進んでいく。
進むに連れ、温かさは段々と強くなるが相変わらず真っ暗な闇の中で何も見えない。
温かさを放つ場所が目の前へと来たと感じた時、突如として低く大きな声が響く
「ようやく来たのか。待ちわびたぞ。」
(びっくりした……なにか居る…?)
夢だとはわかりつつも、非常にリアルな感覚の中で聞くその声はどこか緊張を覚える。
「あの…どなたですか…?」
恐る恐る声の主に尋ねてみる。
「まだ見えないか。時間が経てばちゃんと見えるようになるはずだ。」
威厳のある声に反して、どこか親しみのある話し方に少しは緊張が和らぐ。
「僕の夢の中なのにどうして居るんですか?」
「ここは夢の中じゃない。ここは…」
突然、自信が漂っていた水のようなものに流れが生じ、上へと流される。
「起きたか。」
目を開けると、ベルクさんがベッドの脇に椅子を置き、こちらを見ていた。
「ベルクさん、すみません。勝手にベッドを使ってしまって…」
「そんなもの気にするでない!そんなことより、少しお前の体を調べさせてくれんか。」
にかっと笑いながら、ベルクさんは何やら手のひらサイズの石のようなものを取り出す。
「これは鑑定の術式を増幅させられるアイテムじゃ。これを取りに行っておったらこんなに待たせてしもうた。すまんかったの。」
「いえ。それより、そんなすごいアイテムを使って何を調べるんですか?」
なーに。等と言いつつ、結局許可も出していないのにベルクさんが何やら石を手に呪文のようなものを唱え始めていた。
石を持つ手の前に、転移した時と同じような模様の円が出来たかと思えば、僕に向かって円が4つ程増え、僕に近づく毎に小さい円が現れる。
ベルクさんが呪文を唱え終わるのと同時に、僕の背後にも同じ円が1つ現れ、ベルクさんは集中するように目を閉じている。
「なんと……そういうことか……」
ベルクさんはそう呟くと目をゆっくりと開け、それと同時に円も全て消える。
「あの…なにかわかりましたか…?」
「おお、よくわかったとも。 そうじゃのう……お主の名前はクロにしよう」
「クロ?ただの、クロ?」
「ふむ…さすがに短すぎるかのう…ではクロムウェルというのはどうじゃ?」
あまり馴染みのない名前ではあるが、不思議と嫌ではなかった。
「わかりました!じゃあ、今日からクロムウェルを名乗ります!」
「…でも、どうしてクロなんですか?」
「…そのうち理解するわい。」
そう言うと、ベルクさんは不敵な笑みを浮かべていた。
ここまで読んでくださった方、ほんっとうにありがとうございます!!!
数十年間温め続けた構想をついに吐き出そうと思い執筆を始めたのですが、文字にアウトプットするとなると中々上手に表現が出来ず…
改善点等ございましたらコメントしてご指導お願いいたします!