村長家の食卓
テーブルの上にいくつもの料理が並べられている。
鳥の香草焼き、じゃがいものグラタン、温かいスープと焼きたてのパン。
野菜の塩漬けと、ソーセージ。きのこの油炒め。リンゴのパイ。
小石丸が柴犬時代に見たことしかないような豪勢な料理が目の前で輝いている。
コボルトであるハチに至っては、そもそも森でとれる木の実と狩りで獲れる少しの肉しか口にしたことがない。こんな豪華な料理は初めて見た。
アルラウネであるライカは――食事に興味がないようで小石丸の隣で水を口にしていた。
「美味しい!! ご飯、美味しい!!!」
小石丸は、右手に肉を持ったまま、スープを飲み干し、パンをかじりソーセージを頬張る。
ハチも最初はスプーンなどで丁寧に食べようと努力はしたが、手づかみで食べる小石丸の豪快さを見て諦めた。
無心に食べる小石丸とハチの横で、カトルも負けず劣らず食事に没頭していた。
「うまっ!! 今日は御馳走だな。いいのか、冬なのに」
「もちろんだ、村の英雄に質素な食事を提供するなど、私が許せん」
カトルの言葉を受け、セドリックは豪快に笑う。
冬は、基本的に備蓄の食料だけで過ごすようにしているから普段はもっと質素なんだ、とカトルが説明するが、小石丸達の耳に入っているのか。
「にしても、これだけ豪快に食べてもらえると作った甲斐があるね」
一心不乱といった様子の小石丸とハチを見て、トレーズもスープをすすりながら笑った。
『人間たち――こんな旨いもの食べてたのか』
余りの料理の旨さに、つい感嘆の声を漏らすハチ。
人間達には「ワンワン」としか聴こえていないが、表情や食べ方で察してくれたのであろう。トレーズが満足そうに頷いてくれた。
「それで、その幻覚使いの男――カイネと言ったか。その男が危険としても、人間である私たちには対処の仕様がないな」
幻覚で姿を消せるし声も偽装できそうだ。人相書きも全て意味がない。
そもそもまだこの国では犯罪者でもないから手配もできない。
セドリックが、パンを口いっぱいに頬張るカトルに向け会話を再開する。
「――とはいえ、何もしないわけにいかないから近くの村にも警戒の連絡いれといてくれ」
パンをスープで流し込み、カトルも答える。
「分かった」と答えたセドリックは、そのまま視線をハチに移す。
「コボルトの脅威は去ったと思っていいんだな?」
「コカトリスは倒したから、集落に帰ったしな。それに……」
カトルは、噛みつこうとして手に取った鳥の香草焼きを一旦置いてハチを見る。
「……もうこいつらとは戦いたくないな。心情的に」
『…………』
ハチは、驚いたように無言でカトルを見つめ、同意を示すように「わふっ」と軽く吠えた。
「……思ったんだけどさ」
トレーズが楽しそうにハチを見つめながら、カトルの方を見もせずに口を開く。
「そのカイネだっけ。匂いは消せなかったんだよね? なら――コボルト達と協力できないの?」
犬だよね、この子たち。との言葉に、カトルとハチが無意識に見つめあう。
「……その発想は無かったが、確かに効果はあるかもしれない。でもカシムを通してしか会話できないぞ?」
呼ばれた小石丸本人は、じゃがいものグラタンに夢中である。
ハチが「わんわん」と何かを口に出すも伝わらずに、じれったそうに小石丸を見た。
『――弟のキュウがいれば。あいつオレより頭がいいから読み書きもできるのに』
「キュウ、読み書きできる?」
小石丸がハチの言葉をオウム返ししていた。
お陰で一堂にハチの言葉が伝わったが――さすがにカトル一家も驚いていた。
ハチとキュウ。
もともとコボルトの中でも秀でた能力の持ち主だったが、理由があって人間の言葉を学ぶ機会があった。人間の言葉が理解できるのは、コボルトの長い歴史の中でもこの二人だけであろう。
ハチは身体を動かすことにも才能があったが、キュウは特に頭脳が優れていた。
言葉を理解するだけでなく、文字までも覚えてしまった。
「キュウ――もしかして、“アルラウネの涙”で俺を助けてくれたあのコボルトか?」
カトルの言葉に頷くハチ。
「読み書きができる魔物が、いるのか。それならいけるかもしれないな」
オレンジの顎髭をさすりながら、セドリックは思案顔で呟く。
「本当はカシム殿が間に入って通訳してくれるとありがたいが――」
「――たぶん無理だぞ?」
父の言葉を即座に否定するカトル。
小石丸とは今日知り合ったばかりで、付き合いも長くない。
だが、きっと通訳なんて仕事はこの金髪の大男には向いていない。
ハチとライカの名前すら、さっき知ったほどなのだ。
きっと情報が多分に漏れるに違いない。
強いのに妙に無邪気な小石丸に、カトルは好感の笑みをこぼした。
「では、私の方で使いを出してみるとしよう」
「警戒はされるだろうが、カシムの名前を出せば話くらいは聞いてくれる――ハズだ」
カトルの言葉に、頷くハチ。
本来ならハチが動けば早いのだが、そこは小石丸に付いて修行の旅に出た身。
まだ帰る訳にはいかない。
『キュウはオレより圧倒的に優秀だからな。大丈夫だろう』
コボルトは最弱の魔物である。
木の実も獲物も取れない冬は、木の皮を剥がして食べることもあった。
コカトリスに襲われたことを差し引いても、冬を越えるのは毎年至難である。
人間と取引できれば、生活も安定するかもしれない。
キュウと族長ならうまくやってくれるだろう。
「それでもう一つの要件の――ヨー殿か。すまないがそちらは情報がない」
申し訳なさそうに頭を下げるセドリックの言葉に、さすがに小石丸も食事の手を止めた。
「陽くん、知らない?」
「ああ、申し訳ない。そもそも王都と商業都市を結ぶ街道の宿場としても使われるこの村は、見知らぬ人間の通りも多くてな……」
どれが陽なのか、人相書きもなければ分からない、ということか。
「そっちは大丈夫だ。商業都市の魔女に頼んでみようと思う」
「ちょっとカトル! さすがに金貨十枚もの蓄えはうちにはないよ?」
カトルの言葉に反応したのはトレーズである。
「――姉さん俺、カシムがいなかったら二度死んでたんだ。今日ほど無力さが身に染みたことはない」
「…………ああ」
「だから、カシムのためっていうよりは、半分は修行のため、金稼ぎと合わせて――どこかの商会と“冒険者契約”を結んで来ようと思う」
冒険者契約――聞きなれない言葉に、小石丸とハチは小さく首を傾げたのだった。
ライカは植物なので、光合成と水だけで生きていけます。
そもそも塩分は得意ではないので、食事には興味がありません。
でも、人間に出された水(普通の井戸水)が、普段飲む雨水や地面に含まれる水分よりも澄んでいて美味しいことに驚いています。




