老人は語る
しばしの沈黙が流れたあと、静寂を破ったのは――コボルト戦士の青年だった。
気が抜けてしまったのか、立っているのがやっとだった彼はその場に倒れてしまった。
『兄さん!』
コボルト少年、キュウが駆け寄る。
カトルを始めとした男たちは状況への理解が追い付かず、一時呆然としてしまう。
「ワオオオオォォオオン!!」
最初に我に返ったのはカトルだった。
「しまった! 囲まれている!!」
時すでに遅し、元々二~三十体はいた、コボルト達に囲まれていた。
いくら非力なコボルト達とはいえ、四方から襲われれば犠牲者が出てしまうかもしれない。
村に被害が及ばぬうちに、犠牲者など出さぬよう先手を打ったつもりだった。
見知らぬ男を迎え入れたのも、悪い人間ではなさそうだったから。
この討伐隊に参加した人間もすべて友人だし、一人も死なせたくない。
カトルは小石丸に向かって、声を上げた。
「なあ、お前は魔物の仲間なのか? 俺だちは騙されていたのか!?」
小石丸はカトルの槍を握ったまま、首を傾げるだけだった。
実際、彼に騙すつもりもなく、そもそも現状把握さえできているか疑わしい。
声に出してみたものの、カトルには不思議と騙された感覚も小石丸への憎しみも無かった。
あるのは自分が甘かった、という後悔である。
いくら弱い魔物相手とはいえ、命のやりとりをしに来たのだ。
一瞬たりとも気を抜くべきではなかった。
「ワオオオオォォオオン!!」
もう一度、コボルト達の雄叫びが響く。
今度は小石丸も答えるように「ワオオオオン!!」と吠えている。
――こうなれば、なるべく多く道連れにしてやる。
カトルが覚悟したとき、意外な事が起きた。
一人の老コボルトが歩み出て、小石丸の前に跪いたのだ。
『あなたは人間なのに我々の言葉が分かるとか。ならば我々を――助けてくだされ』
老コボルトの言葉に、返答に困る小石丸。
だって彼はこのあとカトルから“肉をもらわなければならない”からだ。
だから自分の行動を自分では決められなかった。
小石丸はカトルに向けてこう言った。
「このおじいちゃんが、助けてほしい、って?」
もう理解の外だった。
魔物は人間にとって倒すべき相手だった。
弱い魔物でも家畜や子供が犠牲になるし、強い魔物にいたっては村ごと消えることさえある。
だからこうして討伐に来た――のに、助けてほしいと。
(いや、そもそもなぜ魔物の言葉が分かる?)
魔物の言葉が分かる人間など聞いたこともなかった。
老コボルトは言葉を続ける。
『我々は元々ここから西の森に集落を作って、ひっそり生きておりました』
「にし? もり?」
『ええ、弱い魔物たちだけで暮らせるような平和な森でした』
小石丸に、話の半分も理解できているだろうか。
口に咥えたままだった骨を、またかりかりとかじっている。
『ですが、そこにある魔物が迷い込んできたのです』
「魔物。来た」
『ええ。そうです。雄鶏の体にドラゴンの羽を持ち、蛇の尾を持つ毒鳥コカトリス』
ぴくりと、小石丸が何かに反応を見せる。
少し遅れて、他のコボルト達もざわめき始める。
『コカトリスは吐く息に毒があるため森を滅ぼしてしまうこともあって、餌場を固定できません。なので我々の住んでいた森に目を付けたようなのですが――』
ざわめきはより一層強くなり、人間の男たちですら異様な空気を感じている最中、老コボルトの語りは止まらない。
『先ほど皆様と戦ったうちの孫が手傷を負わせて一度撃退したんですが、それいらい執拗に追われていまして』
少年コボルト、キュウが慌てた様子で老コボルトの袖を引く。
『爺ちゃん、ねえ……』
『孫の戦いっぷりをお見せしたかった。あいつは天才でしてな』
『ねえ爺ちゃん、ねえってば!!』
老コボルトは、強く腕を引かれてやっと気付いた。
生臭い何かが急速に近づいてきている。
もはやそれは、視認できるところまで迫っていた。
「コカトリスだ――!!!」
カトルの叫びに悲痛なものが混じっていた。
初めて見るが、その威容と脅威は有名であった。
羽を伸ばした姿は人間五人分にも匹敵し、口から毒の息を吐く魔物。
以前現れたときは、村どころか、軍隊擁する都市が壊滅しかけたそうだ。
人間や弱い魔物にとっての災厄。
それが今、空から舞い降りた。