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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
犬は三日飼えば三年恩を忘れぬ
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商業都市の魔女

 商業都市ケアンテリアの朝は早い。


 夜が明ける直前には、南にある港町ウィペットから魚を卸す商人たちで市場が賑わう。

 賑わう市場に集まる人々を目的に、早くから食堂や露店なども店を開いている。


 カトルは、まだ外も暗い早朝に目を覚ました。


 竜の血の池の水を飲んだせいか、それとも七時間走り続けたせいか、三日間高熱にうなされたカトルとハチは、ライカの看病――と小石丸の応援の甲斐あって復活した。


 ベッドが二つ並んだ部屋で、隣にはハチがまだ眠っていた。

 表情が楽そうになっているから、もう彼も大丈夫だろう。


「んん、カトル、起きた?」


 カトルのベッドの足元に、突っ伏して寝ていた小石丸が目を覚ます。


「ああ、カシムもそこにいてくれたのか。済まないな」


 ライカは、と見るとハチのベッドの横に置いてある椅子に座って眠っていた。


「すぐにでも魔女のところへ行って“ヨーくん”を探したかっただろう?」


 カトルの問いに、小石丸は首を横に振る。


「カトルも、大事! それに、コロ言ってた。魔女、予約? いっぱいって」


「……そうか」


 薬や水を飲ませてくれるライカの後ろで、右往左往する小石丸を、高熱にうなされる遠い意識の中で見ていたのを思い出す。


 陽くん陽くんと、主人の心配ばかりしていた小石丸(カシム)が、いままでは一瞬たりとも落ち着きの無かった彼が、カトルとハチの為に歩みを止めていた。


 申し訳なく思いつつも、嬉しくなってしまったカトルは照れ隠しの為に頬を掻き、早口に話題を振る。


「魔女の予約、どれくらい先になるか聞いたか?」


「三か月?」


「金貨十枚払って、占って欲しい人間がそんなにいるのか」


 噂では、魔女は人から遺失物の発見、果ては未来予知なんかもするらしい。

 金貨十枚は農民であるカトルにとってはまず手にすることのないほどの大金だが、それでも占って欲しい人間は絶えないのだろう。


「三か月は長いな。何か他に手を考えてみるか?」


 いま懐には金貨が十枚ある。

 贅沢しても、何年かは働かずに旅を続けられる金額である。

 ただ、手掛かりが一つも無いため、闇雲に探しても見つかる可能性は低いかもしれないが……。


 ふと、カトルの腹の虫がぐぅと大きめに鳴った。

 そういえば、寝込んでいた三日間、スープくらいしか飲んでいない。


「……いったん朝飯でも買いに行くか」


「ご飯! 行こう!!」


 小石丸の元気な声に、ハチとライカも目を覚まし、四人で早朝の街に繰り出すことになった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「あ、カトルさん、ハチさんお目覚めですか。もう体調は大丈夫ですか?」


 妙にやつれたコロが、声をかける。


「コロ、お前が大丈夫か?」


「へへへ、天碧華花を売るのにジョーヌ伯父のジョーヌ商会の伝手だけでも足りなくて、オークションに出したりするんですが、なにせ伝説級のシロモノなので本物であることを証明する鑑定書を作ったり――と、いろいろ忙しくて」


「……いまから朝飯でも買いに行こうかと思うんだが、何かいるか?」


「あ、ではパンを……聖堂の向かいのパン屋さんが美味しくて早くからやってるので」


 コロはそう言うとカトルに向けて銀貨を一枚投げてよこす。


「まだ天碧華花も売れてないんだろ? 銀貨なんてあったのか?」


「食事もせずに働くボクを見て、ジョーヌ伯父が見かねて置いてったんですが……仕事が楽しすぎて食べるの忘れてました」


「三日も飲まず食わずにか?」


「あ、いえいえ。ボク体力無いんで初日の数時間で倒れたんですが、カシムさんがくれた水を飲んでたら急に元気になりまして」


「……その水、この世の物とは思えないほどに旨い――青い水じゃないか?」


「そうですそうです。お陰で三日三晩不眠不休で働けてるので助かってます。あれはまた、どんな霊薬なんですか? 落ち着いたらあれも売りに出しましょう」


 竜の血の池から採った水――と言うのはやめておいた方がいいだろうか。

 次に看病しなきゃいけないのはコロだろうな、と思いながらカトルたちは商会を出た。





 商会の外はまだ朝もやが残っているほどの早朝で、空気も刺すように冷たい。

 東の方では、まだ朝焼けが綺麗に空を赤く染めていた。


 パッツィ商会があるのは職人区域のため、朝の早い職人たちはすでに活動を始めているようで、まだ薄暗い時間だというのにあちこちから住民たちの活動音が聞こえる。


「ひとまず、コロの言ってた聖堂の方に行ってみるか」


 カトルの言葉に、小石丸は三日ぶりに外に出れた喜びを爆発させるように走り回りながら「うん!」と元気よく返事を返す。


 ハチも小さく「ワン」と同意を示すように吠えた。


 職人区域と商業区域を隔てる川にかかる橋を渡り、この町で最も目立つ巨大建造物である聖堂を目指す。

 町のどこにいても見える聖堂の鐘塔を目印に彼らは歩みを続ける。


 コロ曰く、商業都市ケアンテリアの建物はすべてこの聖堂を中心に作られていて、魔女の館も、コロの両親と妹の仇であるノワール商会の本店も、聖堂前の大広場に面した場所に建っているそうだ。


「聖堂前に店を構えられるなんて、これから行くパン屋はよほど繁盛してるんだろうな」


 久しぶりに食べるパンの味を想像しながら、カトルは誰にともなく言う。


「ああ、あそこのパン屋は本当に美味しいよ。おすすめはバゲットさ。是非食べて欲しいね」


「バゲットか。一度王都のパン屋のバゲットを食べたことがあるんだが、硬すぎて歯が欠けるかと思った」


「ははは。ケアンテリアのバゲットは老人でも美味しく食べれる絶妙な硬さなんだ。この町の住民の間では、あの店のバゲットが食べられる顎の力を失ったら引退すべき――と言われるほどの旨さだよ」


「…………ん?」


 朝から活気のある町――だったはずが、いつの間にか周囲の音が消えていた。

 そして、なにより、ハチとライカは人間の言葉が話せない上に、小石丸(カシム)は基本片言である。



――自分はいま、誰と話しているんだ?



 カトルは、声のする方を振り返る。


「やあ、おはよう。私が君たちの会いたがっている――魔女だよ」


 そこには透けてしまいそうなほど白い肌に、薄い白金色の髪を短く整えた美女が立っていた。


「面白い予知を見て会いに来てみたんだけど、これはまた面白い組み合わせだ。人間とコボルトとアルラウネ。それに君は――」


 魔女は、すらりと伸びた手足をまるで舞うように優雅に動かし、小石丸の頬に手を添える。


「本当に珍しい魂をしてるね。(トト)の奴がなにか企んでるのかな?」


 カトルには、魔女が何を言っているのか理解できなかった。


 ただ、その優雅さに、妖しいまでの美しさに、見惚れてしまって声も出なかった。


「人間がカトル、コボルトのハチ、アルラウネのライカ。それに君が()()()くん」


 劇を見ているような、夢の中にいるような現実味のなさで魔女は歌うように話す。

 完全に魅入られて、四人は身動きすらできなくなっていた。


「君たちを見込んでお願いがある」


 魔女は白金色の髪を揺らして、四人の顔をゆっくりと見回す。


「小石丸くんたちはパッツィの冒険者だよね。明日私から直接依頼を入れるから、少し待っててくれないかな」


 気付けば朝もやも消えかけ、空が明るくなってきた。

 と、同時に魔女の姿もだんだん朧げになり、ついには声しか聴こえなくなった。


「その依頼、こなしてくれたら教えてあげる。()()()くんが、どこにいるかを」


 彼らは、違和感に気付いていなかった。


 魔女の言葉は、ここの四人全員に伝わっていた。


 その言葉は、カトルの使う人間の言葉とは違うのに、全員の耳に意味が伝わる言葉だった。



 それはまるで、魔物と人間、双方と同時に会話できる小石丸と同じく、不思議な力を湛えた言葉であった。

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