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第2話 痛みと罪

 眠れないまま時が過ぎていく。眠りたいと考えれば考えるほど、地下の寒さが身を凍えさせて、嫌な日々を思い返させてくる。

 そうして永遠のように感じられた無の時間は、近づいてきた足音で終わりを迎えた。

 ガチャガチャと鍵を開ける音が聞こえた。寝不足によって判然としない視線でみやれば、そこに立っていたのは見上げるほどの巨漢である。髭の濃さや顔の皺の多さから、中年ぐらいに見える。鉄鎧を頭からつま先まで着こみ、腰に帯剣する監視兵であった。

「出ろ、小娘」

 中年男はリィの足枷を外すと、乱暴に腕をつかんで立たせてきた。

 そして、中年男の早歩きに付き合わされる形で、早歩きで歩かされる羽目になった。あれから鉄の器に入れられた水以外を口にしていないリィは、体に力がうまく力が入らなかったが、中年男が引っ張ってくれるおかげで半分ぐらいの力で歩くことができた。

 一歩一歩が、裸足の足裏に冷涼な石床の感触を伝えてくる。

 もちろん、長い階段を上り、陽の光を確認できる地上に出してくれたわけではない。地下室のまま、別の牢に映されただけだ。

 そして、その場所はトゲトゲのある鞭や、拘束具、鉄棍棒など、とにかく人を痛めつけるものがズラリと壁や武器棚に並べられている部屋だった。

 拷問部屋だ。そうわかっても、乾いた心は何も思わない。

「そこに立て、小娘」

「……」

男は言いながら乱暴にリィを壁際に突き飛ばした。これでは、こちらの意志に関係なく、そこに立つことになる。

 中年男は、さらにリィの衣服を乱暴に摑むと、手慣れた様子で全て脱がせ始める。瞬く間に真っ裸となってしまったリィだったが、やはりひどく無表情だった。中年男もまた、「こんな貧相な少女の体など興味もない」と言わんばかりに興味を示さない。

 真っ裸のリィは心を麻痺させたまま、中年男によって壁の高い位置にあった金属の拘束具によって腕を固定される。

 腕をあげたまま、なすすべもなく全身をさらけ出す格好だ。

 中年男は、棘の鞭を持ってくる。そして、静かに問いてきた。

「魔女の娘……いや、屋敷を焼いた魔女よ。貴様には仲間がいるはずだ。そうだろう? でなければ、あそこまで火を操れるようになれるはずもない。あれだけの【鬼力】(デラ)を身に付けるのには、魔女を引き継ぐ師がお前に必要だったはずだ」

「……」

「答えろ……さもなくば……」

 言葉にするよりも、体に覚えさせた方が早いという判断なのだろう。

 棘の鞭が一切の躊躇なく飛んできた。

 強烈な痛みが体を襲う。鮮血が飛び散る。さっきまでマヒしていた心が、一気に覚醒して、その凶器への恐怖でいっぱいになる。

 震えが止まらない。……否、リィは自覚していなかったが、その部屋に足を踏み入れた時から、全身を小刻みに震わせていた。

 生物の生存本能だ。

 死を前にすれば、生き物は恐怖を覚えずにはいられない。生き物は生きようと、必ず死から抗うようにできている。

(死にたくない……死にたくない……。死にたいって思ってたのに、怖くなんかないって思ってたのに!)

 リィの頬を涙が伝う。襲ってきたあまりの痛みに、もう二度とその鞭を喰らいたくないという切望で脳がいっぱいになる。

「いいか、今すぐ本当のことを言わないと、この鞭でまた……」

「私は何も知らないの! 目が覚めたら一面——」

「嘘をつくなぁ!」

 棘鞭が風を切る。鮮血が飛び散る。意識が飛びそうになる強烈な痛みが体を襲って、ますます本能がリィから理性を奪う。

 リィは何度も「知らないの!」「本当なの、助けて」と口にした。懇願した。泣いて縋った。

 けれど、その度に中年男は「嘘をつけ!」とだけ口にして何度も何度も猛鞭を振るった。非情だった。一切の加減などなく、まるで人の心などないとでもいうかのように、その鞭はむしろ勢いを増してゆく。

「やめて、やめてやめてやめてやめて、もう痛いのは嫌——」

「魔女の娘よ。貴様への罰でもあるのだ。貴様は屋敷を燃やし、ウィルグリッド家の人間を殺し、魔女に育てられてしまった貴様へのなぁ!!」

 何度も何度も棘鞭は振るわれる。

 その度にリィは、おかしくなりそうなほどの痛みを味わって、なのに意識は覚醒したままだった。「助けて」と懇願する力さえなくなって、ただ涙を流して何度も鞭を振るわれるのを我慢した。

 だが、黙ったおかげだろうか? リィが何も口にしなくなって、十回鞭を振るった後、全身から血を流すリィはやっと拘束具から解放された。

 中年男は黙ったまま、リィの全身についたあらゆる傷口に消毒液を塗り、小さな絆創膏を張っていく。それをされている間も、リィはずっと震えていた。これからこんなことが続くのかと思うと、もうこのまま出血多量や傷口の化膿で死んでしまいたいと思ってしまう。

 しかし、リィにそんな選択の余地などあるわけもない。

 リィはやがて、「囚人服を着ろ!」と叱責してきた中年男の言われるがまま衣服を身に付け、壊れた心で中年男に腕を引かれる。そして、ひどい悪臭のする自分の牢へと戻された。

 自分の牢へと戻され足の拘束具をつけられると、ホッと心の底から安堵する自分がいた。

 不思議と、この場所を自分の帰る場所と思い始めていることに気が付いた。あの場所より遥かにマシだ。痛みと生への執着でいっぱいになってしまう、あの棘だらけの部屋よりは。

「一週間だ」

「……‼」

そして、その安堵も中年男が言い残したその一言で吹き飛んでしまう。

 中年男は、牢の鍵を手早く閉め、どこかへと歩き去っていく。遠くなっていく足音を聞きながら、リィの体は震えていた。

(一週間後……一週間後……私は同じ目に……‼)

 嫌だった。怖かった。それを一瞬考えただけで、思考がすべてそれに占領されたしまった。

(あんな痛い目に合うのは、もう二度と嫌だ。怖い、辛い、痛い——)

 感情が滂沱のように溢れてくる。涙が止まらない。震えが……止まらない。

 少女は縮こまる。暗い牢の中で。明日に震えて、日々が過ぎることに恐怖して、自分の体を抱きしめる。

 少女に——安心して眠れる時間など訪れなかった。

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