(平穏の)終わりと(地獄の)始まり
わたしは、侯爵令嬢のシロエ=コーストスです。
最近5歳になりました。
今日は、ひさしぶりにおとーさまとおかーさまとおにーさま、家族みんなで夕食を食べられるのでうれしいです!
食事はいつもおにーさまとだけなのです。
おとーさま、ダルク=コーストスは毎日領民のために忙しく働いてるって侍女が言ってたので、おとーさまと遊ぶのは我慢してます。でも、挨拶したり廊下で出会うと頭を撫でてくれるので好きです!
おかーさま、カルメラ=コーストスはちょっと怖いです。ずっと目がキリッってしてて、侍女長のリンジーみたいにマナーに厳しいのです。勉強頑張ってもあまり褒めてくれません。
おにーさま、ヘルト=コーストスはそんなに遊んでくれません。立派な領主になるために家庭教師から学んだり、外での訓練が大変で、わたしと遊ぶ時間がないみたいです。悲しいです。でも、たまに遊んでくれたときは頬つねられたり、いっしょに本読んだり、外で走ったりしてたのは楽しかったです!
そしてこれからの家族全員での夕食があるんで、とても楽しみです!
だから、勉強を早く終わらせます!
でも、夕食の時間になったら終わってなくてもいいかな?いいよね!
「リンジー、ゆうしょくまだですか?」
「お嬢様、何度聞かれてもまだでございます。
………先ほどから集中されていないご様子ですが、お勉強をしっかりと終わらせないと夕食へいかせませんよ」
まだシロエ=コーストスに家庭教師は早いので、家庭教師の代わりに数人の侍女たちが交代で勉強を教えており、今日は勉強に特に厳しい侍女長のリンジーが教える日だった。
「え!?そんな!?リンジーのいじわる!」
「私もいじわるを言いたいわけではないのです。きちんと勉強しないと困るのはお嬢様なんですよ?それにいつも通り集中して取り組めば、夕食までには終わる量でございます」
側で控えるリンジーは、シロエの可愛い抵抗をスパッと切り捨てた。
「………わかりました」
「では、きちんと終わらせて下さい」
その後、何度もリンジーの小言を聞かされながらなんとか夕食をまでに勉強を終わらせ、シロエ=コーストスは侯爵として相応しい豪華な食堂に貴族としての振る舞いが崩れない程度に急いで向かっているつもりだが、他の侍女や使用人たちから見ると完全に貴族としての振る舞いが崩れていた。
侍女に食堂のドアを開けてもらうと、既にシロエ以外は席に着いていた。
「おとーさま、おかーさま、おにーさま、おまたせしました」
シロエが駆け出して家族に甘えるのを我慢して拙いながらもカーテシーしながらそう言いった後、自身の席に着いた。様々な品のある装飾がなされたテーブルの上には、5歳ということを考慮された料理が並べられていた。
シロエの父親のダルク=コーストスが食前の挨拶した後に食事が始まった。
ダルク=コーストスとシロエの母親のカルメラ=コーストスは勿論なこと、シロエの兄のヘルト=コーストスもナイフとフォークを巧みに使い上品に食べていたが、シロエはまだ上手く扱えずに音を立てていた。
うん、今日の夕食も美味しい!あ、また音が鳴っちゃった。うーん、おとーさまやおかーさま、おにーさまみたいに上手くできない。早くおにーさまみたいにいっぱいいろんなことできるようになりたいなぁ。
そんなことをシロエが考えていると、ダルクが口を開いた。
「ヘルト、勉強の方はどうなっている」
「順調です、お父様。ただ魔法言語を理解するのが難しく、多少手こずっています」
「………そうか、魔法言語は貴族にとって重要なものだ。時間をかけて良いからしっかりと理解するように」
「ヘルト、侯爵家の長男のあなたが魔法言語を上手く扱えないと将来他の貴族に侮られるわ。勉強に励みなさい」
「はい、分かりました」
ダルクとカルメラの言葉にしっかりと返事するのを見届けた後、ヘルトに向けていた目線を美味しそうに夕食を食べているシロエに変えると、先程のヘルトと同じように家族に対して言うには硬い声を出した。
「シロエ、勉強は順調か」
「はい、おとーさま!えっと………じゅんちょーです!」
「………そうか、しっかりと頑張りなさい」
シロエはダルクの質問に嬉しそうに返事をすると、すぐ質問に答えようとしたが、先程何度もリンジーに叱られたことを思い出して詰まってしまった。だが、なんとか勉強を終わらせたことを思い返して、笑顔で元気よく返事した。
リンジーに何度も叱られたりしてるけどちゃんと勉強終わらせてるし、ご飯食べるのに音が出てるけどこれは勉強じゃないし、うん、えっと、うん、順調です!ちょっとだけ見栄を張っただけです!
と、最近習ったばかりの「見栄」という言葉を使いながら、内心ではそんなことを考えていた。
えへへ、やっぱりみんなで食事するのは楽しいです。毎日みんなで食事できたら良いのに出来ないのは残念です。
そうして家族全員で食事を取っていると、シロエの身に異変が急に現れた。
これがシロエの平穏の終わりを告げる出来事とは知らずに直前まで笑い、これがシロエの新たなる地獄の始まりを合図する出来事になるとは知らずに幕を閉じた。