it's always darkest before the dawn―前編―
長いので前後編に分けました。
久しぶりの今井陽編です。
――あらゆる人は、死に向かって生きている。
なんていうのは、仏教の言葉だったっけ。
今井陽は、雲一つない空を見上げ、そんなことを考えていた。
今彼は、大量の武器を持った男たちに囲まれていた。
叫ぶ植物を引き抜いてから、しばらく当てもなく歩いた。
今の状況になったのは、街道らしき整備された道を見つけ、安堵した矢先だった。
「姉御! なんか身なりのいい子供がいやす!」
明らかに堅気ではない雰囲気の男たちだ。
少なくとも、現代日本でこれほど絵にかいた“盗賊”という連中を見たことがない。
少し離れたところでは奪って来たらしい馬車の中に貴族の子女と思わしき少女が口を塞がれて泣いていた。
転生した先で、もういきなり死ぬのかな。
陽は情報過多で、頭が働かなくなっていた。
「なんだい、また子供かい?」
姉御と呼ばれた女性が近づいてくる。
――大きい。
身長百四十センチの陽が見上げると、首が痛くなるほどである。
きっと二メートルは超えている。
皮の胸当てと、巨大な剣を携えた彼女は不思議そうに陽の顔を覗き込む。
「男か女か分からん子だねえ。あんたなんでこんなところに?」
なんて説明すればいいんだろう。
一度死んで異世界転生でやってきました?
魔王を倒すため?
「……死んだんです」
かろうじて、陽の口から出たのはこれだった。
「死んだ? 親がかい? それとも従者が?」
陽は自分の身なりを見直す。
散歩を急かす小石丸につられて、制服のまま出てしまっていたんだった。
そのせいで、貴族の子女だと思われているのかもしれない。
「姉御、こいつの服も高そうだ。身ぐるみ剝がしますかい?」
見るからに下っ端、という男が陽を舐めまわすように見る。
目が怖いので、もしかしたら女だと思われているかもしれない。
「………………」
陽は、なにを話していいのか、分からなくなっていた。
何を話せば生き残れるのか。
でも、両親も飼い犬の小石丸もいないこの世界で、生きることに意味はあるのだろうか。
「なんだい黙っちまって。そんなにアタシが怖いかい?」
にやにやと楽しそうな笑みを浮かべながら、巨大な女性が陽を見下ろす。
もう一度死んだ身だ。怖いけど――思ったことを言おう。
もう、考えるのも億劫だった。
陽は、女性の瞳を見つめると――言った。
「可愛いと思います。熊みたいで」
動物園で、熊を見るのが好きだった。
明らかに巨大な体をしてるのに、仕草はどこか子供っぽくて。
でも熊同士でじゃれ合う姿はとても豪快で。
愛くるしいのに人間離れしている姿が好きだった。
今目の前にいる巨大な女性は、失礼ながらその熊にしか見えなかった。
「コイツ! 姉御になんてことを――!!」
最初に声をかけてきた下っ端が、陽の胸倉をつかむ。
ふと、男の持つ槍の穂先が陽光を反射してきらりと光る。
刺されたら痛いだろうな、それに、大人にすごまれるのはやっぱり怖い。
でも、もうどうしようもないじゃないか。
陽は観念して目を閉じた。
良くても殴られるだろう――そう思った時だった。
「ぷっ、あはははは。面白い子だねえ」
頭上から、豪快な笑い声が降ってくる。
「安心しな。アタシは子供と殺さないよ!」
とても楽しそうに、女性は目を閉じたままの陽の背中をばしばしと叩く。
もうすぐ中学二年生になるはずだった陽には「子供」と言われることは複雑な気持ちではあったが、とりあえず生き残れはしそうだった。
「あんた、名前は?」
目を開くと、女性の顔が目の前にあった。
豊かなブロンドの髪に、青い瞳がぎらぎらと輝いて見えた。
陽は、ゆっくり口を開いて答える。
「陽。今井陽……です」
「イマイ・ヨー? ヨーク公か……なるほど」
「え?」
何かを得心したように頷く盗賊の女。
「全て分かったよ。あんたがこんなところに一人でいた理由が」
僕が分からないんですが――と反論する間もなかった。
「この国の東の果て、ヨークシャーテリア公爵領でクーデターが起きてヨーク公が失脚したんだけど――あんたその遺児だね?」
「え、ヨーク公? そもそも“陽”はファミリーネームじゃないん――」
「皆まで言うことないよ。身分を隠したいんだろ?」
とにかく話を聞かない女性である。
「今のヨークシャーテリア公爵領は、クーデターのせいでめちゃくちゃになってると聞く。だからあんたを公爵に戻してやるよ」
女性は、大きな胸を強く叩いて、陽にウィンクをする。
「この義賊アルサシアン一家を率いるアルサ様がね!」
「義賊!? いやそもそも僕貴族じゃないですよ!?」
巨大な盗賊の女性――アルサは巨体を揺らして豪快に笑った。
そして、陽に対して耳打ちをする。
「細かいことはいいのさ。そういうことにしておいた方がうちの奴らも丁寧に扱ってくれる。どうせ――行くとこないんだろ?」
陽は、頷くしかなかった。
「よし、あんたは今からマイ・ヨークだよ! よろしくなマイちゃん!」
「一応男なんでマイちゃんは……いえ、よろしくお願いします」
この世界に、陽が頼れる人間はいない。
まだ中学生であった彼には、一人で生きていける自信は無かった。
この出会いが何を齎すか分からなかったが、今は身を任せるしかない。
アルサは頭を下げた陽に満足そうに頷くと、振り返って男たちに言った。
「野郎ども! この子はヨーク公の遺児、マイ・ヨーク! これからうちで預かるから丁重に扱うんだよ!」
男たちは、同時に「へい!!」と頷いている。
この盗賊の頭目は何を考えているか分からない。
だからこれからどうなるか不安もある。
義賊と言っていたのも信じていいか分からない。
「よし、うちで預かるからには――働いてもらうよ。あんた育ちは良さそうだから読み書きか計算はできるかい?」
「読み書きは――分かりませんが、計算はできると思います」
「よし。じゃあ帰ったらうちの金庫番を任せる」
「……え、いきなり?」
「うちの野郎どもは馬鹿ばっかりだからね! 任せたら一瞬にして無一文さ」
アルサはまた、豪快に笑う。
いままで意識したことは無いが、器の大きい人間というのはアルサの様な人間のことを言うのだろうなと陽は思う。
「…………頑張ります」
「よし、じゃあ馬車に乗りな。――おっと、先客がいるけどそこ娘には手を出すんじゃないよマイちゃん」
馬車に乗ると、陽と同世代くらいの女の子が口輪をされて怯えた表情で陽を見る。
「さっき手に入れたボルゾイ子爵令嬢だ。たんまり身代金貰うから、その子の世話もマイちゃんに頼むよ」
助けて欲しいと目で訴える少女に、陽は黙ってうつむくことしかできなかった。
『身代金』という言葉に、陽は確かに盗賊団の中にいるのだということを実感したのだった。




