アルラウネ
アルラウネ=マンドラゴラです。
アルラウネのほうが響きが可愛かったのでこちらを採用しました。
カトルは、コカトリスの毒のせいで痛む目をうっすらと開け、周囲を見回す。
どうやら今は、さっき知り合ったばかりの金髪の大男に背負われているようだ。
この男は一体何者なんだろう。
嘘をつけるようなタイプには見えない。
コカトリスと倒してくれたし、彼の背に揺られていても不快感がない。
コボルトと会話できるらしいのは驚いたが、まあ悪い奴ではないだろう。
「なあ、どこに向かっているんだ?」
コボルトとの会話が解らないカトルには、行先も分からなかった。
ただ、田舎の青年特有な性根の真っすぐさで、言われるがままに体を預けていた。
気付けば周囲には、この大男とコボルトしかいない。
いま男に裏切られてコボルトに襲われれば死は免れないだろう。
だが、最初に攻撃をしかけたのはこちらだ。
コカトリスは撃退したし、自分一人の命で済むのなら安いもの。
「ん。彼らの村、行く。君、たすける」
男が、たどたどしい言葉で答える。
カトルより頭ひとつ分は大きく圧倒的に強いこの男が、これだけ話すのが下手だというのは、きっと相当特殊な環境に身を置いていたに違いない。
コカトリスとの戦闘をした場所から大分離れたのか、周囲は森といった様相を呈してきた。
濃厚な緑と木々の香り。
カトルは基本、農民なので森にでかけることはない。
だが、この場には明らかにおかしいものがあった。
――いや、おかしなものがついてきていた。
「なあ、なんか巨大な草が俺たちを追ってきてる気がするんだが……」
少し離れたところに、少し目立つ大きな葉の草が植わっていた。
その草はどれだけ歩こうとも距離が離れず、明らかに動いている。
コボルトの少年はそれに気付き、慌ててその草に近づき――引き抜いた。
「キイイィィヤアアアァァアアアア!!!!」
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小石丸は、あまりの音量に背負っていたカトルから手を放し耳をふさぐ。
後ろで「痛っ」と声がするがもう聞こえてはいなかった。
『なんなのよ! 急に引き抜くなんて失礼千万なのよ!!』
森に少女の声が響き渡る。
『ごめんごめん、でも無事で良かった! 森の中だと緑の香りが強すぎてアルラウネちゃんを匂いで追えないからいったん村に帰って探しに行こうと思ってたんだ』
キュウが、引き抜いた草――アルラウネに声をかける。
大きさは一メートルちょっとで、頭から草を生やした少女の見た目をしていた。
そしてなぜか、汚れひとつない服を着ていた。
『驚かせてすみません。アルラウネちゃん人見知りで。急に抜かれると叫び声をあげちゃうんです』
『人見知りは余計なのよ!』
確かに、会話しているはずなのにアルラウネとキュウの視線は交わらない。
むしろアルラウネが誰とも視線を合わせないように避けている感すらある。
『それで、何の用なのよ? アタシを探してたんでしょ』
『うん、兄さんとそこの人間さんがコカトリスの毒にやられてしまって……助けて欲しいんだ』
『コカトリスの毒? よほど大量に吸わないと死なないはずなのよ?』
毒には種類があって、コカトリスの毒は木々を枯らす作用が強いため生物への効果は薄いらしい。
『と言っても猛毒ではあるから、放っといたら死ぬかもだけどね』
ふふんっ、と知識を誇るように胸を張るアルラウネ。
『そうなんだ。だから二人を助けるためにアルラウネちゃんの“涙”を分けて欲しい』
『“アルラウネの涙”がどれだけ貴重な薬か分かっていってるのよ?』
『うん。全ての毒を解毒できる神薬……なんだよね?』
また、ふふんっと胸を張るアルラウネ。
どうやら『全ての毒を解毒できる神薬』とは、彼女の受け売りらしい。
『とにかく、兄さんも人間さんもケガもしてるし時間がないから……いいかな』
アルラウネは、小さくため息をついて渋々といった風に頷く。
『涙出すの、苦しいから嫌なのよね』
『ごめんね、じゃあ――行くね』
キュウは、彼の胸の高さほどしかないアルラウネに対して跪き、彼女に向けて両手を突き出す。
少女は少しおびえた様子を見せながら、それを受け入れていた。
そして――
『キャハハハハハ、ひぃ、苦しい、死んじゃうのよ!!』
泣くまでくすぐられ続けていたのだった。
静かな森に、少女の苦しそうな笑い声だけがこだましていた。




