お金の重み
評価と感想をいただいて、狂喜しております。
ブックマークも気を失いかねないほどに嬉しいです。
そもそも、読んでいただいているだけで大感謝です。
いつもありがとうございます。
「なあ、これヤバくないか……?」
『これはマズいことになってるな……』
カトルとハチは、分かりやすく、文字通り頭を抱えた。
走り続けたところから体力が少し回復して、動けるようになったので、ハチに匂いを辿ってもらった。
最初についた串焼き屋は、まだ昼だというのに店じまいを始めていた。
「いやー。今日は大量に買ってくれた兄さんがいてね。何本かって? 二十本だよ! 気前よく銀貨一枚ぽーんて。いい格好はしてなかったが、あれはどこかの大店の若旦那に違いないね」
違います。それ俺の家で貯めた貴重な冬の備えの銀貨です――とはさすがにカトルも言えなかった。
小石丸の匂いは、この店から串焼きの匂いと同じ道を辿っている。
まず間違いなく、串焼きを買ったのは小石丸だ。
つまり、三枚あった銀貨は残り二枚。
「嫌な予感がする! まだ銀貨二枚あるうちに早くカシムを探すぞ」
村を護れた安堵感と、戦闘には役に立たなかった無力感。
そして、旅に出る高揚感で正常な判断ができていなかったかもしれない。
一番強いとはいえ、純朴すぎる小石丸にお金を渡し、あまつさえ一人にしてしまった。
この都市で重要なのは、強さだけではないのだ。
『匂いは、この奥だな』
人気も無く、古い建物の密集している、明らかにスラムらしきところへ進んでいく。
「…………さすがカシムだな」
裏路地のような場所に入った瞬間、男たちが三人倒れていた。
ご丁寧に、串焼きを手に一本ずつ持って。
『匂いは近い。急ごう』
ハチとカトルは五時間走ってきた足の重さも忘れて、早足に小石丸を追うのであった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
暴漢三人を倒した直後の小石丸は、少し減ったもののまだ大量にある串焼きを手に、ご機嫌で歩いていた。
人が住んでいるかも怪しいような古い石造りの集合住宅が立ち並び、人の匂いはあちこちからするものの、誰一人出てくる様子はない。
八本目の串焼きを食べて少し満足を得た小石丸が、なにかに気付いて――振り返った。
「ずっと、ついてきてる、よね。君も、お肉、食べる?」
数メートル離れたところで建物に身を隠しながら様子を伺っていた人物は、驚いたように周囲を見回し観念したように姿を現す。
「……えっと、なぜ分かったんですか? というか、いつから?」
「うーん、お肉買ってから、ずっと同じ匂いが、付いて来てるなって?」
「……最初からじゃないですか」
男性にも女性にも見える中性的な顔で、身長も陽と同じくらいなので子供だろうか。
声は少女のようでも、ボーイソプラノの少年のようでもある。
妙に大人びた表情の、銀髪の子供が頬を搔きながら小石丸を見上げた。
「なにか、用? 君もお肉?」
「あ、お肉もそうなんですが……生活に困ってまして。お肉それだけ買えるってことは、お兄さんお金持ってますよね?」
「お金って、これ?」
小石丸は、残りの銀貨二枚を手のひらに差し出す。
「やっぱり銀貨! そうですそれです」
「これ、欲しい?」
「ええ、欲しいです! 今困ってて助けて欲しいんです」
「うん、じゃああげる」
はいっ、と、あまりにあっさり銀貨を二枚とも差し出す小石丸に、銀髪の彼はむしろ狼狽した。
「えっ、銀貨ですよ!? 分かってます!?」
「うん、お肉いっぱい、もらえる」
「ですよね!? 簡単に渡しちゃダメなんですよ」
「――うん。でもね、陽くんは、いつもお金なくても、ご飯くれたよ」
「…………ヨーくん?」
身なりを見ても、小石丸がお金持ちだとは到底思えない。
というか、小銭入れらしき袋から出てきたのは、この銀貨二枚が最後である。
所持金を全て差し出すことなど、この町でどれだけの人間ができるだろうか。
「……そのヨーくんという人、よほどのお金持ちですか」
「陽くん、お金ないよ?」
お金がないのに他人に施しを……聖人の類だろうな――と銀髪の彼は思った。
しかし、普通に考えれば当然のこと。
ドッグフード等は両親が買ってくれていたものの、陽自身は中学一年生。
それほどお金は持っていない。
「お金、いらない?」
「……いえ、貰います」
カトルが見ていたら、叫んだであろう。
銀貨二枚は、彼の数か月分の収入に匹敵する大金である。
それを小石丸は、知らない少年に差し出した。
「ありがとうございます。こういうつもりで追ってたわけではなかったんですが――」
「お肉は?」
「お、お肉はさすがにいりません」
短く切りそろえられた銀髪を揺らし、その子供は頭を下げる。
そして、妙に達観したような、なにかを諦めた大人のような表情で小石丸を見た。
「ひとつ聞いても良いですか?」
「うん?」
「ボクが実はお金持ってるとか、詐欺かもとか思いません?」
小石丸には難しいことは分からない。
ただ、彼にとっていままでの世界の全ては『今井陽』だった。
「サギ? 分からないけど、困ってる、よね?」
「ええ。確かに困ってました」
「陽くんは、困ってたら助けてくれた。だから、おれも」
簡潔な言葉であり、人間になる前には明確な感情として浮かび上がってなかった想い。
陽への感謝と、思慕の念。
陽への想いが、本来は思考が苦手な小石丸に思考力を身につけさせつつあった。
「その“ヨー”さんという方、よほどの人物なのでしょうね」
「うん。カッコいい。優しい。おれの主人」
「…………分かりました。ありがたくこの銀貨は頂きます」
周囲の、ほぼ廃墟のような建物ばかりの陰鬱な空気を吹き飛ばすかのように、小石丸は笑った。
眩しいものを見るかのように、銀髪の子は目を細める。
「では、ボクはこれで」
「うん、バイバイ」
その子は、場を離れようとして数歩歩いたところで振り返る。
「最初は貴方を利用しようと思ってました。でも気が変わりました」
「うん?」
「ボクの名前はコロネリウス・ルルネイア・パッツィ。コロとお呼びください」
「コロ!」
「ええ。何か困ったことがあったらパッツィ商会を訪ねてくださいね」
「……しょうかい?」
「はい。きっとお役に立てると思います。少しは」
身長は陽と同じくらい。子供にしか見えないその子は――大人にしか見えない表情で、笑みを作った。
カトルとハチ、そしてライカの三人が小石丸に追いついたのはそれから数分経ってだった、
カトルが空になった小銭入れを見て崩れ落ちたのは言うまでも無かった。




