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初めての人間としての世界

「よし、それじゃ今から君を人間にしてあげよう」


少年神の言葉に呼応して、柴犬(小石丸)の体が光に包まれる。

メキメキと音を立てながら、小石丸の足が、体が、徐々に巨大化してゆく。

自分の肉体が急変していく違和感に戸惑いながらも、不思議と嫌な気分はしない。


一分は経ったろうか。


小石丸は、金髪の美青年へと変化を遂げた。


「犬の二歳って人間でいえば二十歳前後だって言うから、大体それくらいの年齢にしといたよ」


と、神。


「それと、ここからが重要なんだけど――嗅覚や聴覚なんかの人間より犬の君のほうが優れてた能力は元通り使えるようになってる。ただ、一部人間のほうが優れてる部分は人間に合わせておいた。慣れるまで違和感があるかもしれないけど、君ならその体を使いこなせると信じてる」


まず、視界が明るい。

犬のままのときは黄、青、グレーしか見えていなかったのに、人間の資格は色彩豊かで少し眩しい。


「――じゃあ、陽くんと同じところ(・・・・・)に送ってあげるから、あとよろしく!」


何かを隠すように、少年神は小さく右手の指を振る。


と、小石丸の視界が光に包まれた。




※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


草原。


小石丸に与えられた語彙力の中から、この言葉が出てくる。

一面の草。草。草。


都会で生まれ育った小石丸には記憶にないほどの、強い草の匂いが鼻を刺激する。


「へっくし」


一面の景色の鮮やかさに圧倒されているうちに、なぜだかくしゃみが出た。


「陽くんのにおい……ない……」


同じところに送ってくれると言っていたのに、匂いすらしない。

嗅覚に関しては犬であったころと変わらず、鼻の形状の違いのせいか、むしろ多くの空気を取り込めるため、周囲の匂いは以前より鮮烈に感じられるくらいだ。


なのに匂いが感じられないということは、恐らく――


「近くには……いない……?」


生来深く考えるのが苦手な小石丸。

今この場で強く感じられる匂いは、草の香り以外にもう一つあった。


「おなかすいた!」


肉の焼ける匂いである。

あまりに美味しそうな匂いに、人間になったばかりの小石丸の腹がぐぅと鳴る。


匂いのするほうに歩くと、程なくして人間の男の集団を見つけた。


彼らは十人ほどの集団で、全員が武器を持っている。

しかし、殺伐とした空気はあまりなく、どこか楽しそうですらあった。


男たちは急に現れた金髪の美青年(小石丸)に一瞬警戒したものの、すぐに警戒を解く。


「なんだ兄ちゃん、志願兵か? ん、よく見たら丸腰か」


「肉……欲しい……」


今井家のしつけはちゃんとしていたため、ご飯をもらう前には必ず『良し』と言われるまで待つことが習慣になっていた。


しかし、目の前で焼かれている肉の匂いに(よだれ)が止まらない。

それを見た男たちは笑って、一人の男が良く焼けた肉を投げてよこす。


「俺たちこれから魔物討伐に行くんだが、兄ちゃんガタイもいいし一緒に行かねえか? 少しはお礼も出せるぞ」


肉を投げてよこした男を見ると、一人だけ少し身なりがいい。

皆がその男にだけ敬語で話しているところを見るとリーダーだろうか。


――なんてことは小石丸には分からない。

ただ、手渡された肉を見て、食べていいものか逡巡しているだけだった。


「肉……食べていい?」


小石丸の言葉に、リーダーの男は一層笑って頷いた。


小石丸は肉にかぶりついた。


「肉、おいしい!!?」


人間になった影響、その二。

味蕾の数と感度が人間のほうが格段にいいため、肉の味がより繊細に分かる。

今井家でも陽たちはよく美味しそうに食事をしていた。

人間はこんなにも美味しいものを食べていたのか。


感動とともにかじりついていたら、肉は一瞬にして消えた。


「ははは、よほど腹減ってたのか。魔物討伐手伝ってくれるなら肉をもっとやるぞ?」


「まものたおす!」


小石丸は、初めて人間として食べた肉のあまりの旨さに、なけなしの理性は吹き飛んで二つ返事で討伐の手伝いを申し出るのだった。

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