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◯◯地獄から◯◯地獄へ

 シロエ=コーストスは、貴族が住むような家とはかけ離れた場所に住んでいた。いや、住まわされていた。

 その場所は木造の粗末な作りの廃墟当然のぼろ家であり、屋根の一部が壊れているのか雨漏りがし、壁や天井や床の木は薄汚れるどころか穴が空いており、いくつかある家具もいつ壊れるか分からないようなものばかりだ。もちろんそんな場所に豪華なシャンデリアや趣向を凝らした品などあるはずもなく、何故こんな場所に貴族がいるのか一見しただけでは分からないだろう。

 貴族であるシロエ=コーストスの服装は、平民でも着ない最底辺の奴隷が着るような身見窄らしい粗末な茶色のワンピースだけであり、何箇所も破かれ穴が空きボロボロの布切れと言った方が納得する代物だ。破れた穴から見えてしまっている肌を見ると、下着さえも着けていないことが分かる。

 シロエの身体には傷痕に傷痕を何重にも重ねたような数え切れないほどの様々な傷跡が残っていた。それは腹を切られた痕、鞭で背中を打たれた痕、棒で焼かれた痕などなど実に様々な方法で傷が作られていた。髪や肌が土塊や何らかの液体によって汚れ、元は貴族らしい綺麗で美しいだっただろう面影は何一つ残っていないことはもはや些細なことであろう。

 さらに足首には魔法を封じる枷がつけられており、よく見れば首と手首には傷跡に混じって枷がつけられていたような跡が残っている。

 そのような格好の人物がもし貴族と名乗れば貴族を侮辱したのかと不敬罪で捕まり、奴隷と言われた方が誰もが納得するような姿である。


 そんな死人のようなシロエは、カビ生えた木製の床にまるで子供が人形のおもちゃを適当に投げ捨てられたかのように倒れていた。ピクリとも動いていないかのように見えるが、よく観察すれば微かに胸が上下し呼吸していた。だがたとえ生きていたとしても、死人のように倒れているのは異常なことであったが。

 惨たらしく殺された死体ではなく子供の癇癪で壊された人形のような見えてしまった原因は、シロエの瞳であった。想像するだけで悍ましい程の壮絶な経験を無理やりさせられたはずなのに、何度も何度も心を壊されたはずなのに、視線が定まっていないシロエの眼は濁ることなく、ただ、ただ、純粋だった。その無機質の瞳が死体というには不自然であり、まるで人形のようだと思わせていたのだ。


 そのようなシロエの目の前には見慣れた、見慣れてしまったならず者がいた。だが、いつものようにシロエを慰めることと違いその手には剣先が欠けた安っぽい剣を持っていた。その汚らしい男は下卑た笑みを浮かべ、何事かを唾を飛ばしながらシロエに向かって話した後、無造作にシロエの身体を掴み強制的に移動させ、何かを納得したのか頷き、剣を突き出した。

 既に心が壊れ、感情が消え、身体中を蝕む痛みすら感じ無くなったシロエは目に前の男が見えているはずなのに、本物の人形のように目の前に剣を持って立つ男を認識せず、その笑みの意味を理解せず、話す内容に反応せず、無理矢理の移動に体に力を入れることなく、男の行動に関心を向けず、突き出された剣にピクリとも動かなかった。

 そして、呆気なく心臓を貫かれた。刺された部位からは血がゴポっと音を出しながら溢れ出し、粗末な服を茶色から赤色に刺された部分を中心に変化させた。だが、これまで行われた非道なる行為によってか出血量はそこまで多くはなかった。

 シロエ=コーストスは何度も経験した命が溢れる感覚を無意識に感じながら、何の感情も喚起させることなくあっさりと命を手放した。

 そうしてシロエに残ったものは穢れて幾つもの傷跡があるその身と無機質な瞳、壊れた心と消えた感情、奴隷のような衣類、心臓を貫き生えた剣だけだった。














 

 殺した男は決してシロエの姿を忘れないだろう。いや、正確にはシロエの瞳を。

 男が見たシロエの最期は、奴隷の方が幾分もましと言えるほど酷い状態だというのに、シロエの死が近づけば近づくほど硝子を宿したかのような無機質の瞳が、感情も意思も何もかもを手放したその瞳が、命を失い続けているその瞳が、ただ、ただ純粋になっていった。


 事切れる直前まで、その瞳は男に神秘的な何かを感じ取らせるほど、とても、とても綺麗だった。





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