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電験三種と過ごした日々  作者: 37,5or9
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44/52

・映画館 / 右手と左手【終】

 「トーマス・アルバ・エジソン」氏の三大発明、蓄音機、白熱電球、活動写真。

 活動写真というのが今でいうところの映画で、エジソン氏の「キネトスコープ」というものを発明したそうだ。


-2020年4月-


 映画館が休業し始めたのは四月の頭くらいからだったと記憶している。現に3月31日にはSF映画を観に行った。それは動画配信サービスのサブスクと同時公開されるタイプのものだったけれど、私は映画館で観たかった。


 5月からは無職になることが決まっていたし、特に次の仕事の当てもなかった。そこに来てコロナウイルスだ。……正確にはウイルスの感染拡大のため事業の先行きがどうなるか判らないから、とりあえず切られたという方が順番としては正しい。


 映画館の前を通ると休館のお知らせとA4用紙1枚にビッシリと、本来故上映されるはずだった映画タイトルと近日公開予定だったはずの映画のタイトルが列挙され、タイトルの隣には『公開延期、もしくは、公開日未定』といった文字が並んでいた。当時はこの状況がいつまで続くのかも判らなかった。絶望的な気分になっていた。映画くらいしか楽しみがないのに。


 延期になった映画の中にはエジソン氏や「二コラ・テスラ」氏を題材としたものもあった。勉強にもなるだろうから観に行こうと考えていたのだが、上手く行かないものだと思う。


□□


 最終回は格好良く二コラ・テスラ氏の「世界システム」について書こうと調べていたのだが、私の限界を優に超えていた。本も買って読んでみたのだが判ったのは結局、テスラ氏は底知れないということだけだった。


 おそらくそのうちに動画投稿サイトに『世界システムについて解説』といったものがアップロードされ、人々は教導されるだろう。もしかしたらもう既に動画は上がっているかもしれない。


□□


 映画館に定期的に通うようになったのは働き出してからだ。

 もっと正確に言うとフルタイムで働き出してからだ。学生の頃はロボットアニメの映画を年に1回観に行くか行けないか、といった具合だった。基本的に映画は高いし、レンタルを待てばいいと思っていた。準新作でも5作セットなら1000円で借りられるといった制度をそれなりに利用していた記憶がある。


 ただ働き出してからあまりにも、その……率直に言うと毎日がつまらなかった。

 あるときから、毎月の1ついたちは特にこれが観たいというものはなくても足を運んでみることに決めた。自分は出不精だからなにか発見があればいいと思ったし、1日は映画料金が安い。(ただ最近はレイトショーとあまり料金が変わらなくなってきているけれど)

 

 ある日、巨大ロボットと怪獣が戦う映画を観に行ったとき、席を選んでいてふと思った。一番前の席の方が迫力があっていいのではないか、と。最前列だとスクリーン全体を視野に収めるのが難しかったけれど、前に席がなくただスクリーンがあるだけ、というのがすごくよかった。

 そういう訳で可能な限り1番前の席を選ぶことにした。


■■


 映画を観に行くのは大抵夜だ。

 人が少ないし、レイトショーなら料金も安いから選ばない手がない。見終わった後アパートに戻って、眠る前に日記帳に映画の展開をまとめる。これは多分有名な人がこういうことをしている、というのを何かで読んだからだと思う。


 私の記憶力の問題かもしれないが、観終わってすぐでも上手く思い出せなかったりする。あれとあれの順序がどうだったかなあ、みたいな感じになってしまう。この映画の展開をまとめる、という行為も27歳の時にやめた。なににもならなかったからだ。


□□


 5年ほど前に閉館した小さな映画館の雰囲気が好きだった。スクリーンは1つしかなくて、劇場は映画館というよりも、学校の体育館という感じだった。座席も前後で高低差なんかはついていない。

 そこでは私なんて本当に雑魚(?)で、1番前の座席はいつも先に誰かが座っていた。1番前の席が空いているときでも、私以上に相応しい人がいるのではないかと変な気遣いを一人でしていた。


 私はその映画館の会員になっていた。会員カードのナンバーはギリギリ3ケタ台だった。会員になるとどんな特典があるかというと、まず5回映画を観ると1回無料で観ることができる。そしてこちらは後から気づいたのだが、会員になると毎月一回映画館から封筒が届く。何が入っているのかというと、その月に上映される映画のフライヤーが三つ折りになって入っているのだ。これは本当に嬉しいことで楽しみにしていた。



■■■■■■■■


 重い扉を閉めて劇場を出た。

 自分でこの扉を開閉したことはほとんどないが、やはり密閉されているんだなという感じがする。


 腕時計で時間を確認する。映画はまだあと1時間あったが、私には刺激が強すぎた。かなり悩んだけれど途中で帰ることにした。もしかしたら後半で前半のストレスが綺麗に解消され、爽やかな気持ちで映画館を後にすることができる、そんな構成になっていたのかもしれないが……もう出てしまった。


 事前に調べていた映画の評価はかなり高かった。有名な映画祭にも出されるそうだ。そして実際予告編もものすごく面白そうだった。だから観に来たのだが……予告編の製作会社の方がいい仕事をしてくれたようだ。


 抜け出す前、少し考えた。

 世間が絶賛しているのだから、自分の方が間違っているのではないか、と。だが、楽しむためのものでそんな考え方をするのは、それ自体間違っている気がする。評価が高かったのは間違いないが、満足度が100%というわけではなかった。だからそれは単に、自分が少数の側だったというだけのことだ。別にそれが間違いだとか、悪だとかいう話ではない。


 そんなことを考えていると、背後で重い扉の開く音がした。なんとなく振り返る。自分が出てきた劇場だった。その人は私の視線に気づくとスッと右手を上げて、こちらを指さした。後ろを振り返ってみたが特に何かあるわけではなかった。


 なんだろう、と思う。なにか非難されるのだろうか。『ちゃんと最後まで観ていけ』と怒られるのだろうか。


(まさか ……この映画の監督だろうか? そんな筈もないだろうが)


 そんなことを考えて気づいた。私を指さしているにしては何かおかしい。別のハンドサインだろうか。人差し指は真っすぐこちらに向けられているが、親指は天井を向いている。


(ピストルか?)


 だが、さらに中指が手のひらと90度に立てられている。


(中指をたてるほど私に怒っている。ピストルがあれば撃ち殺しているところだ。……そういう意思を示しているのだろうか)


 それともサムズアップとピースサインの変形だろうか。だが、そう考えるのはおめでたすぎる気がした。おそるおそるその人に近寄り右手を三方向から観察する、どの指も奇麗に直交していた。


「あ……もしかしてフレミングですか?」


 この指の形は「ジョン・アンブローズ・フレミング」氏の法則を示している可能性があった。決して高い可能性ではないが。


 その人は少し怪訝な表情をして、そのあと渋々という感じで頷いた。私はその人に正対して、鏡写しのように「フレミングの左手」を作って見せる。


 その人はそれを見てまた頷いて、劇場の方へ戻っていく。


 私はその背に能天気に手を振る。もちろん左手はそのままの形で。


 扉が閉まるのを見届けて、私は帰ることにした。



■■■■


 駐車場にポツンと残っている車に、自分を待ってくれていた車に、乗り込む。

 鍵を差し込んでエンジンをかける。オーディオのプレイヤーがCDの再生を始める。歌を聴きながらスペクトラムアナライザの点滅をぼうっと見つめる。

 それから一人でジャンケンをするように両手でフレミングを作ってみる。勝ちも負けもない。


挿絵(By みてみん)


 この歌は別に自分のために歌われたものではない。もっと若い人やもっと頑張っている人に向けられたものだ。そうだろうか、では今この歌は誰のためにもなっていないのだろうか。そんなことはないだろう。


「帰ろうか」 車に話しかける。


 シートベルト、電動ミラー、ライト、ブレーキペダル、シフトレバー、サイドブレーキ、周囲を確認してゆっくりアクセルを踏み、それから歌を歌う。



【完】


書いた小説を読んでくれたのは皆さんだけです。


ありがとうございました。お元気で。


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