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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ
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魔女の依頼とバゲットのおいしさ

魔女は残り香すらも消し去って、煙のように消えてしまった。


「今のが魔女……」


 カトルが呆然と呟く。


「もう何十年も前からこの町にいるらしいと聞いてたから、老婆だと思ってたが……」


 何歳と言われても信じてしまいそうな、不思議な美貌を思い出しながら呆然とするカトルの言葉に、ハチとライカが大きく息を吐く。

 まるで、呼吸を忘れていたかのように息が荒い。


『なあ、ライカ。今の“魔女”なにか感じなかったか?』


『……懐かしい感じがしたのよ。あと……逆らえない怖さも』


『威嚇されてるわけでもないのに、怖かった。まるで魂そのものを握られてるかのように』


 ハチとライカは、自分の頬に汗が浮かんでいるのを感じた。

 死の恐怖ではない。

 どちらかといえば、巨大な樹木や山などを壮大なものを見た時の畏怖に、感覚は近かった。


 何もかもを見通すかのような瞳。

 色素の薄い肌と髪。

 天から響くような涼やかな声。


 全てが、現実感を喪失させていた。


 美貌に呆けてしまったカトルと、畏怖で動けなくなっているハチとライカはしばらく動けなかった。

 ただ一人、小石丸だけが何も変わらず走り回っていた。


「パン! 買いに行こう!!」


「あ、ああ。そうだな……」


 気付けば周囲の音も、通行人も復活していた。

 やはりなにかを仕掛けられていたのかもしれない。


「……とりあえず、バゲットでも買って帰るか」


 焼きたてのバゲットは中身がふわふわ、外はカリカリで香ばしく、小麦の香りが生きた美味しいものだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 翌朝。

 魔女からの手紙が届いた。


「魔女様からの手紙が本当に来た……すごい忙しい方なのに」


 昨晩、カトルから事情を聞いていたコロは本当に連絡が来たことに驚きつつも、手紙を小石丸に渡そうとする。

 だが誰も受け取らなかった。


「どうしたんです? 依頼が書いてあるんですよね?」


 コロの当然の疑問に、なぜか全員目を反らす。


「……文字読めないんだよ。名前くらいならぎりぎり読めるが……単語の意味が分からん。カシムはどうだ?」


「字、読めない!」


 人間のカトルが読めなければ、もちろん魔物であるハチとライカも読めない。

 元柴犬の小石丸に至っては、文字を読もうとしたことさえなかった。


「あ、なるほど。そうしたらボクが読みましょうか」


 コロも忙しくしていたはずなのだが、作業の手を止めて丁寧に封筒を開いてゆく。


「えっと……『城塞都市コトン・ド・テュレアールの闘技大会に参加して、準優勝してほしい』と書かれてますね。報酬は占いの優先権」


「闘技大会で準優勝? 優勝じゃなく?」


「はい。準優勝して賞品を持ち帰れとも書かれてますね」


「準優勝の商品? それが目当てか?」


「うーん、でもあそこの準優勝の商品って……」


「貴重なものなのか?」


「いえ。お肉です。ラクダの」


 肉、という言葉に小石丸の耳がぴくりと動く。


「ラクダの肉が食べたい……とかじゃないよな?」


「さあ。でもラクダの肉なら市場で買えるんですよね。それを知らない魔女様だとは思えないですし……」


「……まあ、行ってみるしかないか」


「そうですね。魔女様が優先的に占いをしてくれるなんて聞いたことがないですし、このままだと三か月待ちですからね」


 コロとカトルの会話にハチが頷く。

 小石丸とライカは、真面目な話になると眠くなる病に罹患しているらしく、ソファの上でウトウトし始めていた。


「ただ……城塞都市の闘技大会って最初は戦意高揚の為に始まった祭りなんですが、今では国内外の猛者が集うかなりレベルの高い大会だと聞きます」


「そんなに大きな大会なのか?」


「ええ。去年の準優勝者は王国の副騎士団長ココ・デッドネトル・ボルゾイ。一昨年の準優勝は隣国フェリス神聖国の近衛隊長にまで上り詰めたミケーレ・デ・スコティッシュ。その前の準優勝は――」


「ちょっと待て。去年と一昨年の“準優勝”? 優勝者はどうしたんだ?」


「優勝は毎年同じヒトなんです。ここ十年ずっと」


「……十年連続、それほどの猛者たちを退け続けてるのか?」


「もはや伝説的なヒトですよ。聞いたことありませんか?」


 コロは魔女からの手紙を丁寧にたたみ、封筒へとしまう。

 そして、勿体付けるように、ゆっくりと言った。


「以前、千体の魔物に襲われた()()()()を一人で守った英雄、ゾルバ・マルコシアス」


 カトルが、驚きのあまり凍り付く。


「……待て。それって白炎のゾルバか? お伽噺の英雄だぞ。しかも確か――人間じゃないよな?」


 驚くカトルを見て満足そうにコロは頷く。


「その白炎のゾルバです。彼は――白狼の獣人です」



――白炎のゾルバ。白い毛並みの美しさと、烈火のごとき戦いぶりを評して『白炎』と名付けられたその英雄は、王国内の少年たちのあこがれの存在でもあった。


「獣人にも関わらず、初代王との約束を果たすため城塞都市に留まる生ける伝説・ソルバ・マルコシアス」


「……その彼が、なぜ闘技大会に?」


「分かりませんが、十年前から参加し始めたようです。お陰で毎年の参加者が減ってしまっているとか」


「参加者が減る? 英雄が出てるのに?」


「……強すぎるそうです。ゾルバと当たった対戦相手は十秒と立っていられないそうです」


 なるほど、とカトルは頷く。


「なので、普通の人間には準優勝も厳しい気がします」


 魔女の「準優勝せよ」という依頼は、ソルバには勝てないだろうから、その上で最上位を狙ってこいという意味なのだろうか。


 どれだけ強くても、人間が獣人にはかなわないとされている。

 そのうえ、獣人でも最強格とされる英雄『白炎のゾルバ』。


 トーナメントで当たるのが早ければ準優勝は不可能に思われた。


「……まあ、行くしかないよな」


 ここで考えても結論は出ないし、そもそも行かないという選択肢は取れそうにない。


「それに、カシムなら――やってくれそうな気がするしな」


 急に名前の出た小石丸が、呼ばれたと勘違いしたのか、急に立ち上がる。

 彼の膝枕で寝ていたライカの頭が、ゴトンと重い音を立てて床に落ちた。


「カシムだけに任せないで、俺たちもやれるだけやってみるさ」


 カトルの言葉に、ハチも立ち上がって頷く。


「じゃあ、次の冒険は闘技大会だ! 全力で戦うぞ!」


 最近、自分の非力を嘆いていたカトルとハチ。

 そして、最愛の主人を護れなかった小石丸。

 相手は強さの象徴、英雄ゾルバ・マルコシアス。


「やるぞおおおお!!」


 カトルは、弱気の心を吹き飛ばすため腹から全力で叫ぶ。


 それに呼応して、ハチと小石丸も同時に叫んだ。


「ワオオオオオォォン!!」


「…………わおおん?」


 きょとんとするコロに、そういえば自己紹介もしていなかったことに気付いたカトル達なのであった。

ほぼ説明回になってしまいました。

次回、城塞都市へ向かいます。

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