災厄の顕現
コカトリス。
雄鶏の体に、ドラゴンの翼、蛇の尾を持ち、毒を吐く。
翼を広げると太陽の光が遮られ、あたりが一面暗くなるほどの巨体。
口から吐く毒息に触れた樹木が枯れ、通った後には文字通り草も残らない。
そして毒息のせいか、強い異臭をまき散らしていた。
人間でも鼻が曲がりそうなほどの臭い。
犬であるコボルトや小石丸には意識が飛びそうなほどの破壊力を持っていた。
「は、鼻が……痛い……」
特に、最も鼻のいい小石丸は涙を流してのたうち回っている。
コカトリスは、もっとも近くにいた男に蛇の尾を振り上げた。
「逃げろ!!」
カトルは叫んだ。
だが言葉とは裏腹に、彼は槍を構えなおす。
コボルトとは違う。
この魔物を放置すれば、確実に周囲の村に災禍が及ぶ。
みんなを逃がしたその後で、刺し違えてでも退ける覚悟であった。
コカトリスの尾の一振りに、男が一人とコボルトが数人吹き飛ぶ。
かろうじて全員生きてはいるようだが、圧倒的な力の差。
カトルは槍を突き出そうとするが、そもそも毒の息のせいで近づけない。
一つだけ、こちら側に有利な点があるとすれば、コカトリスはその巨体ゆえに俊敏な動きができないことくらいだった。
それでも、逃げ遅れた何人かのコボルトが、爪で引き裂かれる。
一人の男が槍を投げ、足に刺さりはするも意に介した様子はない。
(このままでは全滅だ!!)
「コボルトたち! 誰か一緒に戦ってくれ!!」
なぜ声をかけようと思ったのか、カトルにも不思議だった。
だが、コボルト達は小石丸とは会話ができるようだ。
ならば、共闘できないだろうか。
「ワオオオオオォォオオン!!!」
満身創痍の、コボルト戦士が立ち上がりカトルの横に並んだ。
先ほどまで倒れていたのだ。
すでにフラフラだったが、彼にはまだ闘志が残っているように見えた。
「お前たちもしかして、コカトリスから逃げてたのか? 魔物でも、家族は守りたい……よな。知らずに攻撃して……悪かった」
カトルの言葉を理解できているのかいないのか、分からない。
だが、コボルト戦士の青年は小さく頷いて、コカトリスに向けてもう一度強く吠えた。
「行くぞ!!!!」
カトルとコボルト戦士は意を決して、毒の息の中に踏み込んだ。
呼吸を止めて踏み込んだものの、体中の空気に触れる粘膜が激痛を伝える。
特に目が激痛で開けていられない。
だが、槍の先に確かに手ごたえがあった。
カトルの槍は、コカトリスの腹に深く刺さっていた。
腹から紫色の血が流れている。
コボルト戦士のナイフもコカトリスに傷を増やしている。
「おおおおお!!」
毒で傷み霞んでゆく目を懸命に開き、槍をさらに押し込む。
だが、それでもコカトリスは動じなかった。
コカトリスの尾のひと薙ぎで、カトルとコボルト戦士が弾き飛ばされる。
二人とも、もう動けなかった。
「ワオオオオオォォオオン!!!」
コボルト少年、キュウの悲痛な叫びが響き渡る。
『誰か、助けて!! みんな死んじゃう!!』
キュウの叫びは、届いた。
「みんな死ぬ、良くない――!!」
犬であった頃ですら嗅いだことのない異臭に、鼻が痛い。
目も痛くて涙が止まらない。
あまりの不快感に、この場から逃げ出したい。
でも。
小石丸は、転生前に神に言われた言葉を思い出していた。
――君は、助けられなかった。守れなかったんだよ。
小石丸が転生前に最後に見た映像は、血まみれで倒れる陽だった。
そして今。
肉をくれたカトルが、笑って一緒に食事した男たちが、
助けてと言ったコボルトたちが、次々と倒れていく。
「人が死ぬ、イヤだ!!!」
小石丸は地面を蹴った。
毒の息など一瞬で突き抜けて、小石丸の拳がコカトリスの腹に突き刺さる。
今まで槍が刺さっても動じなかったコカトリスの巨体が、拳の一撃で確かに浮いた。
災厄が初めて苦痛に呻いた。