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勇者、柴犬―飼い犬が異世界に転生して飼い主を探すようです―  作者: konzy
煩悩の犬は追えども去らず
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旅立ちの日

 冒険者契約――“冒険者”とは、商会に雇われて必要な素材の確保や店舗・商隊の警護などをする、いわば戦闘能力を持った商会専属の何でも屋である。


 魔物という脅威の存在するこの世界においては、植物の採取でさえ危険を伴うことが多い。

 薬屋で使う薬草、鍛冶屋で使う鉱石や魔物素材、珍しい食材等集めるものは多岐にわたる。


 それぞれの商店で武力を確保し、素材採取――などというのは現実出来ではないし負担が大きい。

 そのため『商会』と呼ばれる卸売専門の商人が各提携店舗で必要な素材を冒険者を雇って集める、というのが最近の商売の基本になっているらしい。


「“冒険者”って、そもそも最近商業都市に出来た職業でな。危険は伴うが危険な分稼げると評判なんだ」


 戦闘を前提にしたお金稼ぎ――確かに修行と金策を同時に行えて一石二鳥に思える。


「カシムとハチ、それと俺の三人――いや、ライカも入れて四人か。この四人なら結構いいところまで行けると思うんだ」


 自警団のリーダーカトルと、武装した人間数人と同時に戦っても引けを取らなかったハチ、そして体長四~五メートルにも及ぶ巨大なコカトリスを素手で撃退できる小石丸。

 ライカは戦闘させるわけにはいかないだろうな――とカトルが彼女を見ると机に伏せて寝てしまっていた。


「ハチさえよければ稼いだ金は生活費以外、魔女への“ヨーくん”捜索依頼の資金として貯めて、依頼料の金貨十枚貯まるまで冒険者をやろうと思うんだがどうだろう?」


『オレは異論ない。魔物であるオレに金があっても使い道ないしな。カシム(小石丸)様の為に使ってくれ』


 頷くハチ。カトルとハチは波長が合うのか、コボルトの言葉は通じないのに表情や動きで意思が通じ合うようになっていた。


「じゃあ、カシムもいいか? このままだとその“ヨーくん”を探す手がかりも無いから、修行を兼ねて冒険者になるということで」


「……陽くん探す……頑張る…………」


 今日はいろいろあって疲れたのだろう。

 いつの間にかテーブルの上の食事をすべて綺麗に平らげた小石丸もすでに眠そうだった。


「ライカちゃんも寝ちゃったし今日はもう寝たらどう?」


 既に眠ってしまったライカの方に毛布をかけつつトレーズは云った。

 笑いながら頷くカトル。

 と、ほぼ同時に小石丸も眠りに落ちてしまったようだった。


「なあカトル。カシム殿と“ヨー”殿というのは何者なんだ?」


 今まで話の流れを見守っていたセドリックが、カトルに向けて疑問を投げかける。

 小石丸が“陽”という人物を探したいというのは聞いたが、二人の素性も関係性も分からないままである。


「……俺も分からないんだよな。そのヨーくんってのはカシムより強くて頼れる『カシムの主人』らしいんだが」


「コカトリスを素手で倒す、カシム殿よりもか?」


「ああ。だからどこかの騎士階級の貴族なんじゃないかと踏んでるんだが……まあ、怪しい人間には見えないよな」


 カトルとセドリック、そしてトレーズの三人は、涎を垂らしながら机に伏して寝ている小石丸を見た。

 自分たちより頭ひとつ分以上大きいその男は――気持ちよさそうに眠っている。

 さらさらの金髪と屈託のない笑顔、そして手づかみで食事をする豪快な食べっぷり。

 コボルトにすら向ける優しさ。


 今日出会ったばかりで、経った四、五時間の付き合いでしかないが、カトルはすでにこの男に好感を抱いていた。


「なんか、コボルト達もカシムとそのボス――ヨーくんに忠誠を誓ってたっぽいぞ」


「なんと! 魔物であるコボルトすら従えるとは。そのカシム殿がこれほど慕う主人である“ヨー殿”。よほどの人物に違いない」


 カトルとセドリックの会話に、ハチも頷く。


 小石丸の足りない説明のお陰で、陽への評価が勝手に高まっていくのであった。



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※


「じゃあ、行くな。親父――村長」


「おおおお、カトル。父さんは寂しいぞおおおお」


 翌朝、家の前でオレンジ髪にオレンジ髭の男――セドリックが、カトルを強く抱きしめながら髭を涙に濡らしていた。

 カトルはうんざりしながらも、慣れているのか嫌がる様子はなかった。


 旅の準備と言っても、大体の物は家にそろっていた。


 まず絶対に必要な、ハチとライカの身分を隠すための服装。


 ハチは、黒いフード付きの外套を着て口元を布で覆った。

 顔さえ隠せば体は人間である。見えるところで食事さえしなければ問題ないだろう。


 ライカは――といえば、巨大な麦わら帽子をかぶっていた。

 そもそもアルラウネである彼女は、頭の葉っぱ以外、顔も体もほぼ完全に人間の少女である。

 頭の葉を後ろに流し、大きな帽子をかぶってしまえば、葉と帽子が意外にマッチして可愛らしさを増していた。

 小石丸は、転生時に履いていた綿のズボンとゆったりとしたシャツ、そのまま。

 その上にセドリックからもらった黒い外套を羽織っていた。


「これ、あたし達からの選別」


 と、トレーズが右手を差し出す。


「――銀貨三枚も!? 姉さん大丈夫か??」


「商会を見つけるったって簡単じゃない。銀貨三枚あれば安宿でなら四人でも数か月はもつはず」


 銅貨十枚で銀貨一枚、銀貨十枚で金貨一枚。

 カトルの年収が金貨一枚と言っていたから年収の三分の一くらい。

 つまり、銀貨三枚は村長の息子である彼が()()()働いた四か月分の収入に相当する。


「カシム殿にはコカトリスも倒してもらったんだ。その討伐報酬――にしては少ないくらいだ」


 セドリックは、抱きしめたままだったカトルを離し、笑いかける。

 彼は小石丸に向き直ると、頭を下げた。


「カシム殿。我々もヨー殿の消息は調べてみます。情報が入り次第連絡を入れましょう……なので、息子をよろしく頼みます」


「うん。カトル、よろしく!」


 朝ご飯もたらふく食べて、ご機嫌な小石丸が頷く。


「俺、もう二十二だぜ……はあ、まあいいか。カシム! この銀貨三枚は一番強いお前が持っててくれ」


 カトルはそう言って袋に仕舞った銀貨三枚を小石丸に渡す。

 魔物や盗賊など、危険の多い旅路では最も強いリーダーが路銀を持つのは基本――なのだが……。


「じゃあな、父さん、姉さん。行ってくる!!」


 強くなるため家を出て、小石丸の手伝いをすることに決めたカトル。

 村を、コボルト達を、陽を護るため、彼らは決意を新たに新天地、商業都市ケアンテリアへ向かう。


 髭を濡らした村長(セドリック)その娘(トレーズ)が見えなくなるまで手を振っていた。

次回から、商業都市編です。

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