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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
煩悩の犬は追えども去らず
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パッツィ商会

 パッツィ商会の建物は、あちこち崩れかけていてボロボロではあるものの、貴族の屋敷もかくや、というほどには大きい。

 いままで何十件も商会を見てきた中でも、一、二を争う大きさである。

 ただ、とにかくあちこち壁が欠けていたり、ひびが入っていたりで『立派』というにはほど遠い。


 中に入ってみれば、壁面はやはりボロボロなのだが、意外にも綺麗な執務机と応接用のソファがある。

 まるでそこだけ新品のようだ。


 コロネリウス・ルルネイア・パッツィ――コロは小石丸達一行にソファを勧めると、自分も向かい側に座った。


「まずは現状の説明を。うちの商会はお金がありません」


 見れば分かるよ、とはさすがにカトルも言えず、黙って頷く。


「ですので、最初にお支払いする契約金などもありません。それでも冒険者契約を結びたいですか?」


「……ズルい言い方だな」


 カトルのぼやきに、コロは苦笑して頬を掻く。


「ああ、すみません。契約の主導権を握ろうとしてしまうのは癖みたいなもので」


「商会の権利を維持できてるってことは、稼ぐ手立てはあるんだろ?」


「よくご存じで。明日が商会の権利の年会費――金貨三十枚の納入期限なんですが、ぎりぎり銀貨一枚と銅貨五枚分足りなかったんですよ。そこをそちらのカシムさんに助けて頂いて」


「一年で金貨三十枚近くは集められるわけか」


「……いえ。今回はほぼ両親の遺産です」


 コロは一瞬悲しそうな表情を見せるも、商人らしくすぐに顔から感情を消す。


「少し長くなりますが、話聞きます? それから契約の判断してもらってもいいですよ?」


「……分かった。カシムもそれでいいか?」


 ソファの上で、既に半分寝かけていた小石丸は「うん?」と小首をかしげる。

 たぶん話が理解できていない。

 コロは、五人分の紅茶をテーブルに出し、自分も一つを手に取った。


「お茶でも飲みながらお話ししますか」


 紅茶の香りを、まるで深呼吸でもするように嗅ぎながら、コロは口を開く。


「うちのパッツィ商会。実は去年までケアンテリアで一番の商会だったのをご存じですか?」


「いや、村から出たことなかったから町の情報には疎い」


「あはは、ですよね。もう僕で七代目の歴史ある商会なんです」


「それが、()()状態に」


 周りを見回しながら遠慮なく言うカトルに、コロは苦笑を漏らす。


「ええ。いまのこの都市最大の商会――ノワール商会に全てを奪われたので」


「全て……」


「ええ。財産と土地、父と母、そして双子の()の命まで、全て」


 コロの表情は、まるで仮面のように変わらない。

 それがカトルには少し恐ろしくも悲しかった。

 目の前のコロと名乗った少年は、十二か十三歳程度にしか見えない。

 そんな子供と言ってもいい年頃の人間が、これほど感情を消した顔をできるものだろうか。


「ノワール商会はここ数年で台頭してきた商会なんですが、もともと父の弟子だった男が立ち上げたものなんです」


「弟子?」


「ええ、うちはケアンテリアで最大の商会ですから、商売の仕方を学びたい商人たちがこぞって働きに来てたんです」


「それだと敵を育ててるようなものなんじゃないか?」


 コロは仮面のようだった顔に、少し嬉しさを滲ませる。


「ふふふ。そう思いますよね。でも違うんです」


「違う?」


「ええ。父は常に言っていました。『個人の利益だけ追う商人は二流。商業都市(ケアンテリア)そのものを成長させて都市全体とともに自分も富ませてこそ一流』だと」


「……つまり?」


「多くの商人を育て、市場規模を大きくしてしまえば、より商機が広がる――って分かりにくいですね」


「すまん。畑の耕し方と家畜の育て方なら分かるんだが」


「いえいえ。つまり金持ちの商人が増えれば取引される金貨の額も増える、ケアンテリアに入る金貨が増えれば、より儲けの大きい取引もしやすくなる。っていう考えです」


「なるほど」


「それで父は多くの弟子を育ててたんですが、その中に奴がいました。ロレンツォ・デ・ノワール――現ノワール商会の当主です」


「……弟子だったんだろ? それがなぜ」


「簡単な話です。最初からうちの商会を乗っ取るつもりで近づいて来てたんです」


「金は人を狂わせる……か」


「いえ。あいつは元から狂ってました。僕はその頃、王都の学校に通っていてその場にいなくて助かったんですが――あいつは、両親や妹の眠る屋敷に放火して殺したんです」


「…………なぜその場にいなかったのに、そのノワールが犯人だと分かるんだ?」


「遺書が見つかったんですよ。父が死んだら、財産は全て『ロレンツォ・デ・ノワール』に引き継ぐ、と」


「それが――受理されたと?」


「はい。全ては巧妙に仕組まれていました。すでに近隣の貴族はノワール商会に買収されていて、子供の僕が訴え出ても誰も聞いてくれませんでした。父は商人としては偉大でしたが、あいつの企みに気付けないほどに『いい人』過ぎました。そして、遺書の通り、財産の大半を持っていかれました」


「大半?」


「ええ。僕が王都に持って行っていた金品、たまたま僕名義で父が買っていた、現パッツィ商会(ここ)の土地。それだけが僕の手元に残りました」


「…………」


 カトルは、何を言っていいのか分からなかった。

 人間の言葉が分かるハチも、神妙に聞いていた。

 ライカは寝てしまっているが、小石丸もすでにうつらうつらと眠そうだ。


「ノワールはすでに商会を立ち上げていたので、パッツィ商会の権利は僕がそのまま引き継ぎ、たまたま取り壊されずにいたこの廃墟を新パッツィ商会として利用して――今に至ります」


「なるほど、だからこんなに――ボロボロなのか」


「ふふふ。素直ですね。貴方は商売に向かなそうですね」


 悲痛な面持ちのカトルに向けて、コロは笑った。


「正直なところ、冒険者を募集していないっていうよりは、契約しても払えるお金が無いってだけなんですよね。みんなお金目的で冒険者を目指すので、うちなんかと契約してもメリットが無いと」


「……それは」


「まあでも、ノワールの奴に復讐するまではパッツィ商会も僕も死ねません」


 悪戯っぽく笑うコロは、この日最大の笑顔で口を開く。


「僕はノワールを殺しません。だって商人にとって、一番悔しいことは死ぬことじゃありませんから」


「…………」


「僕はあいつをこの町の一番から引きずり降ろしてやりたいんです。パッツィ商会をまたこの町の一番上にして、あいつを笑って見下ろしてやりたいんです」


 ここまで言うと、コロは強かな商人の顔に戻って、真正面からカトル達を見据える。


「さて、今すぐ払えるお金はありません。でも貴方たちを、赤の他人である僕に全財産を施せるほどの『いい人』だと見込んで頼みます」


 コロは芝居がかった所作でソファから立ち上がると、両手を広げて言った。


「パッツィ商会と契約して、一緒に金儲けしませんか?」


「……やっぱり言い方がズルいな。カシムどうする?」


 話を振られた小石丸は、話の半分以上理解できていないながら、彼なりに頭を回転させて口を開いた。


「……コロ、困ってる?」


「はい、困ってます。お金が無くて」


「おれ、陽くん探す。探すの、お金必要」


「ヨーくん――ああ、貴方のご主人でしたっけ」


「じゃあ、コロと、お金稼ぐ」


 ここまで話して、小石丸は答え合わせをするようにカトルを見る。

 顔には「これで合ってる?」と聞きたいような表情がありありと見て取れた。


「ああ、そうだな。俺たちも魔女に依頼するための金貨十枚が必要。パッツィ商会もお金を稼ぎたい。契約成立だな」


「――ええ、パッツィ商会へようこそ!」


 カトルはこの日初めて、コロの歳相応の笑顔を見た気がした。


「では、明日から皆さんにやっていただきたいことがあります」


「なに?」




「隣の城塞都市では枯渇気味で非常に捌きやすく、品薄になりがちな――薬草採取です!」

「じゃあ、皆さんの歓迎会しましょうか」

「歓迎会なんて、金がないのにできるのか?」


 コロの言葉に、カトルが心配そうに返す。


「今日は、臨時収入がありましたからね――銀貨二枚も!」

「おい、その銀貨はカシムが渡した……俺たちの金だろ!」


「ええ、そうです。もう“僕達”のお金です」


 もう仲間ですもんね、と言われてはカトル達に返す言葉は無かった。


 笑っていいのか、怒るべきなのか分からないカトルにコロは笑いかける。


「ふふふ、カシムさんもカトルさんも、そちらの――ハチさんも。空気で感情が分かりやすすぎます。商人には向かないですねえ」


「……商売は任せていいんだよな?」


「はい! もちろんですとも!」


 コロは心から楽しそうに、笑った。

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