開いた口が塞がらない
新しいお母さんが俺たちを見守る中、各々食事に取り掛かっているようだ。
俺も兄弟たちのように初めて見るイトミミズに近づいてみる。どこか泥臭い。
(え、えぇと、味見……)
小さな口で噛みついてみる。牙はまだ生えていないようだったが、ミミズは苦しそうにのたまった。細く湿った柔らかい体で俺の体をペチペチと叩く。
(いや、俺もう蛇だし、きっと美味しいだろう?)
よくわからない理論だが、人間と蛇の味覚はきっと違うだろう。俺は頑張ってミミズの体を食いちぎって咀嚼をしたが、口の横からポロポロと落ちてしまう。
(あぁ、頬袋がないから口の中で噛むっていうのは難しいのか。蛇って基本丸呑みなのはそういうことだからか?)
俺はミミズを頭?から丸吞みにする。
(えぇと、この管を口の端から出して呼吸するんだよな)
口の中いっぱいにミミズを入れつつ、呼吸をする。人の時とは違う食事の方法だが、これはこれで新鮮だし、これからはこれに慣れなければいけない。蛇に顎は左右に分かれて開くので、自分よりも大きなものを捕食できるんだっけかな。少し泥臭いのが気になるが、味は別に悪くはない。
(というか、あまり感じない)
とりあえず口を閉じれるほどまでミミズを呑み込むと、巨大な蛇が身じろいだ。
(ママ?)
巨大な蛇……ママは食事する我が子たちではなく、何かを探すように空を見上げている。
(てか、ママ大きすぎない?)
首を長くして空を見上げる姿がおかしい。ママが産まれたばかりの俺より大きいのはおかしくないのだが、俺と比べるのではなく、周りの木との大きさ。先ほど感じたように、胴の太さはそこらの木の幹よりも太く、体長はそこらの木などよりも長い。生前に知っている蛇などでは絶対に違う。
(ママの顔もどこか蛇らしからぬ突起があるしなぁ)
ミミズを消化しつつそんなことを考えていると、空から大きな雄叫びが聞こえた。
「ギャオオオオオオォォォォ!!」
(!!)
「シャー!」
声のした方向を見ると、巨大な鳥が羽を広げているようだった。ママもその鳥を威嚇しているが、その鳥が徐々に近づいてくるにつれ、それがバカでかい鳥でないことはすぐにわかった。
生前、漫画やアニメで見たことのあるその生物は、地球上には存在しないものだった。ドラゴンだ。
「グルォオ」
ドラゴンは口を閉じて喉を赤く光らせている。するとすぐに口を開き、そこから火を吹いたのだ。
(げぇ?!)
「シュルル」
ママは俺達を囲むとぐろを二重にしつつ、ドラゴンに向かって首を伸ばす。その頭の周りには鋭利に尖った氷の柱が浮かんでいた。
(え?!どゆこと?!)
ママはその氷の柱を打ち出すと、俺達を完全に体で覆い囲んだ。ドラゴンの吹いた火が直撃したようで、とぐろの中が熱くなったが、すぐに涼しくなる。きっとママが何かしたのだろうと思う。
そして大きな落下音がする。それと同時にママはとぐろを解き、何かに向かって這っている。
「グ、グルルル」
落下してきたのは先ほどのドラゴン。いや、ドラゴンというよりかはワイバーンだろう、足と翼があるのみで、腕がない。そのワイバーンはママの放った氷の柱で翼を射抜かれ、地面に落ちてきたようだ。
ママはそのチャンスを逃さず、ワイバーンの体に巻き付いた。ミシミシと音を立てていたワイバーンの体はすぐに大きな音を立て、骨が粉々になっているようだ。
抵抗する力のなくなったワイバーンは恨めしそうな顔をママに向けているが、ママはそんなこと気にしている様子もなく、舌を変わらずチロチロと出していた。
やがてワイバーンが力尽きると、ママは大きな口を開け、ワイバーンを頭から飲み込んでいく。
ワイバーンの全身を呑み込むのに時間はかからず、ワイバーンを完全に腹の中に収めると、襲われる前のようにとぐろを巻き、俺達を愛しそうに見つめている。
正直、怪獣同士の戦いを見ているようだった。
(と、というか、巨大な蛇にワイバーン、しかも口から火を吹いて、ママは氷魔法みたいな……まさかここって)
異世界?!
と思ったが、時刻は夜だろうか、辺りが暗くなっている。
お腹いっぱい食べ、迫力のあるバトルを見た産まれたての赤ちゃんの俺は、ここが異世界かなど考える前に襲ってきた睡魔に勝てなった。