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柴犬とコボルトとアルラウネ

小石丸が人間として異世界に転生して、まだ数時間。

人間に出会って肉を恵んでもらい、コボルトと人間達の戦いを止めて、災厄のようなコカトリスを倒した。

最初にいた草原から西に歩き、冬の木立を過ぎて、今はコボルトの集落の近くの森の中。


怒涛の展開に、陽を探す手立てを考える間も無かった。


でもここに、微かにとはいえ、確かに陽の匂いを纏ったアルラウネを見つけた。


カトル達、自警団の人間に出会っていなければコボルトと出会うこともなかった。

コボルトと人間たちの戦いを止めなければ、コカトリスと戦うことも無かったかもしれないが、陽の手がかりであるアルラウネと出会うことも無かった。


こいしまるが当たった(事件)は、彼の大切な主人へと繋がった。


小石丸は「陽くん、陽くん!」と叫びながら地面に逃げたアルラウネを追っていた。


「なあ、カシム? そのヨーくんっていうのは誰なんだ?」


アルラウネの涙のお陰で毒が抜け、体の自由が戻ってきたカトルが小石丸に声をかける。

小石丸が否定しなかったため、小石丸=カシムで定着してしまったようである。


「陽くんは……家族? それでご主人!」

「ご主人……? ああ、貴族か何かか?」


貴族、という言葉は脳内に知識としてはあっても、小石丸にはピンとこない。

彼は、陽との日々を思い出して言葉にしようとした。


拾って命を助けられ、今まで育ててくれた恩。

絶対に散歩を欠かさない優しさ。

そして、大型犬に絡まれてるときも助けてくれた強さ。


小石丸はカトルに向けて、笑いかける。


「陽くんは、おれを拾って、主人で、優しくて、強い」


「強い……? まさかお前より強いとは言わないよな?」


「陽くんは、おれより、全然強い!」


犬であった頃、何度も助けられた。

その頃の記憶で語っている小石丸は、今の彼自身がどれほどの強さになっているか理解していなかった。


「コカトリスを素手で倒したカシムより強いご主人? 本当に人間なのか……?」

「うん、陽くんは人間!」


嘘は言っていない――のだが、真実は伝わっていない。

「世の中には、常識外れに強い人間がいるものだな」とカトルは頭を抱えた。


ふと、カトルが小石丸から視線を外すと、いつの間にかコボルトたちに遠巻きに囲まれていた。

視線や行動から、敵意は感じない。

だが、なにやらざわざわと語り合っているようであった。


老コボルドが歩み出て口を開く。


小石丸(カシム)様。我々は村に帰ろうと思います。お礼をしたいのですがお時間ありますでしょうか?』

「……おれ、陽くん探す」

『陽様……あなたより強い、あなたのご主人――つまり我々のボス(・・・・・)ですな』


小石丸は、前半部分だけ聞いて頷いた。

いや、後半部分の違和感に気付く小石丸ではなかった。


『そのボスとはぐれてしまったと……ふむ』


思案顔の老コボルトは、何かを思いついたように戦士の青年を呼んだ。


『こちらは私の孫です。魔物最弱と言われる我々コボルトの中で唯一の戦士にして、人間達の言葉を話せはしませんが、理解できる文武においての天才です。命の恩人であるカシム様の恩に報いるため、この孫をお連れいただけませんか?』


老コボルトの言葉に呼応して、場にいるコボルト全員が小石丸に跪く。

連れていけ、と言われたコボルト戦士だけが困惑しているように見えた。


『我々コボルト。貴方様に忠誠を誓います』


急展開である。

小石丸は展開についていけておらず、カトルにはコボルトの言葉は分からない。

この場を解決できるものは誰もいなかった。


『急な話で困惑されているでしょうか。正直申しますと助けて頂いた恩以上に、カシム様の遠吠えが雄々しく我々の胸を打ちました。忠誠と言うと重いかもしれませんが、言葉も犬の魔物としての心意気も通じる貴方と友誼を結びたくなったと言い換えても問題ありません』


「カトル、ゆうぎってなに?」


「友誼か? 友達ってことじゃないか?」


「友達。友達なら、良い」


小石丸の返答に、老コボルトは満足そうに頷いて、まだ戸惑っているコボルト戦士に声をかける。


『お前はいずれ、我々の集落の長になる身、カシム様と彼のボスに鍛えてもらってくるといい』


『でも、オレがいないと誰が皆を守るんだよ……』


『人間十人の襲撃で弱音を吐くお前に、皆が守れるとでも?』


コボルト戦士は、悔しそうに顔をゆがめる。

確かに、この集落に戦士は一人。

普通のコボルトと成人男性が一対一で戦えば、体格差と武器の差でほぼ確実に負ける。

唯一戦闘に才能のあった戦士である彼だけが、数人と同時に戦っても勝てる――というくらいには既に強い。


だが、それでも。

もっと人間が多かったら。そして相手がコカトリス並みの強さだったら。


――勝てない。今のままじゃ守れない。この人間離れした強さの男についていけば、なにか強くなる糸口が見えるかもしれない。


コボルト戦士は、観念したように顔を小石丸に向け、頭を下げる。


『オレの名前は――ハチ。どうかオレにもボスを探す手伝いをさせてくれ』


「陽くん探す、手伝ってくれる?」


『ああ、よろしく頼む』


コボルト戦士――ハチは、右手を差し出す。

小石丸は「ありがとう!」と笑ってそれを握った。

彼の胸の高さほどしかない身長と、ナイフがやっと持てるほどの小さな手。

だが握れば確かに修練の跡が見える硬い手だった。


二人の握手に、キュウが『兄さん、達者で――』なんて言いながら、涙を流して微笑んでいる。



その時だった。



『ちょっと待ったー--!! なのよ!!!』



アルラウネの声が響き渡る。

先ほどまで逃げ回っていた彼女は、突然ぴょんっと小石丸の前に飛び出した。


『アタシを置いていくつもりなのよ!? アタシの顔を舐め――じゃない。あれはもう接吻だったのよ!!』


きょとんとする小石丸に彼女は言葉を続ける。


『あんなことされたらもう、婚姻のようなものなのよ! 責任取るのよ!!』


小石丸は今日の怒涛の展開に、脳内が情報過多でパンクしかけていた。

陽と自分が死んで転生し、同じところに飛ばされたはずなのに陽とは離れ離れで、探さなくてはいけないのに人間とコボルトを助けるためにコカトリスと戦闘。そして、コボルトの忠誠を受けた。


もはや、脳の“真面目に考える領域”を使い切って陽のことしか考えられない彼は――言った。


「アルラウネ必要。一緒に行く」


“陽の匂い”がついているアルラウネは手がかりとして必要――なんて説明をする脳の体力が、小石丸には残っていなかった。


アルラウネは、頬を紅潮させ彼に飛びついた。


『アルラウネは種族名なのよ! アタシの名前はライカ。末永く宜しくなのよ、御前様!!』


元犬の小石丸と、コボルトのハチ。そしてアルラウネのライカ。

なんとも異色なパーティーがここに結成された。


小石丸に抱き着くライカの頭の三枚の葉が、嬉しそうにぴょんぴょんと跳ね、木漏れ日を受けてとても綺麗に輝いていた。

これにて第一章「犬も歩けば棒に当たる」完です。


物語中で明かすタイミングがないのでライカの名前の由来を。

ライカとは、史上初、人工衛星で宇宙に行った犬からもらいました。

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