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第1章 第1話 リィ:オリジン

 十五歳の少女の名は、リィ。家名もミドルネームもない、ただのリィだ。

 なんでかといえば、拾われ子だからである。

 リィは今住まう街にて、二十代の若き女性に拾われた。グリム・ローサ。【聖女】の二つ名を冠する、いわゆる街の英雄だった。

 ローサは見ず知らずの子であるリィを引き取り、大事に愛して育ててくれた。リィは本物の親のようにローサを慕った。本物の親に捨てられたリィにとって、ローサは本物の親以上の親だった。

 ローサは酒好きで飲んだくれで、でも不思議な奇跡の力で街の人々の傷や病気を癒していた。奇跡の力とはリィが後に知る、世に蔓延る悪鬼の力——鬼力デラである。ローサは治癒師だったのである。リィは、街の皆に慕われるローサのことを本当に誇らしいと思っていた。

 リィは、ローサが経営する診療所にて、街の皆から可愛がられてすくすくと育った。しかし、そんな幸せな日々は唐突に終わりを告げる。

 7歳になった誕生日の日。国家直属の騎士団、【神英騎士団】(デウス・ナイダー)が街を訪れたのである。真っ白な鎧を着こんだ男性、総勢20名。彼らはわが物顔で街を闊歩すると、【ローサの診療所】の前に立って宣言した。

『我々はこの街に、悪鬼の力をもって人々を癒す【魔女】がいると聞いてやってきた。二十代の女性と言われているグリム・ローサだ。彼女の力は、我らの【奇跡の力】(マギア)とは一線を画す【鬼力】(デラ)である。人々を癒しているからといって、悪鬼の力を行使する者を許してはならない!』

 ローサは【神英騎士団】(デウス・ナイダー)に連行される形で、リィの前を去った。幼きリィは必死に彼女の体に追いすがった。そんなリィを優しく引き剥がし、ローサは笑顔とともにいう。

『リィ……。大丈夫だ。必ず私は帰ってくる。』

ローサが街を離れて一ヶ月後。ローサが処刑されたとの一報が、リィの耳に届いた。



 リィはローサがいない間、とある老夫婦の家にお世話になっていた。ローサがよく面倒を見、治療していた老夫婦である。老夫婦はよく『大丈夫じゃよ。きっとローサさんは戻ってくる。あんな素晴らしい人が悪人なわけないんじゃから』とリィを慰めてくれた。

 ——ローサが処刑されたとの一報が街を震わした。

 途端、リィに非難の目が殺到した。

『悪魔の力を行使して私たちを癒してたって本当なの? 最低。そんな力に頼るくらいなら、自然治癒に任せた方がマシだわ』

『ってことは、【魔女】に育てられてたあの子は……』

『【魔女の子】だ』

 誰も【聖女】と呼ばれていたローサのことを、ローサと呼ばなくなった。当たり前のように【魔女】と呼んでいた。そして、彼女に育てられたリィのことを、【魔女の子】と蔑むようになったのである。

 老夫婦の街の人間たちと変わらなかった。

『今、世界を苦しめているものはなんじゃ? ……悪鬼たちじゃ』

『悪魔の力だと分かっておったら、ワシは死んだ方がマシじゃった!』

『汚らわしい【魔女の子】め。早く出て行っておくれ!』

リィは街の皆に蔑まれ、嫌われ、たらい回しにされてあの家へとやってきた。

商人ウィルグリッド家の、ちょっと大きな屋敷である。ウィルグリッド夫婦だけはリィのことを優しく受け入れてくれた。心の壊れていたリィに精いっぱい優しくしてくれて、リィは徐々に気持ちを回復していった。そこで平和な日々が——始まるはずだった。

『さぁて、それではあなた始めましょうか』

『あぁ。……リィ、君は【魔女の子】だ。悪鬼の力を身に宿すローサの、いわば一人弟子だったと言い換えてもいい。——素晴らしい実験対象になる』

 リィは地下室に閉じ込められ、まず服を脱がされて全裸になった。金属の拘束具で拘束され、電流を流され、口の中にロウソクの火を突っ込まされ、肩の肉を抉り取られて治癒能力の実験なんかをされた。

 地獄のような日々だ。だが、もちろんリィはただの少女でしかない。

 ウィルグリッド夫婦はすぐにリィが実験対象にならないことに気付くと、小間使いにしようと考えた。全裸で拘束される日々が終わり、メイド服を身にまとうようになったのである。リィは炊事洗濯——家の様々なことをやらされるようになった。常にウィルグリッド婦人の目が光っていて、何か少しでもミスをやらかす度に怒鳴られた。

 ウィルグリッド伯爵は、主にリィをストレスや性欲のはけ口とした。仕事でうまくいかないことがある度にリィを殴りつけ、気が済むまで理不尽に怒鳴りつけた。婦人がいない間を見計らって、リィをベッドに連れて行き乱暴に強姦したのである。

 リィの心は瞬く間に壊れていき、そんな日々にさえ何も感じなくなっていた。

 ——そして、十五歳の誕生日の日。

 まるでリィの十五歳を祝うかのように、ケーキにロウソクの火を灯すように——リィの心の中に溜まっていた怨嗟の炎が放たれたかのように、屋敷は燃え上がった。

 


——



 燃えればいい。消えてしまえばいい。ウィルグリッド夫婦ごと何もかも。そう思っていた屋敷が本当に燃えてなくなった。自分だけが生き残って——。

 願望通りじゃないか。実現したじゃないか。

「ローサ……」

 頬を涙が伝う。屋敷のシーツと布団の温もりを求めてしまう。

 胸にぽっかりと空いた穴があった。心が苦しくて、悲しくて——寂しくて。

 早く、この世界に別れを告げたかった。

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