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足音


人間から常に追われ続ける生活だったが、二匹にとって苦ではなかった。それは二匹が二匹ともSランクという強力なモンスターであり、稀に見るはずのネームドモンスターであり、さらには高位な魔法を使えること。二匹を追う人間はCランク冒険者、Bランク冒険者、Aランク冒険者と徐々に徐々に強くなっていたが、二匹も徐々に徐々に強く、戦い方が上手くなっていた。


人間からは、Sランク相当の危険依頼に指定され、番の魔蛇として恐れられていた。


そんなある日のこと。


「ヴァンスッ!」


グレースが嬉しそうな声を出しながら、ヴァンスへ擦り寄ってきた。


「どうしたグレース、何か良いことでもあったのか?」


「うふふ、あなたも喜んでくれるはずよ。私たちの子供ができたの」


「ッ!」


ヴァンスは大口を開けたまま固まってしまった。グレースはニコニコとその姿を見つつも、話が進まないということでヴァンスの頭を尻尾で叩いた。


「どう?嬉しいかしら?」


「あ、あぁ!当然!当然だとも!」


「うふふ、よかった」


二匹だけの空間、その日の狩りも終えのんびりしている間にも嬉しいことに妊娠した。

だが、人間から追われ続けている二匹に安住の地などはない。


「いたぞ!番の魔蛇だ!」


茂みをかき分けて現れた数十名の男たち、その誰もがAランク冒険者であり、複数のパーティで構成された討伐隊だと二匹はすぐにわかった。


「ふっふっふ、妊娠祝いだ!派手に散れい!人間ども!!」


「っ!散開しろ!」


突如飛び込んできたヴァンスになんとか対応はできたが、後ろに回り込まれ、その長い身体で退路を断たれてしまった。


「さぁ、やりましょうか」


「おう!」


「ま、まずい……」


退路は黒い大蛇に塞がれ、前方には灰色の大蛇、行動範囲すらも制限されてしまった人間へ、グレースが氷魔法を放ち、逃げ惑う人間にヴァンスが闇魔法を放ち一人ずつ狩っていく。どちらかの攻撃を防いでいればガラ空きの背中からも一方の攻撃が飛んでくる。防御魔法をしている間は攻撃を免れるが、そうすればヴァンスがとぐろを巻き、その防御魔法ごと絞め潰す。それが二匹の最適な戦い方。いつものように冒険者たちを処理する二匹だったが、ヴァンスが意外なことを言い始めた。


「メスは逃がそう」


「え?何を言っているの?」


男を皆殺しにし、じわじわと女を絞めていたグレースにヴァンスがそう言った。


「ふむ、なんというのだろうか、人間のメスも妊娠し子供を産むのだろう?グレースもこれから子供を産む。種族は違えど同じ境遇なのだ。そのまま殺してしまっては何やら嫌な予感がしてな」


ヴァンス、根拠も中身もない話にグレースは固まってしまったが、心優しいヴァンスが自分のことを考えてくれているからこそ出た言葉だとわかる。


「わかったわ。私達の子供が産まれるまではメスは殺さない」


「おお!わかってくれたか!」


グレースは、絞め殺そうとしていた冒険者を解放した。突然解放された冒険者は何が起きているのかわからず震えているようだ。二匹はそんなもの気にもせずに次の移住先へと向かい始めた。

それを見た生き残った冒険者達は死に物狂いで逃げ出した。番の魔蛇と戦った初の生存者だということで根掘り葉掘り話を聞きだされた。


二匹は知らなかった。二匹がSランク相当の危険依頼に指定されていることを。なぜSランク相当の依頼にもかかわらず、BランクやAランクの冒険者が自分達を襲っていたかを。二匹は数えていなかった。今まで何人もの冒険者が二匹に挑み、その誰もを殺してきた。二匹に挑んで生き残った者はこの間の女冒険者達だけだった。人間達は、二匹との戦い方を知らなかっただけ・・だった。


一匹でも脅威的だった黒い大蛇は、討伐することは叶わなかったが、少しずつ情報を集められていた。最後に報告を受けた時には寝床を移し、次に発見したころには異色の大蛇と徒党を組んでいることがわかった。

だが、それ以上情報が入ってくることはなかった。

森を擦っていった跡や、探知魔法でその居場所を特定することはできていた。


「この辺りでいいか?」


「えぇ。懐かしいわ。すごく落ち着く」


グレースとヴァンスは、荒れ地の岩場に訪れていた。グレースの産卵のこともあり、卵を産んで孵化するまでは移動はしないことにしたのだ。それはグレースとこれから産まれてくる子供の達を考えてのことだった。


だが、それでも人間たちの追跡は終わらない。

毎日毎日冒険者が二匹を襲っていた。毎日毎日それは強くなっていった。毎日毎日女冒険者だけは逃がしていた。

産卵時期が近づくごとに二匹の得意な戦いはできなくなっていき、グレースは衰弱し始めていた。


「大丈夫かグレース」


「えぇ。大丈夫。よ……ヴァンスこそ、大丈夫なの?」


「はっはっは!愚問だな!俺様が負けるのはお前だけだ!子供達が産まれたらまた勝負してもらうからな!」


「うふふ、私も楽しみにしておくわ」


「今日こそ討ち取ってやる!!」


二匹の空間に冒険者たちが割って入ってきた。


「グレース、手は出すなよ」


「えぇ。頑張ってね」


その日もヴァンス一匹で冒険者たちと戦った。日を跨ぐごとに冒険者たちは確実に強くなっていたにも拘わらず、ここ半年はどんどん弱くなっている。女の冒険者もそうなのだが、男たちはほとんど剣術も積んでいない練度の低いようなものばかり。今日もヴァンスの圧勝で終わっていた。


「ヴァンス、何かおかしいわ……やっぱり女を殺した方が……」


「いや!それはダメだ!お前に、子供たちに悪いことが起きてしまう!」


グレースがそう呟いてヴァンスを止めるが、ヴァンスはそれでも女冒険者を殺そうとはしていなかった。女冒険者もヴァンスを殺そうと立ち回ってはいたが、最後の男がヴァンスに殺されると、すぐに撤退の準備をし、逃げ出そうとしていた。


「いいえ、やっぱり何かおかしい」


グレースはそう思い、逃げ出そうとする女達の頭をを氷の礫で潰した。


「グレース!!」


ヴァンスが驚いたようにグレースを見たが、グレースは難しい表情をしながら何かを考え込んでいるようだ。


「やっぱりおかしいわよヴァンス、日に日に相手は弱くなっていって、人間のメスはオスが全員死ぬとすぐに逃げ出す。まるで、オス達の死に際を確認するためだけにきているかのように」


「考えすぎだグレース。ここから動かなくても餌があちらからくるんだ。悪いことではないだろう」


「……ヴァンス、ここから移動しましょう」


「グレース……」


グレースは産卵の準備に入っていた。今年中には卵を産む予定のため、獲物を口には入れず絶食している。動く体力はほとんどないはずなのだが、そんな提案をしてきた。ヴァンスがそれを拒否しても、グレースのことだ。無理してでもここから離れようとする。グレースは強く頭もいい、ヴァンスはそれを拒むことはなかったが、体力のないグレースは自分が運ぶという話になった。


「だが今日は疲れた。移動するなら明日にしよう」


「……えぇ、わかったわ」


グレースは、自分が満足に動けなくなってからヴァンスが一匹で戦っていることを知っている。疲労もなかなかのものだろうと、それを受け入れた。


「それでは、おやすみだ」


「おやすみなさい」


二匹は心に不安の種を抱きながらも、ゆったりととぐろを巻いていた。





「……遅い」


「岩場まで三十分、あの者達では十分とかからんだろう。帰還も含めて二時間もかからないと思うが?」


「……バレた」


「だろうな」


二匹がいる岩場の近くにある街の門の前に、陣を構える数十人の男たちがいた。


「理由はわからないけど、女を殺さなくなったから情報がどんどん入ってきて捗ったわねぇ」


「……楽勝」


「ホーキンス、油断はするな。バブラン、番の魔蛇の有力情報のまとめは終わっているか?」


「へい、日々更新中ですが、二体とも魔法を使うこと、灰色は氷で同時に別の魔法を使うことはできない。黒色も魔法は使うが多系統は使えず、魔法攻撃は単調なこと、それを踏まえても二匹とも鱗は堅く牙は鋭い。半年前に移動することをやめ、岩場に住み着き始め、灰色は戦闘に参加しなくなったため、得意の挟み込みがなくなった。使えそうなのはこんなものですが、詳細はもっとありますぜ」


「そうか」


「……出発?」


「あぁ。だが、焦ることもない」


黒いコートに身を包む大男がそう言い、辺りを見渡した。

その男のそばには、長い髪で顔が完全に隠れてしまっている少年、桃色の髪が印象的な煌びやかな女性、たくさんの紙束を持った仮面を装着している男性。

その誰もがSランク冒険者という数少ない強者であり、番の魔蛇の討伐依頼を受けたパーティ。


「出発は翌朝。番の魔蛇を確実に仕留めるぞ!」


「……了解」


「わかったわ」


「あいあいさー!」


運命の時が近づいてくる。


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