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ぷるぷる、ぼくわるいエンジニアじゃないよ

 人は新しい環境に憧れがちである。


 新しい学校、新しい職場、新しい家、そして新しい世界──


 不満を抱える現状いまを打破してくれるヒーローを求めて人は新しい環境に飛び込み──多くは現状の打破と引き換えに新しい不満を抱えることになる。




 俺こと、矢場(やば) (はしる)も残念ながらその一人になってしまった。





───3年前



 話を始めるとするなら、俺がまだ日本にいた頃から話そうか。


 俺はしがないシステムエンジニアだった。


 とある夜更け、その日は徹夜のダメ押しにエナジードリンクをキメた。


 脳にカフェインと糖分を叩き込んで無理矢理覚醒させて、馬車馬の如く働かせていたんだ。

 


 その日はバグの調査のため、とにかく起きてなければいけなかったからだ。

 


 一向に答えの見つからない焦燥感、退屈な作業……眠気を気力で押し返せるほど意志の強くない俺は現代のポーション──エナジードリンクに手を出した。


 徹夜は早死にの元とは言うが、俺の体はまだ大丈夫、現に何度もこうしてエナドリで夜を明かしたことはあるがピンピンしているぞ、とたかを括っていた。


 そのツケは、その日いきなり取り立てにやって来たのだ。




 深夜4時、ストライキを起こした俺の脳はカフェインを無視して昏倒、なす術なく俺の意識は闇に飲まれた。


 そして目覚めると、何故か異世界に来ていた。



 

 いわゆるハイファンタジーな異世界。


 カラッと乾いた風が吹き、日本の湿った空気と異なることを肌で実感する。




 エナドリキメたら異世界転生、いや転移か。


 まあそんなわけで異世界に来たわけだが、俺は早速面白い事実を知った。



 この世界での魔法詠唱はプログラミングに酷似していたのだ。




 

 そもそもプログラミングとは何か、それは電気回路が1と0しか判別できないことから始まる。


 コンピュータの脳細胞の最小単位、電気回路で考えることはただ一つ。

 電気を流して、電流が流れれば1、流れなかったら0。

 至極単純だ。


 当然これ一個だけでは出来ることは限られるので、この1と0だけは理解できる回路を大量に詰め込む。


 8個並べるだけでも2の8乗で256、0〜255まで表現できる。


 え? 少ない? 


 馬鹿言え、ここから1個増えるごとに扱える数字は文字通り指数関数的に増えてく。


 16個並べたら65,535、32個並べたら4294,967,295、更にその倍並べたら……とまあ、新聞紙を42回折ったら月に届く理論と一緒だ。倍々ゲーム、栗まんじゅう問題の恐ろしさよ。



 これに色んな回路を取り付けて、2の何乗までは記憶できる装置、2の何乗までは計算できる装置、2の何乗通りの指示を出せる装置、なんてのが出来あがる。この集合体がCPUだ。




 幸いこの異世界には既にコンピュータに近い装置が存在した。


 手順に従って魔力を流せばどんな魔法も使いこなせる魔道具『アンティキティラ』。


 この異世界における魔法文化はこのアンティキティラ無しでは成り立たない。


 コンピュータにおける電力がこの世界でいう魔力に相当するわけだ。




 そしてアンティキティラを駆使してシステムを作り上げる人を、この世界でもエンジニアと呼ぶらしい。



……ここまで、この俺におあつらえ向きな世界があるとは思わなかった。


 どんな文法だろうがプログラミングとあればどんとこいだ。こう見えても一通りの言語は触っている。

 

 やれやれ、ここから俺のエンジニア無双が始まるわけだ……





──現在


 

「おい! こいつアンティキティラを直接いじり始めたぞ! ハッカーじゃねえのか!?」


「なんだと……どう考えてもハッカーだ!」


「貴様……! うちの技術を盗みに来たんだな!」



 俺は今、ヒゲをたくわえた男衆3人に詰め寄られている。



 この世界で仕事をするたび、エンジニアに対する認識を突きつけられた。



 この世界ではエンジニアになるには王立の学校に通い、学位を取得しなければならない。


 俺はなんとか王立学校に通い、学位を取得した。

 そこでも紆余曲折あったが、今は省略する。


 そしてエンジニアギルドに属する正規のエンジニアとなって仕事を始めたのだが……



──エンジニア


 曰く、何でもできる万能なスーパーマン。

 曰く、謎の技術を駆使する職人。

 ……曰く、怪しい技術を使うアウトロー



 人は知らないものはとりあえず怖がる。

 それは異世界でも変わらず、少しでも人と違う行動を取った途端に狼藉と見做される。



 今回の派遣先はとある金物職人の組合ギルド。


 魔導財務システムが上手く動かないと相談を受けて派遣された先で、とりあえずアンティキティラの設定をいじり始めたらハッカーと勘違いされてしまった。



 現代社会でもコマンドプロンプトを開いただけでハッカーと誤解されて解雇なんて話もある。


 しかしこと異世界ではその傾向が顕著だ。


 そもそもエンジニアという仕事自体怪訝な目で見られる。



 理由は単純、エンジニアの絶対数が少ないからだ。


 エンジニア入門みたいな教本も普及していないこの世界では、王立魔導学校に入学する以外にエンジニアになる方法が無い。


 独学で勉強するにも、誰かに弟子入りでもしない限りは知識も環境もおいそれと手に入らない。


 魔法だけが近代化された異世界では、魔法自体がオーパーツな代物に成り果てているのだ。




 しかもここが日本であれば誤解されても解雇くらいで済むのだが……

 


「おのれ狼藉者め……! ひっ捕えて尋問するぞ!」


「あれには門外不出の秘伝の技術が書かれてるんだ、生きて帰すな!」



 この世界では怪しい人間に対する仕打ちがやたら血気盛んだ。

 常に死と隣り合わせの傭兵や冒険者あがりの人間が多いせいだろうか。とにかく殺すと言うことが多い。



「待ってください、ここは穏便に……」


「うるせえ! ぶっ殺したる! やるぞお前ら!」

「うおおおおおおお!!!!」


 しかもガチで命を狙いに来る。

 伊達にして返そうとすることも珍しくない。


 そんな時、異世界エンジニアはどうするかというと──



「ち、ちくしょう! また後日伺います!!」



 俺は懐から簡易スクリプトを発動し、煙幕を張った。


 答えは簡単、実力行使。

 

 エンジニアはこうしたトラブルに備えて対人用の魔法スクリプトを咄嗟に出せるように訓練されている。


 王立魔導学校で最初に習うのはこうしたトラブルに対する対処法だった。



 そのまま煙幕に紛れて、脱出を図る。


「くそっ! やっぱりハッカーだったか」

「逃がすな! 追え!!」

「待てえええええ!!!!」


「またエンジニアギルドをごひいきにぃぃぃぃぃい!!!」


 魔法だけが現代化した世界。トラブルに対する解決方法だけは原始的。

※コマンドプロンプト…あなたのパソコンからでも開ける黒い画面。大抵のことはなんでもできる。決して悪いことをするための悪いソフトではない。

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