プロローグ2
鏡の中で、悪魔は笑う。
少女をあざ笑うように。ケタケタと笑え声が聞こえてきそうなほど頬の端を吊り上げ、少女の動きの真似をせず、その身を小刻みに上下振動させていた。
炎の中で、少女はその身を燃やされず、心を燃焼していく。
鏡に映る悪魔に思考の全てを集中させられ、そして絶望している。
白髪となった髪が、少女自身に何らかの変化が起きたことを暗に物語っていた。それは間違いない。だって、少女は鍋のお湯を零して火傷したことがある。階段を二段転げ落ちて、あまりの痛みに三分以上うずくまらずにいられなかった。
炎が熱くないわけがない。二階から落下して痛みを感じないわけがない。炎に酸素を消費させられた空気を吸って、苦しくないわけがないのだ。
(可笑しくなってしまった……何もかも)
夢ではないのだから、死んでいることに自分が気づいていないだけだと思いたい。
(自分は、悪魔にでもなってしまったのだろうか……?)
この世界には悪鬼……人々を脅かす悪魔のような存在が巣くっている。
それから、どれぐらいの時間が経過しただろうか?
炎の中で絶望し続けていた少女。絶望がゆえに現実感を持てず、寝起きだからこそ意識が覚醒したままだった。
炎が徐々に弱まり……消えたのだ。
雨が降ったわけではない。
ただ炎が消えた途端、天井を仰ぐともうそこは夜空だった。
全て、燃えたのだ。屋敷ごと、すべて。
燃えるものがなくなったから、炎は完全に止まってしまっていた。——つまり、その中心で無傷で佇む少女は、飛び散ったガラス片と同じく燃えない存在であるということになる。
そして、全てが燃える頃には屋敷周りを囲むように人垣が出来上がっていた。その数、数百はくだらない。
「な、なんであの子だけ生き残っているの……? それにあの髪は何?」
「やっぱり、魔女の子は【魔女】だったのよ。あの子がすべてやったんだわ」
「ウィルグリッド家にお世話になっていた恩を仇で返すなんて、ついに本性を——」
たちまち風の噂が広がる。聞き取れていた言葉群は、その数を増すにつれて徐々に聞き取れなくなっていく。
そして、街人たちが徐々に少女から距離を取り始めた。
表情を見れば分かる。街人たちの少女への意識が、興味から畏怖へと変わっているのだ。
少女は、数百の人間の前で裸体を晒していた。無意識のうちに胸だけは腕で隠していたらしいが、そんなもの気休めにもならない。
少女はうずくまった。三角座りをし、羞恥で耳まで真っ赤にした。
やがて人垣を掻き分け、鎧を着こんだ街の兵士たちが駆け付ける。兵士のうちの一人が大きなマントを手にしていて、それを少女にかけてくれる。
少女は感謝の気持ちを覚え、顔をあげて礼を言おうとした。
が、マントをかけてくれた兵士の顔を見て、少女はすぐにその考えがなんと能天気だったかを知る。
こちらを睨みつけてきていた。まるで人間じゃないものを見るかのように。人間が悪鬼に対して見せるような、憎しみと敵対心だけで塗りつぶされた瞳孔だった。
「来い、魔女の子よ。……貴様を、牢獄棟へ投獄する」
少女は無理やり立たされた。
両手を、金属の輪っか——手錠で拘束され、背中を槍でせっつかれて歩かせられる。
無数の街人たちの目にさらされながら、少女は惨めな思いで牢獄棟まで歩かされた。牢獄棟は、町はずれにある罪人たちが収容される場所。
四階建てで、街唯一の要塞だった。
(そっか……私はもう、魔女——罪人なんだ)
少女は牢獄棟の中へと連れていかれる。見張り兵たちのいる前でマントを脱がされ、用意された麻あさでできた囚人服に着替えた。今更、羞恥などあるわけもない。
着替え終わると、首にもキツイ金属輪をつけられた。息苦しさを感じるし、家畜か何かにでもなった気分だ。
少女は裸足のまま冷たい石の廊下を歩かされ、鉄扉の前まで連れていかれる。その扉の上には、『地下牢獄房』と書かれた木製看板が取り付けられていた。
「今日からここが、おまえの家だ」