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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
煩悩の犬は追えども去らず
24/35

冒険者、柴犬

キリのいいところまでと思ったら、普段以上に長くなってしまいました。

お時間のある時に読んでいただけると嬉しいです。

いいね、や、評価等もありがとうございます。

 冒険とは、(けわ)しきを(おか)すと書く。

 危険を厭わず困難に立ち向かい、望むものを得る。


 冒した危険の重さと、成果の華々しさで評価を得る――それが冒険者である。


 ――はずなのだが。


「薬草採取?」


 あまりに簡単そうな依頼に、拍子抜けするカトルとハチ。


「ええ。『竜血草』ってご存じですか?」


 小石丸は首を傾げ、カトルとハチは首を横に振る。


「本当に貴重な薬草で、煎じて飲めば毒消しにもなり、精製して傷に塗ればたちどころに治します」


「それを集めて欲しいと?」


「はい。本当はアルラウネを捕まえて欲しいんですけどね。知ってます? 頭に草が生えてる人間の姿をした魔物なんですけど、体をすりつぶせば不老不死の妙薬になると――」


 寝ているはずのライカの体がビクッと動いた。


「一体で金貨千枚にも匹敵すると言われてますが――さすがに伝説上の魔物なので見つけるのすら無理だと思います」


 小石丸が、じっとライカを見つめる。

 ライカの頬から、汗がだらだらと流れているのが見て取れる。


「まあ、次善の策で『竜血草』です。非常に希少な薬草ですし、一日で見つけられるとは思ってませんからゆっくり探してください」


 カトルとハチが頷くと、ライカの冷や汗も止まったように見えた。

 小石丸は、まだじっとライカを見つめていたが、たぶん何も考えていない。


「あ、『竜血草』の現物は手元にないので、明日にでも市場で確認してきてくださいね」


「分かった。そうしよう」


 カトルが頷くと、コロも満足そうに笑みを返して立ち上がる。


「さて、今日は食事をして寝るとしましょうか。明日から働いてもらいますよ」


「うん! ごはん!!」


 先ほどまではほぼ会話に参加しなかった小石丸が「食事」の言葉に元気よく反応した。

 廃墟のようなパッツィ商会の部屋の中が、温かい笑い声に包まれた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 パッツィ商会の一室に泊まった一行は、市場に向かうために商会を出る。

 結構早く起きたはずだが、すでにコロは執務机で書類と格闘していた。


『竜血草なら、多分ある場所分かるのよ』


 市場に向かおうと歩きだす小石丸に向け、ライカが言った。


「りゅーけつそー、分かる?」


『はいなのよ。一本見つければ、御前様とハチの鼻でいくつも見つけられると思うのよ?』


「匂いで、探す!」


 植物の魔物(アルラウネ)であるライカは植物にとにかく詳しい。

 そして小石丸とハチの嗅覚。

 魔物と元犬という異色パーティーの実力が発揮される時が来たようだ。


 カトルにはライカの言葉は分からない――というか音さえ聞き取れないが、これは人間と犬の可聴域の差で、犬の方が人間にも聞き取れない高音を聞き取れるから――という理由である。

 だが、小石丸の言葉だけを聞き、カトルは何を言いたいのかを察した。


「お、ライカが竜血草わかるのか? さすがアルラウネだな」


『えっへん、なのよ!』


 得意げに胸を張るライカ。


『竜血草って名前は知らないんだけど、竜の血って青いのよ。青い花を咲かせる薬草って言ったら一つしかないのよ』


「青い花の、薬草?」


『はいなのよ。この町から見える北の山あるのよ?』


「北の山?」


「北の山――エストレラマウンテンのことか」


 ライカの言葉に反応した小石丸の疑問に、カトルが答える。


『そこに、大昔に竜が死んだ伝説のある青い池があるのよ。その周辺にまばらに生えてるのがその薬草なのよ』


「えっと、竜が、死んだ池、に、薬草?」


『傷なんか一瞬で治すし毒も病気も治す、あたしの次に便利で貴重な草なのよ』


「病気治す草!」


 小石丸の言葉を聞きながら内容を推理したカトルは、状況を整理するために口を開く。


「なるほど。エストレラマウンテンに竜が死んだ池があって、その周辺に『竜血草』が生えてるんだな?」


 言いたいことが正確に伝わったことが嬉しかった様子で、ライカは満足そうに頷いた。


「エストレラマウンテンはここから北に歩いて三日以上の距離がある。間に樹海もあるし、なかなか厳しい冒険になりそうだ」


 この言葉を聞いたハチが、小石丸の裾を引いて顔を見上げる。


『あの山の前の樹海ならオレが案内できると思う。あの辺はオレ達コボルトの縄張りだ』


「ハチが、じゅかい? 案内できる?」


 コクリと頷くハチを見て、カトルは満面の笑みを浮かべる。


「竜血草の在りかも分かった。樹海も抜けられる――俺たちやれるな!」


 食料や水等、必要なものの手配は唯一まともに話せる、カトルの仕事である。

 コロに無理を言って三日分の食料をもらって――食糧庫は空になっていたが――ケアンテリアの街を出た。



――十時間後。



「ぜぇ、ぜぇ……か、カシム……無理だ………頼む………今日はここまでに…………」


 七度の休憩を挟んで、走り通して十時間。

 二時間で樹海に入り、一般人であれば早くて二日で最悪一生抜け出せないと言われる樹海を、ハチの案内があったにせよ五時間で走破。

 ぬかるみや倒木も多く、木の根が縦横に地面を裂き、凹凸だらけで走るには向かない樹海の中を彼らは走り切った。


『はあ、はあ……カシム様……オレも…………さすがに……………』


 ユナヴィル村からケアンテリアまで走ったときは、整備された道を五時間で走った。

 だが今回は、道などない険しい森の中を五時間、さらに草原や岩場を抜け、たった十時間でエストレラマウンテンの麓まで辿り着いてしまった。


「おれも、ちょっと、疲れた! ごはんにしよう!」


 これだけ走ってちょっとなのか、と突っ込む気力はカトルにもハチにも無かった。

 小石丸の背負うリュックの中にいただけのライカでさえ疲労が見える。


「か、カシムすまん。もう暗くなるし、夜の山に入るのは危険すぎるから……この辺で休もう」


 カトルの言葉に、ハチが強く頷く。


 小石丸は背負っていた巨大なリュックからライカを降ろすと、中から寝袋と干し肉を取り出す。


「ご飯して、寝る!」


 ライカと寝袋、そして携帯食と一番大きな荷物を背負っている小石丸が最も元気である。


「…………本当に体力が化け物だな」


『カシム様はどんな生活をしてたんだ……』


 柴犬は、とにかく毎日散歩をしなければ気が済まない犬種ではあるが、中でも小石丸は少しでも止まっていることができない方だった。

 小学校五年生で小石丸と出会った陽が、毎日の散歩のおかげで、と競争で一位を取れるほどに鍛えられた。

 そして――寝るのも早かった。


「…………もう寝てる」


『大物ってこういう人のことを言うんだろうな……』


 小石丸は、寝袋にくるまって、丸くなって眠っていた。

 大男なのに妙に可愛らしい仕草に、笑ってしまうカトルとハチなのであった。


 ライカも近くで地面に潜っているので、恐らく寝てしまったのだろう。


「俺たちも寝るか」


『ああ』



 早めに寝た一行は、翌朝、日が昇るころに起きた。

 硬いパンを水で流し込み、エストレラマウンテンを上る。


『池の場所は、この山の山頂付近なのよ。キュウやハチのコボルト達に出会う前は、暇だったから全国の珍しい植物探訪の旅に出てたのよ。その時見つけたのよ、青い湖!』

 

 ライカが、小石丸のリュックの中から説明する。


『あと、ここからは会話の通じない魔物たちが大量に出るから――気を付けるのよ』


 ライカの指摘は、少し遅かった。




 頭上から、小石丸の倍はありそうな巨体が降り立つ。




「ふ、フクロウ頭の熊!? なんだそりゃ」


『……お、オウルベア……力だけならコカトリスより上だぞ…………』


 鶏頭のコカトリスといい、オウルベアといい、鳥系の巨大な魔物に襲われすぎだ。

 小石丸の身長でも、オウルベアの腰くらいまでしか届かない。

 熊である肉体部分は筋肉質で、両腕などは巨木もかくやという太さである。

 あの腕で殴られれば、ひとたまりもないだろう。


『御前様――気を付けて!』


 動物的勘なのか、それとも海禰と出会ったからだろうか。

 小石丸は相手の向ける『敵意』の危険性を、もう知っていた。


「みんな、守る!」


 叫んだ小石丸に、オウルベアの右腕の一振りが襲い掛かる。

 巨大質量を持った丸太がの様な腕が、重量感を伴って振り下ろされた。


 だが、オウルベアの攻撃は地面を抉っただけであった。


 小石丸は身を躱すと、攻撃の為に前かがみになったオウルベアの腹に、一撃を加える。

 しかし、熊の強靭な筋肉が彼の拳をはじき返す。


『カシム様! そいつは筋肉が硬すぎて熊の部分に打撃は効かない! 頭を狙ってくれ』


「分かった!」


 ハチは、小石丸に声をかけると自身も走り出す。

 彼のナイフでも致命傷は与えられない。

 だが、攪乱にはなるはずだ。


 事実、走り回るハチと小石丸を追うために、梟の頭がキョロキョロと忙しなく動く。


「俺は……近寄ったら死ぬだろうな…………」


 カトルは、コカトリスと戦っていた時から使っている槍を持ってきていた。

 どうにか一撃を――と思うが、ハチや小石丸ほどの速度は人間である彼には出せない。


 だが、本人も気付いていないが、現在最も有効な一撃を放てるのは、ナイフのような小さい武器でも、ましてや素手でもなく、槍を持つカトルだけだった。


「熊に弱点はない。だから梟の弱点か……」


 キョロキョロと首を忙しなく動かすオウルベアを見て、カトルは思い出した。


 そうだ。梟の弱点と言えば確か――。


「カシム、ハチ! 梟は視界が狭い。二人は正面でオウルベアを引き付けてくれないか!?」


「ん、引き付ける?」


『分かった。オレがカシム様に合わせる』


 ハチのナイフがオウルベアの足を小さく切り裂き、小石丸の拳が何度も胴体部分に突き刺さる。

 頭は普通に近づいては届かない位置にあるので、梟部分への打撃は、よほどの隙がないと望めなかった。


 しかし、それでも、ハチと小石丸はオウルベアをスピードで圧倒していた。


「……お前たちはすげーな。でも絶対無理するなよ」


 カトルは、槍を握りしめながら小さく呟く。

 そして、視界の外からゆっくりと、音を立てないよう気を付けながら近づく。


 一歩一歩、焦れる足を引きずりながら細心の注意で歩く。

 視界が狭いと言っても、梟は聴力が異常である。

 気付かれれば、普通の人間でしかないカトルには死が待っている。


 ハチにオウルベアの爪が軽く掠る。

 それだけで大きく吹き飛ばされ、血が噴き出る。

 小石丸にも、躱しきれない小さな傷が増えていた。


 あと数歩。あと数歩で槍を突き立てられる……


「ワオオオオオォォン!!!」


 ハチの遠吠えが響き渡る。

 警戒の音をありありとたたえたその叫び声に、森の葉が揺れる。


 だが、音を立てずに近づくことに気を取られていたカトルは、気付いていなかった。

 一瞬、オウルベアがカトルの方を見たことを。


 槍を突き立てられる距離に来たとき、オウルベアの巨体が、その大質量に似合わない速度でカトルの方へ向いた。


 オウルベアの太い右腕が振り上げられ、爪が深々とカトルに突き刺さらんとした――その時だった。



「キイイヤアアアァァァァァアアア!!!」


 本当に音もなく、地面を通って近づいていたライカが、カトルに気を取られた瞬間のオウルベアの耳元で、叫び声をあげる。

 人間でも眩暈がするほどの音量である。

 聴力に優れた梟頭のオウルベアは、瞬間的にパニックを起こしていた。


『今なのよ! 御前様! カトル!!』


 カトルには声は聞こえていない。


 だが、走り出した小石丸を見て、自分が攻撃に最適な位置にいることに気付いた。


「うおおおおおおおおおお!!」


 カトルの槍が、オウルベアの脇腹に深々と刺さる。


 そして、痛みで下がった頭の梟の部分に――小石丸の重い一撃が刺さった。


 オウルベアは、そのまま絶命したのだった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


 一行は森林限界を超え、岩場だらけになったエストレラマウンテンの山頂付近に辿り着いた。


 道中、狼の魔物に囲まれて小石丸の威嚇の遠吠えで撃退したり、ゴブリンに遭遇して倒したり、オウルベアほどではないものの何度も魔物の襲撃に会った。

 だが、それほど苦労なく三人で倒せた。

 言葉も満足に通じない三人に、いつの間にか連携のようなものが生まれていた。



 池は、それほど苦労せずに見つけられた。

 驚くほど澄んだ、青い水の池。

 湖面は陽光を反射してキラキラと輝き、青く見える水は深い池の底まで見通せるほど透き通っていた。


「これが……竜の血の池……か?」


『そうなのよ。近くに『竜血草』があるはずなのよ。青い花を探すのよ』


「青い花?」


「冬なのに――花なのか?」


 ライカの言葉をオウム返しした小石丸の声が、カトルに届く。


『そうなのよ。不思議な草で、一年中綺麗な花を付けているのよ』


 竜血草は、効果のある薬草だと聞いた。

 だから、神秘的な生命力があるのだろう。

 疑問を自己解決したカトルは花を探し始める。


 そして、程なくしてそれは見つかった。


『…………なんて綺麗な花なんだ』


「これは……綺麗だな」


 青い花弁が幾重にも重なって、冬の寒さにも負けず、その花は立っていた。

 森林限界の高度のため、草木も生えないはずの岩場にである。

 岩を裂いて、花は力強く咲いていた。


「これは……抜いてしまっていいのか?」


 カトルが、小石丸とライカを見ながら尋ねる。

 強引に引き抜いて、枯れてしまったから使えなくなったでは洒落にならない。


『大丈夫なのよ。生命力の強い花だから抜いてもいつまでも咲いてるのよ』


「カトル、抜いて、大丈夫って!」


 カトルは頷くと、なるべく花や茎を傷つけないよう引き抜く。

 大地と同化しているような力強さを一瞬感じたのち、意外に簡単に引き抜けた。


『あとは、御前様とハチの出番なのよ。匂いで見つけるのよ!!』


 小石丸とハチは元気に「ワン!」と吠えると、花を探し始める。


 数十分後には、持ってきた麻袋いっぱいの竜血草が手に入ったのであった。

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