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第13話 居る場所

 太陽が西の峰から頭頂部を覗かせ、オレンジ色の眩しさが辺りを照らす頃。

 リィの育った街——静まり返ったヴェール街から、こげ茶のローブを着込んだ三人の人物が徒歩で出立するところだった。

 一人目の人物は、アフロで筋肉質かつニメートルの長躯を持つ男。否——顔のゴツさ的にも肩幅的にも男でありながら、キツイ白化粧や口紅を施している、間違いなくオカマだった。ピエロと見紛うアフロオカマ——そう。千面鬼との戦いで足を失い、瀕死に追いやられたはず(、、)の【デーモン・マスター】セルケトである。

 が、今の彼には両足があり、自分の足で地面を踏みしめている。

 二人目の人物は、丸々とでかい瞳が愛らしい中世的な顔立ちをした5歳の少年。肩まで伸びたサラサラヘアーがより女の子らしさを強調しており、瞳には純粋無垢を絵に描いたような輝きが備わっている。

 邪を寄せ付けない程の圧倒的鬼力を宿す少年、ウィルだ。

 最後尾を務める三人目の人物は、青白い肌を持つ十五歳の少女であり——彼女は、立ち止まって街を振り返った。

 太陽とどこまでも広がる草原をバックに、物憂げな紅色の瞳が街を見渡す。色を失った長い白髪が風にたなびき、華奢な右腕の先で小さな拳が力を込めて握り締められる。

「リィ……、今日出立で、本当に大丈夫なの? 昨日あんなことがあったばかりで……ここはあなたの母、ローサに育てられた故郷でしょう?」

「大丈夫です。……むしろ、私にとってこの街は、辛い思い出ばかりでせいせいするくらいです。だから、この頬を流れる液体だって——」

「無理しないの」

「——っ‼」

 熱い液体が眼の端にこみ上げていた。筋骨隆々の肉体に抱きしめられる。止まらなかった。リィの中の感情はぐちゃぐちゃで、滅茶苦茶で——ボロボロと涙が流れ落ちる。

 ローサに育てられた。拾われ、我が子のようにかわいがられ、リィも本物の母親かのように彼女を愛した。

 迫害され続けてきた。『魔女の子』と恐れられて、ウィルグリッド家であらゆる酷い目に逢った。

 だから、朝日に照らされた街の景色は、リィにとって——。

 懐かしくて、辛くて、愛おしくて、憎くて、優しくて、残酷で、温かくて、冷酷で——リィの今までの全てだった。

 この街で育って、ずっとこの街で暮らしてきた。『魔女』騒動でロクに人のいない場所となってはいるが、やがて街人たちも戻ってくるだろう。一瞬でも目を閉じた瞬間、その輪の中に自分が居なくとも、彼等が和気あいあいと過ごす光景が目に浮かぶようだった。

「私は、私は——」

「大丈夫よ。泣いていいの。大人に甘えていいのよ。あなたはだって——まだ十五歳の女の子じゃない」

 優しく言われた。より強く抱きしめられた。

 それはローサ以来、初めて感じた人の温もりで、優しさで——。

 

——


 先日の戦い。決着は、痛み分けだった。

 千面鬼の首が飛んだ瞬間、部下である悪鬼たちも驚愕に身を固まらせた。その場一帯が凍り漬けにされたかのように、静まり返って動きを止めた。

 だが、千面鬼は死んでなどいなかった。吹き飛んだ首がジューっと音を立てて溶けていくとともに、失った首から先がみるみるうちに生えてきたのだ。

『やるな、ローサの娘。——ここは撤退としよう。……成長したお前を見てみたいと思ってしまった』

 千面鬼は、部下の悪鬼二体を引き連れ、虚空に作り出した黒く渦巻く鏡の形をした靄——別空間への『窓』を渡って、リィ達の元を去った。

 血の海に伏す少年と、両足を失って瀕死のオカマが一人。しかし、セルケトは自身の足を拾って傷口に押し付けると、鬼力を伴う白い光でその足を繋げてしまった。同じ要領で、喰われた部位や損傷部位を再生させていった。

 少年ウィルの方は、セルケトが自身の治療をしている間、血の海に伏せていたものの、突如身を起こした時にはもう傷一つない、清潔な体となっていた。どうやら、ウィルは鬼力が強すぎるあまり、悪鬼たちと変わらぬ再生能力を有しているらしい。

 リィの腕も、セルケトに繋げてもらった。

 一度失ったはずの右腕と肩が繋がっていく不思議な体験に、背中を薄ら寒さが駆ける感覚を覚える中、少女は自身の内から優しい声を聴いた気がした。


『愛しているわ、リィ』


——

 

 朝日の下で。

 リィは、抱きしめてもらったセルケトを同じ強さで抱きしめ返して、涙を流す。ウィルが背中を優しく撫でてくれる。

 リィはこれだけの不幸に見舞われながら、その瞬間はこれ以上なく幸せだった。最愛の母と再会することが叶わぬと分かっていても、少しだけ明るい未来を思い描くことができた。

 リィにとって——セルケトとウィル、【闇の騎士】(シャドー・ナイト) は、ローサが用意した『居場所』だったからだった。

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