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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
煩悩の犬は追えども去らず
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商会を探せ

 商業都市ケアンテリアの裏路地に、冬の冷たい風が吹きすさぶ。

 空の財布を見て崩れ落ちたカトルに同情するように、ハチがその肩を叩いていた。

 小石丸は、裏路地に入ったおかげで人がいなくなって元気になったライカを背中に乗せて、辺りをぐるぐる走り回っていた。


「なあ、カシム(小石丸)。とりあえず串焼き買ったのは見てわかる。残りの銀貨二枚、どうした?」


「ん、困ってる人、あげた!」


 スラム街で銀貨二枚。贅沢しなければ数か月は宿に泊まれる金額である。

 さぞかし感謝されたことだろう。


「まあ、その人の好さがカシムのいいところなんだろうな………」


『御前様は偉いのよ!!』


『人間なのに、魔物であるオレを助けてくれたカシム様だからな』


 カトルのため息交じりのボヤキに対して、コボルトのハチとアルラウネのライカが頷く。

 彼らはそもそも、金銭感覚などない魔物である。

 カシムに心酔している二人の言葉は、今回ばかりはカトルに届かなくて良かった。

 味方がいない心労で、確実に立ち上がれなくなっていただろう。


 ただ、魔物二人の言葉は小石丸には届いている。

 彼は褒められたことに嬉しくなって、走り回る速度が上がっていた。

 スラム街でグルグルと走り回る金髪の大男。異様である。


 だが、本人の意識は柴犬の頃のまま。

 小石丸としては、尻尾を振りながらカトル達の周りを走り回り、喜びを表現している――つもりだった。


「まあ、暴漢にも丁寧に串焼きあげてたくらいだしな……」


 次から財布は自分が死守しようと心に決めつつ、カトルは気を取り直して立ち上がる。


「まあどうせ、これから金貨十枚稼がなきゃいけないんだ。銀貨程度でくよくよしてる暇はないな」


「陽くん見つける! お金かせぐ!!」


「おう、そしたらまずは雇ってくれる商会を探す」


「しょうかい? 探す!」


「よし。じゃあ歩きながら腹ごしらえだ! 俺たちにもその串焼きくれよ」


「うん!」


 と、元気よく差し出された串焼きを、ハチと小石丸の三人で食べながら歩き始める。


 買ってから何分も経っているはずなのに、その串焼きは肉汁あふれ、羊肉の旨味を口いっぱいに感じさせてくれた。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「農民の男に、素性のしれない言葉の拙い大男、それに力仕事なんかできなそうな子供と、あと女」


 まずは日銭を稼ごう、という事で目に付く商会に片っ端から乗り込むことに決めた一行――だったが。


「帰りな。うちは冒険者は足りてんだ」


 ケアンテリア内でも有数の規模を誇るドレ商会に断られ、

 次に中規模程度に見える、ヴェール商会にも話すら聞いてもらえず、

 小規模商会であるプールプル商会にすら、たった今にべもなく追い出された。


 カトルは村長の息子とはいえ、村から出た経験もましてや戦闘経験などほぼ無い普通の農民。

 ハチは顔を隠してしまうと、身長の低い華奢な子供にしか見えず、ライカに至っては見た目から全てがただの少女。

 唯一、戦力になりそうな身長百八十一センチの小石丸は――まともに受け答えができない。


 カトルが対策の為に小石丸に受け答えを覚えさせようとするが、十秒と集中力がもたなかった。


「冒険者が流行ってると聞いたんだが……もう一軒行ってみるか」


 プールプル商会から少し歩いたところにある、ジョーヌ商会。

 門構えはプールプル商会よりも少し大きいが門前の掃除も行き届いておらず、人の出入りも無い。

 きっとあまり裕福ではない商会だろうが、路銀もないから選り好みできる立場ではない。


 門を叩くと、初老の男が出た。


「突然の訪問すみません。俺たち冒険者契約をして欲しくて来たんですが――」


「……誰かの紹介状はあるかい?」


 初老の男は迷惑そうな顔を隠そうともせず、値踏みするようにカトル達を睨んだ。


「紹介状? 無いですが――」


「今はね、一獲千金を求めて冒険者になろうって人間たちがこの町に溢れかえってるんだ」


「……はい」


「そしてそんな人間たちは、欲にまみれた人間達ばかり。大体問題を起こす」


「俺たちはそんな――」


 反論しようとしたカトルを、初老の男は手で制す。


「――まあ、聞きなさい。確かにあんたは話が通じる人間に()()()。だがね、契約を交わした冒険者たちが問題を起こしたら、その責任は我々商会が負うことになる」


「…………はい」


「だから信頼できる人物の紹介を受けたものしか雇わないことにしている。それに――」


 初老の男はハチと、ライカを見る。


「そっちの顔を出せない少年、訳ありなんだろ? しかも冒険者になろうっていうのに女の子まで連れている」


「そ、それは」


「私たち商人に、嘘や隠し事の騙し合いで勝てると思わない方がいい。何か反論があるかね?」


「………………いえ、ありません」


 甘く見ていたかもしれない。

 ハチや小石丸達となら、危険な任務さえこなせると思った。


 でも現実では、契約にすら辿り着けない。

 この町で商売ができるのは、商売の権利を持っている【商会】と、その商会に委託された店舗だけ。

 兎にも角にも、商会とつながりを持たないと金貨十枚どころか銅貨一枚だって稼げない。


 落ち込みかけた空気を一掃するように、カトルは頬を両手で強く叩いた。


「いや、やるしかない。どんどん行くぞカシム、ハチ、ライカ!」


「うん!」


『すまない、よろしく頼む』


『御前様のため、頑張るのよ』



 魔物二人の言葉はカトルには伝わらないものの、元気づけられたカトルは目に付く商会全ての門を叩いた。


 ――だが、全て撃沈だった。


 雇えない理由を説明してくれたジョーヌ商会の初老の男性は、かなり親切な人間だったのだろう。

 ひとことも言葉を交えず、一瞥して即、門を閉じられることさえあった。


 ケアンテリアには昼に到着したはずが、すでに日も落ちかけていた。


「銅貨何枚かは俺が持ってるから、そろそろ宿でも探すか……?」


 疲労困憊の表情で、カトルが呟く。

 それもそのはずである。

 村から何時間も走って辿り着いた街で、さらに何時間も歩きながら交渉を続けているのだ。


 ハチも表情に疲労が見える。

 まったく変わらず走り回る小石丸の背中では、ライカが半分眠りに落ちかけていた。


「商会の集まってる、町の中心地にある宿だと高いだろうから、少し郊外まで歩くぞ?」


「分かった!」


 いつまでも元気のいい小石丸の返事に背中を押されながら、町の中心から南側に移動する。


 町の南にはケアンテリアを分断するように川が流れていて、橋を渡ると街並みが途端に変わる。


 いくつもの工房らしき建物と、職人たちが通っているのであろう安酒場、そして職人たちの宿舎がいくつも立ち並んでいた。

 それらの建物は、お世辞にも綺麗とは言い難い古さであったが、そこかしこから怒号にも似た職人たちの声が聞こえるほどに、活気に満ち溢れ知多。


「この辺なら、職人向けの安宿があるはず――ん?」


 宿を探しながら歩いていると、周囲の建物に比べてもひと際ボロさの目立つ建物があった。

 大きさは中規模商会くらいはあったが、壁のレンガは縦横にひびわれ、周辺の掃除も行き届いていない。

 雑草も伸び伸びと生を謳歌して、廃墟といった風情を醸し出していた。


 だが、一つだけ異彩を放つ部分があった。


「……パッツィ商会? 職人区域(こんなところ)に商会?」


 壁にかかる表札だけが妙に真新しく、その商会名を誇らしげに掲げていた。

 だが、見た目はほぼ廃墟。

 どんな大商会にでさえ気後れせずに飛び込んだカトルが、初めて躊躇を見せる。


「……まあダメで元々、行ってみるか?」


「ぱっちー? あれ?」


 どこかで聞いたことあるような――と小石丸は首を傾げる。


 だが、思い出せなかった。


「よし、行くか。この一件行ったら宿探すぞ」


 カトルはハチと小石丸が首を縦に振るのを見届けてから、門扉を強めに叩いた。


「すみません、ユナヴィル村から来たカトルと言います。冒険者募集してないでしょうか」


 しばらく待つが、なんの反応も無い。


「すみません、冒険者募集してませんか」


 もう使われていない建物かも――と一行が思い始めた時だった。




「――えっと、うちで冒険者は募集してないんですが」




 少年とも、少女ともつかぬ声が、門の中から聴こえてくる。


「というか、よくこのボロボロの商会に雇われようと思いましたね」


「ああ、良かった。やっぱり商会だったんですね」


 カトルの普通に失礼な言葉を聞き流し、中から銀髪の中性的な子供が出てくる。


「――コロ!!」


「って、あなたは昼の銀貨をくれた?」


 小石丸は見知った顔に、喜びの声をあげる。

 中から出てきたのは、銀髪の子供――コロネリアス・ルルネイア・パッツィであった。


 銀貨という単語に、ぴくりと、カトルの耳が動く。


「銀貨を――貰った? カシムから?」


「あ、えっとその、お金に困ってまして?」


「なるほど、商会の人がお金に困って、商売以外でお金を。一般人から」


 この日何人もの商人と顔を合わせたせいだろうか。

 カトルの中に、何かが乗り移っていた。


「う、痛いところを」


「冒険者契約の件、考えてもらっても?」


「あ、あなた本当にただの村人ですか? なんか商人乗り移ってません?」


「一日中歩いて契約先探したんですが、見つからなかったもので。こっちも必死です」


 コロは、頭を掻きながら小石丸達一行を見回す。

 そして納得顔で口を開く。


「ああ、契約してくれないでしょうね……見るからに訳ありですもんね」


「二十軒以上は回りました」


「うわっ。むしろそれだけ回った精神力を褒めたい」


「……それで、契約の件は」


 カトルの言葉に、コロは少し思案顔で黙る。


「契約は……いいでしょう。そっちのお兄さんにはお世話になりましたし」


「――え、契約して貰えるのか?」


「はい。今日は昼からそのお兄さん――カシムさんですか。彼を見させてもらってましたが、腕も立つ、赤の他人に施しをできるほど人もいい。その彼のお仲間なら信じましょう。というか――」


 コロは本当に不思議そうに、小石丸を見上げて言った。


「困ったらパッツィ商会に来てくださいって言いましたよね……? なのに、何十件も回ったんですか?」


「あ、ぱっちーしょうかい!? 忘れてた!!」


 小石丸の声が、すっかり暗くなった夜の街に響き渡る。

 背中ではライカが寝息を立てていた。

 ハチは額に手を置いて唸っている。


 そして、本日何度目か。

 カトルが崩れ落ちたところで、コロが本当に楽しそうに笑った。

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