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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ
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ボルゾイ子爵家

トーナメント表とプロットの整理で一日かけてしまいました。

文章力が追い付かない歯がゆさがありますが、三章はかなり気合をいれて書いています。

今後ともよろしくお願いいたします。

 ボルゾイ子爵家当主、ギヨーム・オンコリィ・ボルゾイは肥えた体に脂汗を滲ませながら、ワインを一気に飲み干す。

 体重が増えすぎて椅子に座るのも苦しいため、執務は全て寝室で行っていた。


「シエルにはヨーク公爵家に嫁がせて関係を強化しようと思ってたのに、ヨーク公は自滅するわシエルは盗賊に攫われるわ――儂が何をしたというのだ」


 先ほどからやけに喉が渇く。

 執事に新しいワインを開けさせ、水の様に飲み干す。


「ココも長男のくせに跡継ぎになるのを拒否して、騎士団なんぞに入りおって」


 最近、何もかもがうまくいかない。

 領民を生かさず殺さず限界ぎりぎりまで徴税し、集めた金貨は二千枚を超えた。


「金貨千枚は、シエルに持たせて公爵家に嫁入りさせ、見返りに伯爵位をもらえる手はずになっていた持参金と同じ金額ではないか。それを盗賊なんぞにくれてやるなんて」


 ボルゾイ子爵は、怒りに任せて床にワイングラスを投げ捨てる。


「ココが甘やかすせいで領民たちも最近は反抗的だ。奴らには誰が主人なのか分からせてやらんといかん」


 領民と子供は甘やかしてもいいことはないのだ。

 彼は苛立たし気に手を叩くと、声を張り上げた。


「誰か、先生を呼べ!!」


 最近ボルゾイに近づいてきた正体不明の黒ずくめの男。

 普段なら門前払いで話もきかないところを、なぜか面会に応じてしまっていた。

 そして話して驚いた。

 政治学、帝王学、軍略、果ては薬学に至るまで、その知識は多岐にわたっていて、知識の底が見えない。


 男はさほど待たずに、音もなく現れた。


「お呼びですか、子爵様」


 布で顔を隠しているせいか、地の底から響くようなくぐもった声である。


「領民と息子の奴を懲らしめてやりたいんだが、なにか妙案はないか」


 男は領主の苛立ちに毛ほども感情を乱されることなく、少しの思案の後に口を開く。


「――ココ様はどうやらシエル様を助けにケアンテリアに向かわれたとか。最近手に入れた力があります。それをお貸しするので武力でケアンテリアを落としてみては?」


「……ケアンテリアは城塞都市からも近い。途中で事が露見すれば国境警備の軍がすぐさま駆けつけるぞ」


 黒ずくめの男は、ボルゾイ子爵の言葉に――不敵に笑った。


「人間ごときに、どうにかなる戦力ではありません。どうかご安心を」


「……人間ごときだと?」


「ええ。創世の時代から存在すると言われる巨大な聖牛です。ケアンテリアであれば金貨も集まっているはず」


 ボルゾイの唾をのむ音が、やけに生々しく響いた。


「もう我慢する必要はないでしょう。全て欲望のままに――殺してしまいましょう」


 男の顔で唯一出ている双眸が、妖しく輝いた気がした。


「……ああ、そうしようか…………では頼んだぞ――カイネ」


 黒ずくめの男、羽場土海禰は必要以上に恭しく、まるで待っているかのように頭をさげ、その場を去った。


 なぜか意識が希薄になったボルゾイ子爵の手には、謎の球が握らされていたのだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 城塞都市コトン・ド・テュレアールでの闘技大会は、第三回戦も滞りなく進んでいた。


 二回戦よりはマシになったものの実録の無い貴族の子女が泥仕合を繰り広げていた。


 ハチと小石丸は、問題なく三回戦を突破。

 四回戦が始まろうとしていた。


「それでは、準々決勝第一試合を始めます! 白炎のゾルバ対鬼人ホシクマ!!」


 伝説の英雄である白狼の獣人と、暗黒大陸の鬼人の対決に、場内の盛り上がりもひと際高まる。


「白狼族の生き残りと暴力の化身である鬼人族、勝つのはどちらか!」


 体格的にはゾルバの方が一回り小さい。だが、どちらも人間離れした巨躯の持ち主である。

 どんな戦いが繰り広げられるのか、観客たちは瞬きを忘れるほど舞台に魅入られていた。


「では、試合開始です!!」


 開始の合図に、両者はゆっくり歩み寄る。

 素手のゾルバと棍棒持ちのホシクマ。

 ホシクマの方がリーチ的に有利だが、ゾルバはそんなことは微塵も気にしていないようだった。


「……ゾルバ様。聞いて欲しい」


 ホシクマは構えていた棍棒を降ろすと、突然頭を下げる。


「最近魔物たちの動きが活発。魔王様、心配。助けて欲しい」


「……なぜ俺を頼った?」


「村の長が、ゾルバ様ならあるいは、と」


 何の会話が繰り広げられているのか、誰にも分からなかった。

 ゾルバはしばらく考え込んだ後、口を開く。


「あいつを――いや。()()()を助けられるのは俺自身には無理だ。神とブルーイが動いている」


「……神? ブルーイ……様?」


「ああ。だから俺にできることは、時に備えて少しでも強い人間を見つけることだ」


 ゾルバは少し寂しそうに、自分の無力さを笑うかの様に、表情を歪めてホシクマに向けて言う。


「まあ、俺に勝てたら言う事を聞こう。抜け殻の俺で良ければな」


「ゾルバ様、一緒に村に」


「ああ。ならば――構えろ」


 ゾルバが両手を構えると同時に、ホシクマも棍棒を振り上げる。

 当たれば骨も残らないであろう剛力で振り下ろされた棍棒は、何もない地面を抉っただけだった。


 棍棒を避けたゾルバの突きが、ホシクマの腹に突き刺さる。


「……さすが鬼人族。全身が金属でできてるんじゃないのか?」


「鬼人以外の打撃で痛いと思ったのは、初めてだ」


 無造作に、ホシクマが棍棒を薙ぐ。

 一撃でも当たれば無事では済まない。

 ゾルバは即座に距離を取り、そして、寂しそうに笑った。


「お前は、肉体の強さに頼り過ぎだ。鍛錬を重ねればもっといい戦士になるだろう」


 この言葉は、ホシクマに伝わっただろうか。

 ゾルバの姿が瞬時に消え、ホシクマの足元に現れる。


 そして、彼の右拳がホシクマの顎の先を軽くかすめた。

 全ては一瞬の出来事だった。


 たったこれだけのことで、ホシクマは意識を失って崩れ落ちた。


「会話ができるということは、それだけ脳が発達しているということ。いくら首の筋肉が強靭だろうと俺の膂力で叩けば巨大な脳へのダメージは避けられない」


 ゾルバはそのまま振り返ると、控室へ向けて歩き出す。


「あいつは助ける。いや、俺がちゃんと()()()()()()()()


 誰にともなく呟いて、彼はその場を後にした。


※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「準々決勝第二試合、覆面の小兵ハチ対ボルゾイ子爵家次男リュカ・ヴィオレット・ボルゾイ!」


 ハチの試合が始まる。

 二回戦と三回戦は、あまり強い相手ではなかった。

 一回戦で受けた毒のせいで、ライカのお陰で解毒はすんでいるものの少し左腕が重い、

 だがそれも、全く問題にならないほどだった。

 

「ハチは小兵ながら驚異的な速さで敵を攪乱、危なげなく勝ち進みました」


 会場のボルテージがあがってゆく。


「対するリュカも貴族ながら一回戦から勝ち抜き、ここまで勝ち進んだ実力者。勝つのはどちらだ!」


 リュカと呼ばれた青年は、会場にこたえるように頭を軽く下げる。

 そして、木剣を正眼に構える。


「では、試合開始です!!」


 ハチは、開始の合図と同時に斜めに駆け出す。

 力のない彼には、速度で攪乱するしかない。

 隙を作るため、フェイントなども入れながら周囲を駆け回る。


「――うわ、速いですね。初めて見ましたこんなに速い人」


 リュカは、言葉とは裏腹に正確にハチの動きを捉えていた。

 剣を構えてその場から動いていないのに、全く隙が見えない。


「妹を助けなきゃいけないし、早く兄さんの右腕にならなきゃいけないので――終わらせますね」


 このままでは埒があかない。

 ハチはリュカの斜め後ろから突撃をしかける。

 上から振り上げられた一撃を避け、足払いをかけてから首筋に短刀を突き付ける――はずだった。


 上段から振り上げられた木剣は、避けたはずなのにハチの背中を捉えていた。

 あまりの衝撃にハチの動きが止まる。


「たぶん、本来二刀流の人ですよね。片手しか使えないんじゃ攻撃の選択肢も減ってしまってたでしょう」


 ハチの首筋に木剣が突き付けられる。

 あまりにあっさりと決まってしまった。

 悔しいが認めざるを得ない。


『……まいった』


 ハチの言葉は届かないが、項垂れた様子で気付いた司会者がリュカの勝ちを告げる。


「勝者、リュカ!! 準決勝進出です!」


「……勝てたよ兄さん。ああ、早く兄さんに会いたいなあ」


 リュカはうっとりと空を見上げ、恍惚とした表情で呟いたのだった。

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