プロローグ:桜舞う季節に
かつて、世界では常識を超えた脅威の力を持つ者達がいた。
古代イスラエルにて〝神の子〟、もしくは〝救世主〟と呼ばれ、一度は死ぬもその後復活を果たしたとされる〝イエス・キリスト〟。
同じく古代イスラエルに生まれ、民衆の前で海を割ってみせた〝モーセ〟。
神の声を聞くことが出来たと言われ、かつて〝日本の王〟とさえも呼ばれた〝卑弥呼〟。
彼らは一様にして人々から崇め奉られ、その名は現代においても忘れられることは無かった。
そして彼らがいた時代から遥か時が流れた現代においてもそのような者達が存在する。
〝超能力者〟または〝異能力者〟あるいは〝超人〟……人々はその者達をそう呼んでいるが、その者達の間ではその力をこう呼んでいる。
〝神威〟と────
そしてここにも一人、その〝神威〟を持つ者がいる。
彼の名は〝國護神羅〟────普段は高校生として学校に通っている16歳の少年である。
生まれながらにして〝神威〟を持っており、幼い頃はその力のせいで色々と苦労していた。
けれども彼の両親は恐れることなく共にその力を使いこなせられるよう、彼に寄り添いサポートをしてくれていた。
そして現在、高校生となった彼は一人の少女と相対していた。
「貴方が國護神羅?」
神羅に対しそう訊ねる少女。
神羅は訝しげな表情をしながらも、少女の問いかけに〝おう〟とだけ答えた。
すると少女は右手を胸元に当て、左手でスカートの端を僅かにつまみ上げながら軽い会釈をした。
「初めまして、私の名は〝矢神弓鶴〟……とは言っても同じくクラスなのだけれど。今回こうして貴方に声をかけたのは、あるお願いを聞いて貰いたかったのよ」
少女……矢神弓鶴の口調や動作には漂う品位が感じられていた。
それもそのはず、弓鶴は今の日本では有数の大財閥、〝矢神財閥〟のご令嬢であった。故にその所作に気品が漂うのも当然の話であった。
容姿端麗で頭脳明晰、また品行方正であり、弓道部に所属している彼女は全日本選手権大会では常連どころか、中学生の部で三連覇を果たしたほどの実績の持ち主である。
そして日本でトップクラスの進学校であり、スポーツ強豪校でもあるここ〝倭杜学院高校〟に通う同学年の生徒達からは高嶺の花として有名人であった。
そんな弓鶴に話しかけられた神羅は、彼女とは対象的ないわゆる〝日陰者〟の部類であった。
常日頃から同級生に存在を忘れられる事は茶飯事で、成績は優秀なはずなのに何故か話題に上がることすら無い。
なので教室で弓鶴が彼に声をかけたのを見た同級生達は驚きと嫉妬そして羨望の眼差しを彼に向けていたのがつい先程の事である。
そしてそんな高嶺の花である弓鶴が、同学年きっての日陰者である神羅に言い放った〝お願い〟の一言……その一言に神羅は更に怪訝な表情となり、その眉間には皺が寄っていた。
「〝お願い〟だぁ?こんな俺にいったい何のお願いがあるんですかね?」
神羅は露骨に面倒そうな態度を取ったのだが、弓鶴は何を思ったかニコリを笑みを浮かべてこう言った。
「私の許嫁になってくれないかしら?いいえ、貴方を私の許嫁に決めたと言った方が良いかもしれないわね」
「……………………………………………………はい?」
弓鶴の衝撃の一言に、神羅は自身が何か聞き間違いをしたのかと思い、暫く間を開けてからそう返した。
未だ桜が舞う日の一人の少女による告白────これが〝神威〟を持つ少年、國護神羅の数奇な人生の幕開けを告げる合図となるのであった。