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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ
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英雄ゾルバ・マルコシアス

「カシムに引っ張られて城塞都市を見て、分かったことがある」


 カトルは神妙に口を開く。

 闘技大会の会場である“コロシアム”は、街の中心に位置している上に、巨大で目立つため探すまでもなく見つかった。

 そして、親切なことに出場選手全員に宿が用意されていて、宿すらも探す必要が無かった。


 四人用の部屋を割り当てられた小石丸たち一行は、いまベッドの上で会話をしている。


「この街は、白炎のゾルバに頼り切ってる節がある」


 まず、街を歩けば“ゾルバグッズ”が数々売り出されていた。

 子牛のステーキ“白炎焼き”、極東の菓子を模したお土産“ゾルバまんじゅう”、“ゾルバの彫像”にゾルバの顔を模した“ゾルバパン”、果ては“白炎のひげ”なんて飴細工まで売り出していた。


「この街の警備が緩い理由も、ゾルバがいる街に攻めてくる命知らずなんかいない、という過信が元になっているらしい」


 もちろん、長い歴史の中で隣国と戦争になったときは攻められることもある。


 ただ、この緩み切った軍隊をもってしても撃退できてしまうほどに、白炎のゾルバ一人の力が大きすぎるらしかった。


「十年前にアイポロスという商会が闘技大会を仕切ることになって、それと同時にゾルバが出るようになったらしいな。それから大会が盛り上がって祭りにまで発展したらしいな」


 千年前の建国神話に登場する、英雄王ジョン、白炎のゾルバ、慧眼のブルーイ、天変のソロモン。

 ジョンとブルーイが人間で、ゾルバが白狼、ソロモンがエルフ。


 全知のブルーイの姓が『アイポロス』であった。


 教育を受けていないカトルですら知っている、親から子に語り継がれるこの国の英雄たちである。

 まさか、ここに来て伝説の人物の名前を二人も聞くことになろうとは。


「人間のブルーイが千年生きてるとは考えられないが、獣人も千年生きられる種族じゃないんだよな」


 英雄王ジョンはすでに亡くなって、墓も王都にある。

 ソロモンはエルフなので生きていてもおかしくはないが、話は聞かない。

 今でも名前を聞くのが、唯一ゾルバだけだが、獣人も人間とさほど寿命が変わらないはずである。


「そもそも獣人は滅んだ種族だからな――って寝ちゃったか」


 真面目な話になると眠くなる小石丸が、いつの間にかベッドの上で丸くなって眠ってしまっていた。

 その隣で、ライカも可愛い寝息を漏らしていた。


「……俺たちも明日に備えて寝るか」


 カトルの言葉に、唯一話を聞いていたハチが頷く。


「まあ、備えたところで英雄に勝てる気はしないけどな」


 明日は闘技大会だというのに、不思議と緊張も恐怖も無かった。

 ただ、子供の頃憧れた英雄に会える高揚感だけが胸を包んでいたのだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「さあ、第二百十五回コトン・ド・テュレアール闘技祭開幕です!!!」


 主催者らしき男の声に、コロシアム内が歓声に包まれる。

 選手には、それぞれ個室の控室が与えられていて、他の選手とすれ違う事すらなかった。


「本日の参加者は、四十一名! 最大六回戦のトーナメント方式となります!」


 カトルは、闘技場の舞台の上で思った。


「さあ、第一試合!! ユナヴィル村の村長の息子、カトル!!」


 魔物討伐に出て厄災のコカトリスに会い、薬草採取をしようと思えば暴虐の化身オウルベアに遭遇。


「対するは!! 白狼族唯一の生き残り、英雄、白炎のゾルバ!!!!!」


 そして、大会に出れば――相手はいきなり英雄である。


「ははは、これはいっそ清々しいくらいに――運がいい」


 そう。小石丸に付いて旅に出たのは強くなるため。

 ならば、最強と戦わずしてどうする。


 目の前には話に聞いたとおり、白く燃える炎の様に美しい毛並みの獣人が立っている。


 身長は小石丸より少し高いくらいだろうか。

 しかし、その身から放たれる威圧感が、より大きく見せていた。


 コカトリスもオウルベアも、巨大であり特殊な力を持った暴力そのものだった。


 しかし目の前の英雄は――磨き上げられた剣の様な、研ぎ澄まされた武そのものとでも言うべき威圧感を放っていた。


「武器は使用可ですが、相手を殺してはいけません! 相手を気絶させるかまいったと言わせたら勝ちです」


 カトルは、槍を握りしめる手に力をこめる。

 あの巨大なオウルベアを貫いた槍である。


「一撃くらいは入れてみせる!!」


 槍を構えるカトルに対し、ゾルバは腕組みをしたまま直立していた。

 コロシアム内に渦を巻く風が、彼の体毛をゆらゆらと炎のようにゆらしている。

 歴戦の勇士である英雄の感情は、まったく読み取れなかった。


「では、第一試合開始!!」


 主催者の男の叫びと同時に、ゾルバに向けて走り出す。

 ゾルバは腕組みをしたまま、カトルを観察していた。

 カトルの槍が、ゾルバに届かんとする瞬間だった。


「……やはり、人間に期待するのは無駄じゃないのかブルーイ」


 ゾルバは、体をひねるだけで簡単に槍を躱すと、目の前から姿を消す。


「は、速すぎる!!」


 避けた動きも、その後の移動も、ほぼ見えなかった。


 カトルの腹に、重い一撃が入る。


「がはっ」


 どうやら殴られたらしい――ということしか分からなかった。

 腹から激痛が走り、意識が飛びかける。


 だが、辛うじて踏みとどまった。


「……む。手加減しすぎたか?」


 ゾルバの呟きに、カトルは気付いたことがあった。

 さっきの一撃は意識を刈り取るのに十分な重みがあった。

 カトルが立っていられたのは、ほんの少しだけ、打撃に意識が備えられたからである。


(動きが――なんとなくカシムに似てる?)


 なぜかは分からない。

 圧倒的にゾルバの方が速いし動きも洗練されているように思う。


 ただ、肉体の使い方というか、動きの根本がどこか似ていた。


 カトルは無意識に一歩後ろに下がる。

 先ほどまでカトルの顎があった場所を、ゾルバの拳が正確に通り過ぎる。


「ほう、これを避けるか」


 動きが見えてはいないし、読めてるわけではない。

 ただ、小石丸ならこう来るだろうという予想のもとで、体が勝手に動いたに過ぎない。


 もう一度同じことをやれと言われても無理だ。


「でも……十秒は経ったぞ」


 最初の腹への一撃で、すでに足はほとんど動かない。

 反撃を入れられる気もしない。

 でも、英雄相手にまだ立っている。


「ふっ、はははは。人間に二度の攻撃で勝てなかったのは久しぶりだ。侮っていたことを謝ろう」


「ははは……一撃くらいは入れてやる…………!」


 一回戦でいきなり英雄に当たったことは不運ではない。

 どうせ相手は人間など一撃で倒せる怪物。

 ならば、万全な状態で当たれたことを喜ぼう。


 すでにふらふらな足を叱咤して、カトルはゾルバに対して真っすぐに駆け出す。

 運を天に任せての特攻――ではない。

 さっきから二度連続で、ゾルバは左に避けて右手の一撃を放っていた。


 もう一撃くらえば動けなくなるし、どうせ動きもほぼ見えない。


 今出せる全力で駆け寄って、槍を突き出す。

 当然、避けられるが想定内。


「ここで槍の柄で右に薙ぐ!」


 予め緩く握っていた右手の部分を瞬時に持ち替え、棒術の要領でゾルバがいるはずの右側を全力で払う。


――だが。


「ふむ。狙いは良いが分かりやす過ぎだ。経験が伴えばいい戦士になるだろう」


 ゾルバは確かに右側にいた。

 だが、全力で振った槍の柄を、片手で受け止められてしまった。


「青年、名前はなんと言ったか」


「……カトルだ」


「カトル。お前の健闘を称えよう」


 ゾルバは左手で槍の柄を掴んだまま、いっそ優しさすら湛えた瞳で、右手を突き出す。

 彼の右手は正確に顎の先を射抜き、カトルは意識を手放したのだった。

今日で、目標だった一か月の毎日投稿が達成できました。

初期のプロットでの想定よりも多くの登場人物に恵まれながらの三十一日。

楽しく続けられたのは皆様のお陰です。


毎日投稿を優先してしまったおかげで、見直しが十分じゃない部分も多々あると思うので

一度どこかで一話からちゃんと見直して、できるだけ毎日投稿を継続したいと思います。


ここまで読んでいただいた皆様、ありがとうございます。

今後ともよろしくお願いいたします。

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