・知らない人について行くべきではないという話 / すべて上手くいくとして
今回書きたいのは宗教勧誘のやり方について腹が立ったという話で、宗教自体についてなにか言うつもりは一切ありません。これは以前から書こうと思っていた内容で、電気は特に関係ないです。
私は友人がほとんどいない。(ほとんど、というか本当は一人もいないのかもしれない)ので、アパートを訪れるのは基本的に新聞や受信料、そして宗教関係の方ということになる。
【豆知識:新聞を断り切れず契約してしまった場合でも、期間内ならクーリングオフができるので不本意な場合はすぐに解約しましょう。詳しくは調べてみて下さい】
昔、新聞屋の方でしつこい人が来て困ったことがあった。全然帰ってくれなかった。あと名乗らずにチャイムを連打してきたのも腹が立った。
「うち子供生まれて大変なんです。お願いしますよー」みたいなことを言われて、断り切れず契約してしまった。だがよく考えたら当時自分は無職だった。俺の方が大変じゃねーかと思い、次の日沢山置いていかれた洗剤を持って店舗に解約しに行った。
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アパートに布教にに来てくれる方も居れば、外出先で会うこともある。その宗教団体の信徒の方とは(同じ方ではないです)アパートで1回、外で2回声を掛けられた。合計3回だ。
-2019年7月、3回目の時-
土曜日の夜、国道沿いのサービスエリアに併設されたゲームセンターでバスケットボールのフリースローのゲーム(100円で2プレイできた)を遊んでいた。別にバスケ部だったという訳ではないが、軽い運動になるのでこのゲームが好きだ。ただ今ではこのゲームの筐体は撤去されてしまった。そもそもゲームセンター自体が潰れてしまうことも多い昨今だ。
帰ろうと思って外に出た時、声を掛けられた。中年の女性の方が2人、一瞬ドキッとしたがすぐ冷静になり、現状を把握する。
(あ……これは宗教の勧誘だ)
挨拶を返すと同時に新聞が差し出された。一応、それを受け取る。帰って勉強しないといけないので、と言って逃げようとしたのだが、その日はしつこかった。というか今までもしつこくないことはなかったのだが。これまでと違うのはこの時は2人組だったということだ。帰ろうとすると、行く手を阻むように回り込まれた。どうなんだろうか、こんなことしていいんだろうか。
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宗教の勧誘をされる方の全てが強引でしつこいという訳ではない。
以前アパートに来てくれていた別の宗教団体の方(Dさんとする)は「今日はこの話をします」と言った感じでその日のテーマについてはなし終わるとすぐに去っていかれた。たまに、今度集会があるのでよかったら来てください、と誘われる程度だった。(結局一度も行ったことはない)Dさんは品のある落ち着いた方で、好感を持っていた。
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私は勉強しないといけないから、と繰り返し断った。
おそらく電験三種といっても判ってもらえないだろうから、電気の資格で合格率が1割くらい(テキトウです)の試験なのだと伝えた。その言葉に対する返しが私にとって衝撃だった。
「合格率が1割なら、落ちて当然だから。仕方ないって」
「……?」あまりにも当然のことのように言われた。
そういう考え方もあるか、とハッとしかけたが、よく考えれば何を言っているんだという話だ。こっちは合格しようと努力しているというのに。要するにこの人は、私のことをどうとも思っていないのだ。だからこんな発言ができる。呆れて、悲しくなった。
だが結論から言うと私は断り切れず着いて行ってしまったのだ。さっさと行って終わらせた方が早いという気持ち、それに少しだけ好奇心があったというのも否定しない。そして、これはまあ本来当たり前のことなのだが、身分を最初から明かしているという点は評価できた。昔会ったことのある別の宗教団体の方は、最初は身分を明かさなかった。そして私はまんまと会いに行ってしまった。この話は後でしようと思う。
この時、相手の車に乗ってしまった。【※乗らないでください】これも今思い返せばとても危険な行為だ。
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私の失敗は相手の話を聞いてその上で断ろうとしたことにある、と思う。強引に連れて行こうとする相手にまともに相手をしては駄目だ。本当に断ろうとするのなら、無茶苦茶な理由でもよかったのだ。「いい加減にしろ」と怒鳴ったり、「警察を呼ぶぞ」と怒ればよかった。
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そして支部に着くと金は要らないと聞いていたのだが、買わされたものがあった。数珠やロザリオの類で千円した。買うなよ、と思われるかもしれないのだが、これにも事情がある。
私も最初は「金はいらないって言ってたじゃないですか」と断っていたのだが、2人組の内の1人が「じゃあ私が払いますから」と申し訳なさそうに言い出したのだ。この2人は立場に微妙に差があるようで、立場の弱い人がもう1人に暗に強制されたように見えた。
私はそういうのを見せられるのが苦手だった。阿保らしいと思ったけれど金を払ってそのアイテムを買った。購入する前に「幸せになれなかったら捨てても問題ないですよね?」と確認はした。【※買わないでください】要するに最初から捨てる気だったのだ。我ながら馬鹿馬鹿しい話だ。
そして施設に入る際、住所を書かされた。書かないと駄目だと一点張りだった。「これ、アパートに来たりしないですよね? (押しかけてきたりしないですよね?)」確認はした。【※書かないでください】
そしていざ施設の中に入ると、偉い方がなにか儀式のようなことをしてくれたのだが、すごく面倒臭そうだった。「こんな終了時間ぎりぎりに連れてくるなよ」、とでも言いたげな対応だった。2人とその人の温度差に違和感を覚えた。居心地が悪くてものすごく帰りたかった。
そして儀式が終わり解放された。サービスエリアに戻ってきた時にはもう22時前だった。本当に何をやっているんだろう、と思った。毎日そのアイテムを使って祈ればもの幸せになれるそうだ。
自分で昔の自分を振り返ってみても、頭が固いし悪いと思う。しつこいと思ったら、大声を出したり、近くのお店の人とかに言って助けてもらってほしい。相手の車には絶対に乗らないでほしい。
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一度だけ祈ってみることにした。それで滅茶苦茶幸せになれるなら信じないこともない、何も変わらないのなら、止める。アイテムは捨てる。それで終わりだ。
……、……。
結果は、想像がつくと思うけれど何にも変わらなかった。
いつも通りの日だった。いきなりモテモテになることも金持ちになることもなかった。勉強も捗らなかった。嫌な事もキレそうになることもほどほどにある、そんな普通の1日だった。
まあこういう考え方もできる。もしかしたら滅茶苦茶不幸の日だったのが、祈りのおかげでいつも通りプラスマイナスゼロになっているのかもしれない、と。だが、それを考慮するとすごく疲れるので、もう止めることにした。アイテムを捨てるときは少し怖かったけれど、持っていたって仕方がないと思い捨てた。千円と何時間も無駄にした。だがこの宗教は――少なくとも自分にとっては――効果がないということが判った。ということで、終わり。
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3日くらい後、電話がかかってきた。
あのとき、電話番号も住所と一緒に書いていた。【※書かないでください】だがその時も確認はしたのだ。かけてこないで下さいと。だが、それは無意味だった。こんなことは言いたくないがこちらがいくら誠実に対応したとしても、相手がそれに応えてくれる保証なんてない。私は最初から耳を貸すべきではなかった。根本的に人を見る目がない。
【※そもそも知らない番号からの電話には出ないでください】
名乗られて、頭が痛くなった。全然幸せになれなかったということ、それから電話はかけてこない約束だったはず、と伝えた。するとその人は、もっと長く祈らないと駄目だと、今やめるのはもったいない、今近くに来ているのでまた支部に行かないかと言われた。電話をかけてこないと約束した件については触れなかった。
ますます頭が痛くなってくる。自分は1つ1つきっちり確認を取ったのに、この人は何なんだろうか。当然断った、もうかけてこないでくださいとも言った。
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次の日曜日の夕方、部屋のチャイムが鳴った。
玄関ドアののぞき穴(ドアスコープと言うらしい)から覗き見る。もちろんあの時の2人組だった。また頭が痛くなりそれから、頭がカーッと熱くなった。文句が沢山浮かんでくるが、どうせ言っても無駄だろうなとイライラした。この人たちにとって約束ってそんなに軽いものなのか。と腹が立った。居留守を決め込むと、携帯電話が鳴った。
(油断していた。すぐに携帯電話の電源は切るべきだった)
このまま部屋に居ない振りをしても問題はない。携帯電話を部屋に置き忘れて出かけるということはありうる話だからだ。だが、私はアパートの扉を開けることにした。そして当たり前の文句言った。
「来ないって言ったから信用して住所書いたのに、なんなんですか?」
「いや、そんなこと言ってないよ」
それを聞いてキレそうになった。会話をする意味がない。聴く気がないんだから。約束を守らない人たちと何を話しても無駄だ。そんな人たちがこうすれば救われる、なんて言っても信じられるわけがない。それだって知らぬ存ぜぬ、で通しかねない。
もう相手をするのも嫌になってすぐ扉を閉めて放置した。暫くしてドアの方に戻ってみるとポストにはまた新聞が差し込まれていた。
その後もたまに電話がかかってくるが無視している。皆さんはこういう事に巻き込まれないよう注意してほしい。そんなこと言われるまでもない、というなら安心だ。
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このときは電験の2度目の受験前で、こんなことを考えた。
このタイミングで新しい宗教を始めてしまったら、もし電験に受かったとしても、宗教のおかげで受かったような感じになってしまうような気がした。上手く言えないのだが、自分の手柄が奪われてしまうように思えて、それが嫌だった。そんなことでモヤモヤしたくはなかった。
私はちゃんと自分の力で合格するのだ。そう思って受験した、けれどまあご存知の通り2度目の受験でも合格には至らなかった。でもこれは仕方のないことだ。自分の力不足なら受け入れるしかない。……と受かった今なら何とでも言える。
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私は神社という場所が好きだし、初詣には毎年行くし、何かあればお参りすることもある。矛盾していると言われるかもしれないが、私はどこかで願いが叶えてもらえるとは本気で思っていないのだ。お参りに行っても1年目も、2年目も電験には受からなかったし、もっと切実な願いをしたときも叶えてはもらえなかった。もし本当に願いが叶えてもらえるなら、私はもう十分すぎるくらいに幸福になり、世界も平和になっているはずだ。
それでも願いが叶えてもらえないと判っていても、私は神社が好きだしお参りに行く。だからこれは……なんと言えばいいのかよく判らない。申し訳ない。だから私は他人の信じているものを否定する気はない。ただ他人が嫌がっているのにしつこくするのはやめてほしいと言うだけだ。
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これより前に、他の宗教の方と関わったことがある。
-2014年春-
当時また無職になっていて、人生や仕事について悩んでいた。「なんのために生きているんだろうか」といったこともよく考えていた。そんなときネット上で「生きる意味を皆に伝えたい」という方を見かけた。(見かけたというのも変な言い方かもしれないですが)
冷静に考えると危険な気がするのだが、当時の私はその人とメールのやり取りをするようになった。正直な所、深く関わるつもりはなかった。なぜなら2、3通のメールで済む話だと思ったからだ。
①「生きる意味は何ですか?」
②『こういうことです』
③「なるほど。ありがとうございました」
これで終わり、のはずが全然駄目だった。いくらメールをしてもはぐらかされたり、自分の意見を言わせられるばかりで、相手の方(Eさんとする)は自身の意見をまるで語らなかった。そして私の少し突っ込んだえげつない生死に関する質問は完全にスルーされたりで、この人は遊んでいるだけなのかもしれない、と思うようになった。
そんなある日、会って話さないか、とメールが来た。私は会いに行ってしまった。無職で、今一つ就職活動をする気にもなれず、暇だったからだ。【※行かないでください】また就職活動を始める前に生きる意味を知っておきたい、という気持ちもあった。
コンビニの駐車場で、車で待ち合わせた。コンビニの駐車場なら、人の目があるから何かあってもどうにかなるだろう、と安心していた。だがEさんは最初からコンビニは集合場所として使うだけのつもりだったらしい。挨拶をしてすぐに「落ち着いて話せる所に移ろう」と言ってきた。モヤモヤした。この回りくどさは一体何なんだろうか、と。だが、結局ついて行くことにした。【※行かないでください】思えば、せめてどこに連れていかれるのかは先に確認するべきだった。
Eさんの車の後を追って、辿り着いたのは(皆さんだいたい想像がついていると思うが)宗教本部のような所だった。私は車の中で思わず吹き出してしまった。そういうことかよ、と。【気づくのが遅すぎます】
なんとも言えない気持ちになりながらも、せめてEさんの生きる意味を聞いてから帰ろうと思った。【※すぐUターンして帰るべきです】結論から言うと、Eさんは生きる意味を語らなかった。「教祖の方の説話を聴き続ければ、ある日突然判るようになるから、ここへ通うといい」そんな事しか言わなかった。自分の言葉で語ってくれなかった。がっかりした。だったら、どうして最初からそうメールで伝えなかったのか。メール一通で済む話ではないか。
Eさんの宗教がいい悪いということではなくて、私はEさんが身分を明かさずにのらりくらりメールのやり取りを続け、そして頃合いを見て宗教本部に連れてこようとしたことに腹が立った。そのことを言ったけれど、スルーされた。非を認めると負けだと思っているのか、それともそもそも悪いとすら思っていないのか。どちらにしてもそんな人から学ぶことなど何もない。
私はわざと大げさに落胆した振りを見せたが、Eさんは私がこれ見よがしにがっかりしていることさえ気づいていないようだった。
夜、またメールが届いていた。謝罪があるかと期待したが、私にとってはどうでもいい内容しか書いていなかった。私はやはり最初から身分を明かすべきであって、騙すような手口はよくない、とメールを返した。しかし、また私の文面はスルーされたメールが返ってきたので、もう返すのはやめた。今でもたまにメールが届いたり、電話がかかってくることがあるけれどもう連絡を返す気にはならない。
生きる意味なんて誰にもないかもしれないし、人に教えてもらったとしてもそれは自分のとは違うかもしれない。だから人に聞くのは、あまり意味がないことなのかもしれない。
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結局答えが出なくても、生きていくためには働かないといけなくなった。私は無職の期間の間に第二種電気工事士の資格を取った。正確には結果は出ないうちから就職活動を始めたのだが。履歴書には『取得予定』と書いた。
学科は過去問を繰り返すと何とかなったが。実技が大変だった。工具や材料費も馬鹿にならないし、実際難しい。(実技の解答は先に公開されているのですが、実際やるとなるとなかなか大変です。私にとっては)実技はわたり線が短かかったかも、と危惧していたのだが合格していた。当時は第二種電気工事士の試験は年に一回だけだったが、何年か前から年2回に増えた。
生きる意味を考えるためには、まず生きていかないといけないということだ。……それらしいことを書いてみたが、深い意味は全くない。
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言いたかったのは知らない人に着いて行くのは止めよう、ということと個人情報を漏らさないようにしようということです。ただそれだけです。
今回、暗い話になってしまい申し訳ないです。
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前回、公園に走りに行った話をしたが、その際Dさんを見かけた。公園の入り口で布教活動をされていた。何年かぶりだった。挨拶くらいしようかと思ったけれど、結局しなかった。多分さすがに覚えていないだろうし、冷やかしみたいになるのもよくない。Dさんは暑い中、何のために布教活動をしているのだろうか。
そんなことも思いつかない自分が救われることはないだろう。でも、それでいいのかもしれない。
【終わり】




