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第6話 影

 リィが住む街——あるいは住んでいた街は、人口五百人程度の活気があるとも活気がないともいえない中堅どころな街である。

 通りは石畳が敷き詰められているわけではないが、しっかり雑草を取り払われており、平坦に舗装されている。木造建築が主だが、ところどころにはレンガ造りの家も混じっていた。行商人が訪れることもあれば、旅の芸人が通りで大道芸を繰り広げることもあり、適度に人が集まりすぎていないからこそ快適ともいえる街といえるだろう。

 さて、そんな街の中でリィは一、二を争うウィルグリッド家に引き取られたわけである。まあ、ひっくり返して言えばウィルグリッド家ぐらいしか子供一人を余分に育てる余裕がなかったとも言うべきだろう。

 街では「魔女の子なのに、随分いい家に拾われちゃって……」などという噂が飛び交い、事実リィも心躍っていたりしていたわけであったが、後にリィは地獄を経験することになる。

 そして、今——。

 ウィルグリッド家の屋敷が全焼し、風の噂であった『魔女の子』というリィに対する評判は絶対的なものとなっていた。更にそこへ深夜、牢獄棟が燃やされたなどという一報が流れれば、リィという少女は街の人間たちに忌み嫌われる『魔女』そのものに昇華していた。

 リィをひどく恐れた街人たちの多くは、夜のうちに手荷物片手に街を脱出してしまい、朝日が昇る頃にはほぼ無人の街となっていた。リィは意図せずして、一つの街を落としてしまったのであった。

 この街に残されたのは、逃げることを急いだ大人たちが置いていった子供たちやペットの猫や犬、そして牢獄棟の一階にて放心状態になっているリィ一人であった。

 いずれ、リィは街にやってくる【神英騎士団】(デウス・ナイダー)に確保され、大勢の人々の前で死ぬことになるだろう。かつてのローサのように……。

 「……」

 元々ぐしゃぐしゃであったのに、余計にリィの心は壊れていた。瓦解し、形を成さず、粉々の塵だけが舞っている。

 いわば、鬱状態に限りなく近い。脳裏に様々なショッキング映像がリフレインする。見張り兵がリィを恐れて歪める顔。たちまち街から響いてくる人々が逃げ惑う足音、悲鳴、子供たちの泣く声。燃えてしまった屋敷に、鏡の中に移りこんだ謎の影。そして……悪鬼の姿で「仲間になれ」話しかけてくるローサ。

(ワタシハ……『魔女』ニナッタンダ……)

 魔女……悪鬼に育てられていたんだ。リィは漠然とそう思った。悪鬼の姿として出てきただけでは、リィは最初信じていなかった。悪鬼とは様々な超常の『鬼力(デラ)』を使用し、人間に危害を加えてくる生物たちの通称名である。その中には、自由自在に姿を変身することのできる『鬼力』を持つものがいるはずだった。なんだったら、人の思いや記憶の中を読み取り、そこに存在する親しい人物に変身することも可能であろう。

 だが、リィは確かに見てしまった。霊体となったローサが「仲間になれ」と言ったのを。

 あれがローサの姿をした悪鬼と同一人物だったかは、わからない。だが、「ローサだ」と実感してしまった。言葉では説明できない第六感が、あれを言ったのは、あの霊体は「ローサだ」と告げていたのである。

 そして、悪鬼と「仲間になれ」などという彼女は、例え悪鬼でないとしても「魔女」であったという事実は紛れもない。

 心の支えだった。ローサとの温かな日々が、ローサが示してくれた思想こそが、唯一リィをリィたらしめる心の土台だったのである。

 それが跡形もなく崩壊してしまった。結果、生きる理由をどうにか見出し続けていたリィの心は形を失い、『無』となったのである。

(ハヤク……死ニタイ。ハヤク……死ニタイ)

 すぐに幻覚が見え始めていた。靄がかった視界に、いくつもの黒い影が顕現し、リィの周りを囲う。人の姿をしたそれらは、リィに群がると彼女の願いを叶えるかのように、リィの首に手をはわした。

 否——、それは幻覚ですらなかった。

 黒い影たちが一斉に喉を絞め始めた瞬間、リィは首を絞めつけられ呼吸ができなくなったのである。

(……‼)

 とっさに生物としての本能が危険信号を知らせ、リィの髪の先から無数の火の玉が射出される。たちまち、黒い影は燃え上がって消えていく。火の玉が命中しなかった黒い影さえ、地面に溶けていくのを見て、リィは「ヤッパリ自分ノ力ナンダ……」と絶望した。

 そして、再び人の影たちがどこからともなく生えてくる。

 リィを囲い、一斉にその喉を締め付け始めた。

 心が壊れていて、苦しささえ感じなかった。ただただ安らかさを感じている。人間の命を奪った自分はきっと天国ではなく、地獄にいくのだろう。苦しい日々を送っていたことなど関係ない。神様は、なんて不公平なのだろうか……。

 漠然とそんな思考がよぎる。

 が、突如、視界を占めていた前方の黒い影が霧散した。消された、という思考が頭をよぎる。黒い影の向こうから姿を現したのは、ジャンパーコートを羽織った五歳くらいの少年であった。瞳が丸々とでかい愛らしい顔立ちの持ち主であり、ほっぺたがリンゴのように真っ赤。直毛のサラサラヘアーは肩まで伸びており、整った顔立ちも相まって人によっては女の子であると勘違いしてしまいかねないだろう。

 服装がしっかりしていることもあり、間違いなく裕福な家の子だ。純粋無垢にこちらを見つめてくる瞳には一切邪気を感じられず、年齢以上の純粋さを感じる。

 そして、その少年が一歩近づくたび、一つ、また一つとリィが顕現させた黒い影が消えていくのがわかった。

 リィはその不思議な力に恐怖し、思わず尻餅をついたまま後ずさりをした。目尻から涙さえ流れてくる。

「お姉さん、こんなところで何をしているの……?」

「やだ……やめて……近づかないで……」

 なにか神聖なものが近付いてきている。無垢すぎる少年が近付きすぎれば、邪悪すぎる自分は消えてしまうのではないだろうか……?

「その子に、人を消す力はないわよぉ~『魔女っ子』ちゃん♡」

 どこからともなく、心の疑念に答えるかのように言葉が響いてきた。

 ひどく甘ったるくて背筋を冷たいもので撫でられるような気持ち悪い声だ。開け放たれていた牢獄棟の入り口から姿を現した声の主は——アフロだった。

 身長ニメートル超す長身痩躯で、黒いロングコートの上からもわかる筋肉質。顔にはひどく濃い化粧が施されているものの、骨格や体型的にどうしても本来の性別が男だということが隠しきれていない。なんだったら、白化粧や頬の赤チークが強すぎて、ピエロそのものにしか見えなかった。

 アフロのオカマは、リィの背筋を凍らせる恐るべきウインクをしながら、そのウインク以上におぞましいことを口走ったのである。

「まったく……まさかこのワタークシが、女の子の弟子を持つことになるなんて……ね♡」

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