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電験三種と過ごした日々  作者: 37,5or9
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8、何のために勉強しているのか 試験開始直前

 一問解くたびに机から離れてしまう。


 何度も言って申し訳ないが、やっぱりもう飽きた。とっくに飽きている。(判らない問題は判らないままだけれど、それを判るようにするために時間を費やすよりも他の部分を盤石にした方が良いと考えていた)


 何か判らないことがあれば解説を読む、それでもわからなければ過去問を解説してあるサイトをめぐる。知恵袋にないか。動画サイトに解説が上がっていないか。ネットがない時代だったら、こうはいかなかっただろう。でも功罪はある。絶対に他のことも調べてしまうのだ。むしろそっちの時間の方が多いくらいだ。(これは私の心が弱いせいです)


 調べるのは試験のことに限らない。


 勉強方法のこと、効果的な学習方法はどんなものか。答えはポモドーロテクニック。どういう学習方法かというと25分集中して5分休憩するという物だ。詳しくは調べてみてほしい。やってみようと思う、が、できない。5分休憩ってなんだ。


 5分休憩して戻って来られる、そんな風に自分を律することができる人はもう、自分からすれば異次元の存在だ。そういう人は何でもできるんじゃないだろうか。自分は5分休憩したら戻ってこれない。それくらいなら区切りがつくまでやっていた方がいい。というより、そういうやり方でしかできない。

 

****

 

 他にも調べたらなんでも答えが出てくる。


 勉強がやる気にならないときはどうしたらいいのか。まずやってみること、作業興奮が発生するから~~。未来の自分が困っているところを想像してみるとやる気が出るよ。なるほど、困っている自分。確かにこれが取れなかったら、自分はもう一生どうにもならないだろう。


 だから頑張れ。未来の自分ために頑張れ。


 頑張れなかった。


 一度、この考え方を覚えてしまうとふとした時、未来の自分が自分を苛むようになってくる。


 ……なんで俺が未来の自分のために頑張らないといけないのか。お前に今苦しんでいる自分を責める権利があるのか。お前はまだ何も苦しんでいないくせに。未来の自分には何も俺に対して言う権利はない。


 こんなことを口にしたらお終いだ、だが内心ずっと感じていたことだ。この資格が取れたところで大して変わるはずもない。明るい未来なんてないだろう、多分。だったら、今度こそ本当にやめてしまえばいいんじゃないか。逆に判っていたのに何でここまでやってきてしまったのか。なぜここまで自分を苦しめる必要があるのか。意味がないならもう取らなくても一緒じゃないのか、受けなくても同じじゃないのか。


 ギリギリのところですべて投げ出す。それこそが最低な自分にふさわしいのではないか。自分らしい結末。

 

 それは駄目だ。

 

 それだけは駄目だ。自分が責任を負わなければならないのは未来じゃない。


 俺が責任を果たさなければならないのは過去だ。過去の自分だ。過去、止められずにここまで続けてしまった自分、苦しくて逃げたかったのに逃げなかった自分、眠たいのに勉強していた自分、休憩時間に暗記をしていた自分、苦痛に耐え続けていた自分。


 裏切ってはならないのはありもしない未来じゃない。消えることのない過去にだ。過ぎ去ってしまった3年弱に報いなければならない。


 流石に裏切ることはできない。


 今の自分はもう既に燃え尽きて、若干終わってしまった感がある。自分の意志が感じられない。今の行動は今の自分によって決断される必要はない。過去からの慣性で進めばいい。自分が今すべきなのは、今やるべきなのはただ、過去から手渡された責任から逃走しないということだけだ。もうあと数日だけ、過去を裏切らないだけの努力を続ける。


 自分の意志で足が上がらなかったとしても、慣性を0にしないだけのことはしないといけない。


 あるのは現在と過去だけ。積み重ねた分だけ裏切られなくなる。積み重ねた分だけ指向が制限される。何もわからずに積み重ね続けたのは自分だ。過去の自分を無駄にしたくないという考えは時として自分の行動を制限してしまうが、今はそれでいい。今の自分にはもう何にもない、何もしたくない。今の自分の行動を決定するのは過去の自分の重ねてきた行動だ、今の自分の感情は必要ない、つーか今の自分は何もする気がないのだ。過去に背中を押させて進む。


 まだ勉強を続けるのは過去の自分のためだ。それ以外には何もない。 


 俺は過去の傀儡だ。操り人形だ。でもその方が何もない人間よりはよほどましだ。


****


2020年9月13日(日)


 6時30分に目を覚ます。眠りにつけたのは5時、ヨシ!(よくない)


 天気は曇り、雨が降りそうな感じがあるが少なくとも行きは降らないと判断する。(根拠なし)


 米、納豆、インスタント味噌汁、痛風(予防)の薬。あとはなんとなく買っておいたエナジードリンクを飲む。頑張ってる感を出すためだ。砂糖が多いのはいいのか悪いのかよく判らない。もう気分の問題だ。


 公式集に目を通す。ただ、目を通す。それだけの行為なのに抵抗がすごい。体が拒絶しているのを感じる。それでも1通り目を通す。


 理論の試験開始時間は9時15分、開始20分前には集合せよとのこと。8時55分についていればいい計算だ。


 8時20分 大学の工学部棟に自転車を止めて、犯しがちなミスをまとめたものを見返す。池っぽいところにアメンボが相当な数いて恐怖を感じる。受験生は既に結構いる。落ち着かない。大学の自販機でブラックコーヒーを買って一気飲みする。腹がちょっと嫌な感じになる。朝から飲みすぎたか?


 8時30分 やっと建物の中に入れてもらえるのかと思ったが、試験監督っぽい人が言うにはここは建築士の試験会場だということだった。皆でぞろぞろと移動する。試験案内には大学の住所しか書いてない。多分、ほとんどの人がどこ行けばいいのか判ってなかったと思うが、流れに任せて進む。それでなんかそれっぽい学部棟に着いて皆で待っていた。私は愚かだったのでここがさらに間違っている可能性に気づけなかった。


 8時55分くらい 試験監督の人が汗だくで出てくる。どうも体温計の調子が悪くて、もう自己申告で入っててくれとのこと。


 そういうことか、大体コロナの所為だな。


 そこで自分の番号がないことに気づく。ここも違うらしかった。試験監督の人にこの番号どこですかと聞くと、あっちの女の子に聞いてくれとのこと。女性の監督に聞くとちょっとわからんとのこと。近くにいた兄さんがなんか受験番号と会場の対応表みたいなのを渡してくれて助かった。お兄さんありがとう。それどこで配ってたの? なんで監督は持ってないの? それでどうも人文学部の発達?棟というところらしいと判ったのだが、そこも判らんので聞いてみたが場所は判らんとのこと。焦りが出てくる。既に55分は過ぎている。


 あれ? これってまずい? 間に合うのか、辿り着けんのか。これ? 


 とりあえず他の棟まで走ってみる。途中で大学には案内図みたいなのが各所にあることに気づく。それでようやくどの辺に会場があるのか判る。間に合うことは間に合いそうだ。ところでさっきから雨が降ってきている。


 9時くらい ようやく会場に入れた。


 受験票を受け付けに見せる。


「変更はありますか?」


「ないです、多分」(何のことかよくわからなかった)


「ちょっとこっち向いてくださいねー」


 何のことかと思うと体温を測られた。 まずいか、今走ってきたし、雨に濡れてるから……。


 ピッと音がなって「大丈夫ですねえ」と言われる。


 大丈夫らしかった。


 ○○号室と言われたが、どこにあるのか判らない。廊下に立っていた試験監督の人に聞くと、

「私もよく分からないんですが、皆さんあちらに行ってます」とのことだった。思うに試験監督のアルバイトの方はどの棟がどの辺にあるとか、どの教室がどの辺にあるとかそんなことまで普通知らないんじゃないかと一人で勝手に反省していた。


 ただでさえコロナの関係でいつもよりも会場が多かったりするのだから。人に頼ってばかりだった。申し訳ない。

 

****


 会場は縦に長い講義室で、理論を受ける人は自分を含めて4人しかいなかった。


 広い会場に4人だけ、距離は十分に離れている。すごく快適だ。涼しいし換気もされている。外は小雨で眩しくもない。去年の会場では前にも後ろにも人がいて、少しストレスがあった。今年は最高だ。少なく見積もっても半径5mには誰もいない。この状況なら頭をかきむしったりしても誰の迷惑にもならないだろう。(しないが)


 鞄から筆記用具と電卓、半透明の物差し、消しゴム、受験票を出して机の上に置く。腕時計も外して受験票の隣に置く。無駄に大げさに深呼吸をする。少しでも脳を疲れさせないように目を閉じて待つ。


 俺は逃げずにここまで来た。今年も。


 逃げなかった。もう確定したことだ。これだけでも誇りに思おうと決めていた。


 一週間くらい前から。皆は笑うかもしれない、だから何だと。それでも俺にとっては重要なことだ。逃げなかった。たとえ負けたとしても、俺が勝負からは逃げなかったという事実はそれだけで価値のあることだ。


 試験が始まる前に無能を晒してしまったが、それはこれから始まる試験とは関係のない話だ。あとになってから、「なーんか、朝から嫌な予感がしてたんだよ。幸先が悪くて~」なんて言い訳にしたりなんてしない。

 

 問題用紙が配られて、マークシートに名前とかを記入する。


 もうあと90何分後には俺は決定的に変わってしまうだろうか。


 どちら側にいるのか。環境が快適すぎるせいか、まだ始まってほしくないような気持になる。結果が出るのが恐ろしい。でも時間は良くも悪くも勝手に進んでいってくれるので、もうすぐに始まる。


****


 今度こそ最後だ。決着をつけよう。


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